真祖なる吸血鬼
暗夜商会。
古くは鎖国時代の闇市にルーツを持つ日本最大の裏取引組織だ。
長年、国家が根絶に向けて探りを入れていたが、殆ど空振りに終わっていた。
だが、今回は本拠地が割れてしまった。
既に主取引場である洋館は殆どが制圧された。
未だ制圧されていない、中央会議室には数人の幹部たちの姿があった。
「転送システムはまだ作動しないのか!?」
そう声を荒げたのは、山城祐一と言う初老の男だ。
彼は暗夜商会の会長にして、最大支援者である山城家の家長だ。
現在、山城家に公安からガサ入れが入ったと言う情報もある。
完全に国に正体がバレてしまった。
「転送システムの起動には今しばらくかかります!」
そう言ったのは、初老の役員の男だ。
この部屋の中央には巨大な魔法陣が描かれている。
これはこの部屋ごと、暗夜商会の他支部に転送することができる術式が構築してある。
現在、東北支部は襲撃を受けていないと言う情報が入っている。
そこに転移を発動させる予定なのだが、起動までにあと10分は必要だろう。
「そんなもさもさしてられるか! 敵はすぐそこまで迫っているのだぞ!」
山城は声を荒げる。
「心配はご無用。ここには我ら七夜刀の大半がおります」
そう言ったのは、妙齢の男性だ。
筋骨隆々な肉体に、身の丈ほどある大剣を2本背負っている。
彼は七夜刀の序列一位、
七夜刀ーー暗夜商会の最高戦力だ。
その昔、鎖国時代の設立当初から存在しており、七人の異能者により構成されている。
そのうち四人が護衛として、この会議室にいる。
「その七夜刀の一人、タジマが外に出て返り討ちにあってあるだろうが」
山城は再び声を荒げた。
「彼は七夜刀の中でも最弱です。それに対策庁屈指の実力者ーー
瀬尾は諭すようにそう言い放った。
瀬尾は半径10キロメートルの生命全てを感知する異能の持ち主だ。
それ故に、この屋敷での戦闘状況全てを理解し、共有ができた。
それに加え、鬼の血を引く一族の末裔ーーそれも覚醒遺伝により、その身体能力は本来の鬼よりも数段上という猛者だ。
かつての傭兵時代には、ナイフ一つで100人の兵士を一方的に粉砕したという伝説を持っている。
「まぁ任せておいてください。転送システム作動までどうとでもなります」
そう言ったのは、七夜刀の序列二位の
彼は神格存在と同化した"神喰"と言う存在だ。
理屈は瀬尾すら分からないが、手を合わせるだけで重力を操る事ができるそうで、人体や車程度なら容易く粉砕する事ができる。
残りの二人も、"戦闘錬金術師"と"現代の剣豪"の二つ名で知られる猛者だ。
「それに、この場には形代連盟の役員とその護衛のお方もいる。平気だろう」
そう言ったのは暗夜商会の副会長だ。
それに加えて、たまたまこの場に居合わせた形代連盟の役員とその護衛の男もいる。
形代連盟との同盟関係についての協議をするために来ていたのだが、そのタイミングでの襲撃だった。
護衛の男も相当の猛者であると聞く。
「ぐぬっ、まぁ、大丈夫である事を祈ろう......」
その話を聞いて何も言えなくなった会長は静かにそう言った。
そのあと、遠くから聞こえる銃声を聞きながらも、転送システムの起動を待っていた一同。
だが、静寂を切り裂くような背後から知らない女の声が響き渡るーー。
「随分と切羽詰まってるみたいだねぇー」
そこにいたのは、透き通るように白い肌、汚れを知らぬような白雪の髪。
全てを飲み込むような、真紅の瞳。
黒衣を羽織ったその少女は、まるで神話の人物のような幻想的な雰囲気を放っていた。
それと同時に、その場全員の背筋に悪寒が走った。
まるで、肉食獣を目の前にした草食動物のように。
「久しぶりだね」
その女は、瀬尾に視線を向ける。
「誰だお前は......!?」
瀬尾は目の前の女について、何も思い出せなかった。
(おかしい......いつの前に現れた、それに生命探知に引っかかってないぞ?)
