再発



湊と芹は男に連れられて、こじんまりとした会議室に通された。



「さて、シノノメさんに話した内容と同じ事を説明させて貰います」



男はそういうと、手に持っていた資料を二人に渡す。




「襲撃の犯人は、形代連盟と言う秘密結社によるものです」




形代連盟ーー聞いた事がない名前だ。



「簡単にいえば、超常能力での国家転覆を狙う武装集団です。まぁ、その背景には異能者への迫害や対策庁からの破壊工作など様々な要因があるのですが、今回は省略させて貰います」




男はそういうと、資料に目を通すように伝えてくる。



「対策庁東京本部、574人中349人が死亡または行方不明。そのた地方支部、関係組織を含めて1000人を軽く超える犠牲を出しました」




そこには、いかに対策庁が壊滅的な打撃を受けているかを記されていた。



「それと吸血鬼の襲撃も本部に対して行われましたでしょう。東欧の同盟組織との連絡共有により、あの吸血鬼達は欧州最大の怪異の反社会組織ーー首なしの連中だそうです。恐らく連盟と同盟関係かと」



首なしーーあのレベルの吸血鬼が所属しているのだ。


恐らく形代連盟より危険な存在なのだろう。



それに、日本全国の関連組織全てが襲撃を受け、その大半が機能不全に陥っていた。



「現在、国防軍が主体となり形代連盟への反撃作戦を展開しています。四つの構成組織を壊滅させました」



男はページを捲るように言ってくる。




「そこでです、まずはミナトさん、貴方は対策庁を再建するために力添えを姉がしたいのです」


「お願い?」


「対策庁は大勢の犠牲者を出し、まともに運用できないほどに疲弊しています。それ故に、国防省の下部組織として、異形物対策庁を再度設立します」




湊は言われるままぽかんと話を聞いていた。




「対策庁は国家機関にも関わらず、上層部による独裁状態でした。しかしその横暴をもう二度と許さないよう完全に国家により運営します」




男はそういうと、一息ついて再び喋り出す。



「それでミナトさんには新設される第一機動隊、第一分隊の分隊長へ任命したいのです。勿論、今回の霊体の大量討伐を鑑みての処置です」




分隊長ーーそれがどの程度の地位かはしらないが、それならに出世したという事はわかる。



「私がですか?」


「はい、ミナトさんの分隊は、実験的に異能者のみで構成する予定となっています」


「そう、ですか......」




出世することは悪い事ではないのだが、急すぎて反応困る。




「拒否権は?」


「貴方の場合にはありません。セリさんにはありますがね」




男はそういう。



確かに、借金を返さなくていい代わりに対策庁に勤めるーーこの契約の限り逃げられない。




「ちなみに第一機動隊の隊長はシノノメさんです」



どうやらシノノメも昇進したようだ。



昇進というよりかは、大量に職員が殺された事による役職の繰り上げに近い。



「わかりました。給料あげてくれるなら受けますよ」


「勿論です、色もつけさせて貰います。では、決まりですね?」




男はそういうと、今度は芹に視線を移す。




「今度はセリさんです。貴方には二つの選択肢があります。対策庁をやめるか続けるかです」



男の発言に暫く沈黙が走る。




「貴方の諸事情はなんとなく把握しています。上層部は先の襲撃で全滅、貴方を縛る存在は消滅しました」



男はそういうと、一枚の明細書を渡してくる。



「これは貴方に今まで支払われていなかった給料の合計です。滞納金の上乗せと慰謝料を加味されています」




様々な項目が書かれた明細書の一番下まで目を通すと、振込支給額ーー一三億四千万円と記されていた。



「貴方が受け取るべき正当な金額です。勿論、貴方の受けた苦痛がこれで解消されるとも思ってはいません」



男はそう言った。



しかし、その金額を見てもセリの心は動かなかった。



どうせ、長生きはできない。



こんな大金使い道なんて存在しない。




「それでどうでしょう、対策庁を辞めて普通に生きることを私どもは推奨します。社会復帰も全力でサポートします」




芹はその言葉を聞いて、ふつふつと怒りが込み上げてくるのを感じる。




セリはそれと同時に内心驚いた。


自分がまだこんなに感情が揺れ動くことがあるなど思ってもなかった。




今更社会復帰なんて無理なのは自分がよくわかっている。


それ故に、他人にそんな発言をされたので気分を害したのだろう。




「辞めません。今更普通の生活を送れる想定ができません」




芹は即答で断った。




「そうですか......私どもも貴方の選択を強制する権利はありません。しかし、学校に通うのはどうでしょうか? そもそも貴方は義務教育の範囲内の年齢です、それに学業を通して、何か新しい発見やっーー」


「行きません」




芹はそれをきっぱり断った。



そもそも芹は小学校の途中までしか通っていない。


急に中学校に放り込まれて学業に追いつける訳がない。




それに残りの少ない人生を学校生活に吸い取られると考えるとどこか癪に触った。



「そうですか......一応セリさんの気が変わったら、いつでも通えるような手配はしておきます。現状の継続という事でよろしいですね?」



芹はコクッと頭を縦に振ると、男は「失礼致しました」と言い残して、何処か開かれた様子で先に会議室を出て行った。





「......学校行かないの?」



暫くの沈黙の後、湊が芹に問いかけてくる。



「はい、今更学校の勉強になんて追いつけないでしょうし、それにどうも行く気になれないんです」



芹は暫く自分の身体に目を通す。



「それにこの傷だらけの身体は悪目立ちします。他人の視線を浴びるのは正直気持ちのいいものでもありませんので」


「そう、だよね......」




もし同じ立場だったら、学校へ行くという選択肢は取らないだろう。



「じゃあ、よかったらだけど私が勉強教えてもいいかな」


「ミナトが、ですか?」


「私ね、本当は学校の先生になりたかったんだ。だから勉強結構頑張ってたし、高校入学レベルなら他人に教える事はできると思うんだ」




湊は本当は学校の先生になりたかった。



だからこそ、他人に教えられるくらいには勉強ができないと行けないと思い、勉強はそこそこ頑張っていた。



クラスの中でも、いつも常に成績は上位の方に居たし、最低限は教える事はできると思っている。





芹は暫くの沈黙の後、口を開いた。




「もはや私が勉強する必要性はないと思っています」



「まあ、そりゃそうだよね......ごめん」




正直、自己満からくる発言だった。




教師になれなかった欲求を芹で満たしたい。


心の奥底でそう思ってしまい、口から溢れてしまったのだろう。





しかし、次に芹の口から吐かれた言葉は予想外のものだった。




「でも、ミナトが教えてくれるなら、是非お願いしたいです」


「え、えぇ? いいの? というか私だといいの?」


「はい、不思議と悪い気がしないんです」



そう言い、貼り付けたようなぎこちない笑みを浮かべるセリ。



「じゃあ、その、よろしく......でいいのかな」


「はい、こちらこそ宜しくお願いします」




湊はこうして芹に対して、勉強を教えることとなった。

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