覚醒
ソウコに連れられて、ミナトは橋の下まで来ていた。
随分と巨大な橋で、川と線路が走っていた。
そして漂うのは霊の気配ーー。
「見ての通り霊は境界線に群がるんじゃ。ここはの、橋、川、線路、境界線と見立てられる要素が三つもあるーー」
確かに辺りを見渡してみれば、薄っすらとした人影、形にもならない様な影が漂っている。
数は多いが低級霊だーー脅威はゼロ。
「ここは自殺の名所での、今まで30人が首を吊っておる、そして昼と夜の12時ちょうどにの」
「12時?」
確かに後もう少しで、昼の12時の時間だ。
「12時になるとここは強力な霊が出現するのじゃ。ここの地下には、戦争で亡くなった人間の死体が埋められておるから、それの慣れ果てじゃろう」
ソウコはそう言うと、コンクリートブロックに腰をかける。
「実戦を交えて教えるのが一番覚えが早いからの、それでやってみるとしようかの」
「その霊ってどんくらい強いの?」
「まぁ、あのトンネルの霊と同じくらいかの」
「それって今の私に勝てそうなやつ?」
正直、あのトンネルの霊ーー一花様はミナト単体では勝てなかったくらいには強い相手だ。
本当に大丈夫なのだろうか。
「心配は不要ぞ、妾が怪我をせぬように援護はする」
と言ってくれるが、心配極まりない。
しばらく待っていると、辺りの空気がだんだん重くなるのを感じる。
「12時じゃの」
スマホで時間を確認すると、ちょうど11.59から12.00に時刻が変わる。
「くるぞ」
ソウコが指を向けた河岸から、何かが這い出てくる。
それは焼け爛れた皮膚、性別すら判別できないほどだ。
四つの手が生えた、ギリギリで人型と認識できる醜い肉塊だ。
それから放たれるのは凄まじい悪寒。
夏だというのに、頬から冷や汗が垂れてくる。
間違いなく、一花様と同格の霊であると理解する。
このレベルの強力な霊体と相対したのは、一花様含めて今回で2回目だ。
「奴は戦災で亡くなった霊の集合存在。お主らの言葉を借りるなら複合霊体という奴じゃ」
複合霊体ーー幾つもの霊体が、同じ境遇や思念に引き寄せられて、融合した存在だ。
通常の霊体より遥かに強く、幾つもの思惑に身体を動かされているので、行動の予想も困難を極める。
とはいえ、今まで戦ってきた複合霊体は少し苦戦する程度だった。
しかし、目の前のそれは今までの奴らより頭一つ強力だろう。
「あれと戦うーーってことだよね?」
「何度も言わせるな、不安は不要ぞ」
と何度も言ってくれるものの、不安は不安だしどうしようもない。
しかし、複合霊体はこちらに目を向けることなく。
辺りに漂っている低級霊たちに徐に手を差し向ける。
それを掴むと、複合霊体はその裂けた口に突っ込んでいく。
「こちらには、興味がない?」
「ないわけではない、複合霊体にとって生きてる人間よりも、霊体の方が取り込みやすいのじゃ。この辺に集まっている霊を取り込んだら、次は妾達を襲うだろうの」
複合霊体はこちらに気づいてはいるものの、あたりに蔓延る低級霊を捕食し続けている。
「それじゃ、肉体は霊化させてみぃ」
ミナトはソウコにそう言われて、半霊化状態にする。
「それで力を抜くのじゃ、しかし力を入れつつ抜きすぎないように」
「こ、こう?」
ミナトは意識的に身体の力を抜く。
だが、力を抜いた瞬間に半霊化状態から離脱しそうになる。
「抜きすぎじゃ、少しだけ力を入れてみ」
そう言われて、ミナトはほんのりと力を入れる。
「今度入れすぎじゃな」
次は、ほんの気持ちだけ力を抜く。
「その状態じゃ、その力加減を覚えることーーそして、意識を抜きつつ、なおかつ鮮明に保つ」
ソウコの言うことは曖昧でよくわからない。
だが、なんとか上手くできているようだ。
「こ、これであってる?」
