都市伝説の霊




事案報告書。




〇〇県◇◇市の四塚トンネルで事案発生。



トンネルを通過した乗用車の乗員が不規則かつ不明瞭な基準で、首を切断させる事象が多発。



事情が始まって、僅か6時間で被害者は7人を超えた。


当庁は、該当地域に伝わる都市伝説である"一花様"との関連を指摘。


運用試験段階である第一機動部隊隷下、第一分隊の派遣を決定。








* * * *



  




湊達、第一分隊は現場のトンネル付近まで来ていた。



辺りの交通網は完全に封鎖されており、誰一人と見かけない道路を進んでいく。




「辛気臭いガキじゃのー」



そう言って芹にだる絡みしているのは、葬狐だ。



「ああ、はい、すいません」



何故か謝罪する芹。



「まともな人生歩んできてませんって顔をしおって......もう少し明るく振る舞えんのか」



「はい、その、あの......すいません」



暫くの間を置いて、芹は口を開いた。


どうも芹が目を合わせてくれない事に、葬狐考えを巡らせる。



「もしかしてーー、お主、本当にそういう口の人間なのか?」



もし、芹が本当に辛い経験をしてきた人間だとしたら結構酷い事を言ってしまったのかもしれない。




その時だ。



「あわぁぁ!」




葬狐は髪をレイスに引っ張られる。



「そういう事は、言うもんじゃないわよ。特に私達みたいな訳ありの吹き溜まりみたいな人種に」


「不可抗力じゃ、わざとではない!!」



葬狐はそう言い、ジタバタと暴れている。



「ごめんなさいね、この馬鹿狐が失礼な事をいって」



レイスは葬狐に変わって謝罪の言葉を述べる。



「いえ、気にしていませんので大丈夫です」



芹はいつも通りの調子で返答していた。


そこまで、深く受け止めていないようだ。




「はぁ」



湊はその光景を横目で見ており、ため息を吐く。



芹の事情を深く知っている湊からすると、葬狐の発言には結構不快感を覚えた。



これ以上、余計な事を喋っていたら蹴り飛ばしていたかもしれない。



この際、神格だろうが関係なく。





ともかく、今回の怪異は"一花様"の呼ばれる都市伝説の可能性が高いそうだ。



都市伝説の中では、かなりマイナーだが、トンネルなどの暗い場所で突然現れ、頭を刈り取って持ち去る女の幽霊だそうだ。



こうして都市伝説に残るような怪異と言うのは、普通の霊体とは比べられない程に強力だ。



それこそ湊でも、簡単に倒せる訳がない。




「みんなは、幽霊に対抗できるの?」



「魔法は霊体にも効くわ、問題はないわね」


「幽霊程度、妾の前では塵も同然よ」



どうやら、二人は大丈夫なようだ。



しかし、問題は芹だ。



「私も問題ありません」


「その呪われた刀は使わないでね」



芹が腰に二本刺している刀の片方を指差す。



「これがないと私、対霊では無力ですよ?」



芹はあくまで、霊的なものが見えるだけの人間だ。


本来は、対抗する能力なんでもっていないのだ。



「大丈夫、今回は援護をお願い。本当に危なくなったら、その呪いの刀私に渡して」



この呪いの刀の効力は本物だ。


都市伝説級の霊体相手でも、充分有効打になる。



「その時は私が斬りつけますよ」


「いいから、私にその時は貸して、分隊長命令、絶対にお願いね」



これ以上、芹の寿命を縮ませるわけにはいかない。


一度や二度の使用程度では、そこまで問題はないようなので、そのくらいなら湊自身がその刀を振るう。




「......っわかりました」



芹も不服そうではあるが、承諾してくれた。






一行は暫くあるていると、目的の四塚トンネルが見えてきた。



古びたトンネルで辺りを蔦が覆っている。



二車線ではあるが、その車幅はとても狭く、光源があるはずなのにかなり暗い。



これも霊的現象なのだろうか。




「嫌な雰囲気がするわね」


「おるのー、間違いなく」




葬狐とレイスの二人はこのトンネルの異様さに気づいているようだ。


湊もそこ知れぬ悪寒を感じていた。




「芹は何か感じる?」


「いえ、特にはーー」




どうやら、芹は何も気づいていないようだ。


やはり見えるだけで、それ以外の対霊能力は持っていないようだ。





「さっさと終わらせようぞ。悪霊などこの妾がいれば恐るに足らぬ」




葬狐はそういうと、先陣を切ってトンネルの中に入っていく。




「あら、それは私も同感ね」