誰だろう、どこかで見た事があるかもしれないが思い出せない。
それに瀬尾の異能である生命探知でその女は全く反応しない。
何故だ、命を持たぬ存在だとでも言うのか。
「まぁ分からないだろうね......13年と目も髪も肌も随分と変わっちゃったし」
女はそういうと、一歩前へと踏み出す。
「う、動くな!!」
女の前に、七夜刀の剣豪が割って入った。
これ以上、不審な女に自由に動かせまいと。
「邪魔ーー」
女がそう言い手を振ると、その割り込んだ男の身体が四散した。
辺りに血と肉片が飛び散る。
その場にいた誰もが恐怖と困惑で固まってしまう。
何が起きたのだ、何故粉々に吹き飛んだのだろう。
「でもさ、めちゃくちゃにしておいて顔を忘れたってのはなんだろうーーイラつくな」
脳面のように表情を変えぬまま彼女はそう言い放った。
瀬尾は脳内をフル回転させる。
微かな見覚えを頼りに記憶の本棚を片っ端からひっくり返していく。
そして微かな記憶から瀬尾は思い返した。
「ま、まさか......!? あの吸血......鬼?」
容姿が随分と変わっていたので、思い出せなかった。
13年前、吸血鬼化した少女を誘拐して、その父親と母親を殺害して、海外に商品として売り払った事がある。
その一連を実行したのは、他の誰でもない瀬尾だ。
「思い出した? あの時の雑魚吸血鬼だよ」
「お前、なんなんだ。その姿は?」
おかしい、あの誘拐した少女はもっと普通の見た目だった。
「なんでだろうねぇ、でも、真祖っぽいでしょ? この外見ーー多分それなんだろうね」
「なんかつもりだ、復讐にでも来たのか!?」
「別に今更......強いて言うなら、新しい秩序に貴方達は相応しくないーーと言うよりか私が貴方達を入れたくないだけ、もう一つは異能者は美味しいって事くらいかな」
「何を言っている!?」
女の発言の意図がわからない。
新しい秩序とは何かーー。
異能者は美味しいと言うのは、そのまま意味かーー。
あるいは別の意味なのだろうか。
その時だ、形代連盟の役員が声を上げる。
「あ、貴方は首なしのしゅりょ......っ」
そう言いかけた時、役員とその護衛の身体がバラバラに弾け飛ぶ。
辺りを真っ赤に染め上げて、部屋の赤色がまた一つ強くなった。
「形代連盟の人にこんな事してるってバレたらめんどくさい」
女はそう言って、にんまりと薄ら笑みを浮かべた。
「何が目的だ、金か!? 金ならくれるぞ!!? いくらでも!!」
そう声を荒げたのは、山城会長だ。
だが女は「違うよ」と首を横に振る。
次の瞬間、山城の首がぼとんと地面に落ちる。
首が綺麗に切り落とされていた。噴水のように血が噴き上がっている。
肝心の女に動きは一つもなかった。
「お金なんて興味ないよ」
「ば、化け物!?」
役員の一人が、懐から拳銃を抜いて発砲しようとする。
だが次の瞬間、その役員の頭が木っ端微塵に吹き飛んだ。
「た、助けて!!」
「い、嫌だ、死に、死にたくない!!」
七夜刀を除く、この部屋にいる全員は恐慌状態に陥り、この場から逃げ出そうとする。
しかし、七夜刀以外の人間全てが四散して血肉と化した。
部屋中が血液と肉片に満たされる。
女が歩みを進めるたびに、ぴちゃぴちゃと床を覆う血液の音が部屋に響きたわたる。
「後は貴方達だけだね。復讐じゃないって言ったけど、少し嘘ついた......親の仇くらいとっときたいじゃん?」
瀬尾達に女は殺意を向ける。
七夜刀の一人ーー錬金術師の男は、部屋の扉に手をかける。
だがびくともせず、開く様子もない。
「私の能力でこの部屋は内側から出られないようになってるーー転送用の魔法陣も無力化してるし」
「き、貴様......!」
「やるしかないな!」
七夜刀は覚悟を決めた。
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