「まぁ、及第点じゃな。これで半霊化能力の消費を最大限抑えつつ、力の最適化ができておる。この状態で戦って見るのじゃ」
そう簡単に言うが、意識的にこの状態に持っていくので精一杯で、これで戦うなんて無理に感じる。
「無理なんだけど......」
「ごちゃごちゃ言うでない、実戦で慣れるしかあるまい、何かあれば妾がどうにかするから心配するな」
ソウコにそう言われて、ミナトは渋々霊体の方に視線を向ける。
ソウコに言われた通りの感覚を崩さないように、ミナトは霊体に蹴りを喰らわせる。
霊体の頭部に向けて繰り出された一撃は、頭の半分程を粉砕する。
「オォオォ」
醜悪な霊体は、ミナトの優先的に排除すべき存在と認識する。
「少し意識が乱れておる、へいせいをたもて!」
「わ、わかってる!」
ソウコにそう言われ、先ほどの感覚のように曖昧な状態に持っていく。
「オォオォ」
霊体の皮膚を突き破って、無数の腕が伸びてくる。
ミナトはそれを身軽に交わしていく。
「あれ、思ったより動きが緩慢?」
その腕は見かけ以上によけやすかった。
「力の最適化をおこなっておるからな。いつも以上に強さもかさ増しできておる」
どうやら、自分の方のスペックが上がっているようだ。
ミナトは腕の隙間を掻い潜って、もう一度頭部に拳を振り下ろした。
その拳は、頭を完全に粉砕する。
「オォオォオオオオオ」
だが、霊体はピンピンしているまだまだ戦える様子だ。
霊体の皮膚から更に倍の腕が伸びる。
それは一斉にミナトへと襲いかかってくる。
「くっ......」
流石に倍の数の腕を避けるのは、少し難しい。
何度か身体をかすめそうになる。
「意識が乱れておる、平静を保て!」
「そんなむちゃな!?」
これだけの攻撃を交わしながらも、意識を平静に保つなど至難の業だ。
だんだんと意識が乱れてきたせいか、腕の動きがどんどんと早くなり、交わしづらくなるのを感じる。
「ま、まずっ......!!」
その時だ。
無数の腕がミナトの身体を捕まえる。そのままがんじがらめに拘束する。
だが次の瞬間、その腕がバラバラになり宙に舞う。
ソウコの背後には全身が爪に覆われた狐の怪異が立っていた。
恐らくあれはソウコの眷属で、腕がバラバラになったのはその能力だ。
「お主は気にせず、平静を保つことに集中するのじゃ」
ミナトはソウコの言葉通り、全集中で半霊状態をギリギリで維持する。
目の前の強大な霊体をいないものとし、本当にそれのみに注力する。
なんだか身体がふわふわと楽になっていく。
コツをつかめた気がする。
意識がだんだんと鮮明になっていく。
まるでこの世界の全てと交わったかのように心地いい。
「感覚分かったかも」
なぜだろう。
なぜ、今までこんな簡単なことができなかったのだろう。
「ああぁぁぁ」
ミナトは助走をつけて、複合霊体に膝蹴りを喰らわす。
風切音と共に、複合霊体に港の足全体がめり込んだ。
「凄まじい威力よの」
複合霊体の身体は粉々に砕けて、霧になっていく。
「一撃で倒しちゃったの!?」
湊は自分のやったことなのだが、驚きが溢れ出てしまう。
「ほれ、半霊状態を解除してみ」
「あー、うん、わかった」
湊は渋々半霊化を解除する。
「いたくない?」
普段はあるはずのあれがない。
全身を襲う激痛も吐血も何もなかったのだ。
「お主の力使いが今まで下手じゃっただけよの」
すごい。
今までのデメリットが亡くなった上、持続力、火力共に向上したのだ。
「何でこんな力の使い方知ってたの? 葬狐」
「まぁの、昔お前のような奴がいたんじゃよ」
葬狐はそうとだけ呟いた。
「近々、大きな戦があるんじゃし、英気を養っとくのじゃよ」
葬狐はそう呟いた。
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