それに続くようにレイスが続く。



「私達も行きましょう」



横から芹にそう問いかけられ、コクりと頷く。




トンネルの中は、湿っぽく足元が見えないほどに薄暗い。



湊は、軍用懐中電灯で辺りを照らしながら進んでいく。


やはりそれ用とだけだってかなりの光量だ。



「それ少し不便じゃない? 片手が塞がるし......」



レイスがそう問いかけてくる。



「まぁ、そうだけど。つけないと暗いし」


「それじゃ」




レイスがそう言い腕を振るうと、レイスを中心に前後20メートル程の空間が辺りを見渡せるくらいに明るくなる。




「凄い......これが魔法?」



日本でいう妖術に近い代物だろう。



とはいえ、妖術と魔法は細部でかなり違うし、そもそもアジア圏で魔法使いという存在は稀有だ。



「そうよ。私は光とか炎が得意でね、それ以外はあんまりなんだけど......」



魔法は苦手得意の属性がはっきり出ると言うのはよく聞く話だ。



属性のプラスマイナスが出にくい妖術との、大きな相違点の一つだ。




湊達は照らされたトンネル内を進んでいると、目の前から数体の人影が現れる。




それは首のない人間の死体だった。



それらはよろよろと蠢きこちらに向かってくる。



ここで"一花様"に殺された人間の死体に、低級霊が乗り移った動死体だ。




「ここは一番仕事量が少ない私が行きます」




そう言って、芹は一歩前へと踏み出る。



そういえば、芹の戦いぶりを見たことがない。




芹は、呪われていない方の刀を抜刀し構える。



それと同時に、地面を蹴り上げて動死体との距離を一気に詰める。



前方にいた動死体の心臓を刀が貫く。



そのまま刀を抜いた勢いで、横から迫ってきていた動死体の両腕を一刀両断に横薙ぎで切り落とす。




散漫な動きながらも、芹を襲おうとする動死体だが、死の淵で鍛え上げられたセリの勘と動きになる全く追従できない。




襲いかかる動死体の攻撃を的確に回避して、心臓や手足などの重要な器官を破壊していく。




また一体、もう一体と動死体は数を減らしていく。




「す、凄い。あんなに強かったんだ」



そりゃ、弱ければ今まで生き残れなかっただろうが、予想以上だ。



動きの速さは、東雲には及ばないものの、的確性は唯一無二の領域だ。





「ほうっ、あの人間なかなか強いの」


「あれは死地で磨いた技ね。普通じゃあんな剣技は得られない」




どうやら二人は感心している様子だった。



二人から見ても、芹の動きは凄いのだろう。



気づけば、瞬く間に動死体全てを蹴散らしていた。



芹の周りに白い靄が立ち込める。死体に取り憑いていた低級霊が行き場をなくして、漂い出したのだ。




「よく先が見えないのぉ」




そう呟いた葬狐は、白い靄に息を吹きかける。



そうすると、白い靄は嘘のように、段々と薄く、消えて無くなっていく。




「神の吐息じゃ、低級霊くらいの雑魚じゃ嫌でも昇天するじゃろうて」




葬狐も口と態度はでかいが、その実力は確かみたいだ。





「終わりました。これで犠牲者の7人分倒しました」



事を終わらせた芹は此方に戻ってくる。



全身に返り血を浴びて、衣服を真っ赤に染め上げていた。



「勇ましい出立ちじゃの」



他人事のように呟く葬狐を横目に、湊は懐からハンカチを取り出して駆け寄る。





「血塗れじゃん。汚いよ......」




湊は顔についた血痕を拭き取る。



本人はあまり気にしていないようなのだが、飛び散った汚れを見ると気になってしまう。




「すいません、近接武器なもので、どうしても汚れてしまうんです......」




血というのは身体や服につくとこびりついてなかなか落ちない。


特に腐りかけの死体の血液などもってのほかだ。





その時だ。




レイスの作り出した光源と暗闇の境目に人影がぽつりと現れる。






「とうとう現れたようじゃの」




葬狐がそう言い、彼女の指差す方向を見ると湊の背中に悪寒が走った。





薄汚れた花柄のワンピース。




真っ白に染め上がった肌。




傷んだ床につくまで長い髪。




そしてニタニタとした不気味な笑顔を浮かべるその表情。



手に持った巨大な虎バサミ。






間違いない。



あれこそが、一花様だ。

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