襲撃



「出血がひどい......早く手当しないと」



芹の容態はかなりひどいものだ。



身体を何発もの銃弾で貫かれ、心臓あたりをナイフで一突きされている。




「大丈夫です、このくらいなら耐えられます」



芹はそう言ったものの、身体中がガクガクと震えており、表情も段々と青ざめてきている。



確かに芹は頑丈だ。


とは言え、限度というものがある。




「大丈夫なわけがないでしょっ、早く安全なところに......」




そのときだ。



前の廊下から、首のない肥満体の男の霊体。



後ろ側から、首が異常に長い顔のない女の霊体が同時に現れる。




(セリを運びながら戦う余裕はないか......)




湊の半霊化はそう長くは続かない。



セ芹を背負って、外まで脱出するのは相当な難易度だ。




ならば。




「セリ、しっかり捕まっててね」



湊がそういうと、芹は袖あたりをぎゅっと掴んでくる。




湊はガラスが割れた窓から、自ら飛び降りた。




凄まじい勢いで、地面に急降下する二人。




地面に着地すると同時に、凄まじい衝撃が湊の両足を襲う。




「関節、痛ったぁ......!」




湊は凄まじい激痛に表情を歪ませる。



しかし、悶えている暇はない。



半霊状態でも、物理接触できるように身体を調節している状態だと和らぐながらも痛みは感じるのだ。



頭上を見上げてみれば、割れた窓の隙間から恨めしそうな雰囲気でこちらを見つめてくる二人の霊体の姿があった。



建物の中から出られないのだろうか。






湊は辺りに視線を向ける。




先程、蹴飛ばしたリアスの腕や内臓、血液が道路に散乱していた。



しかし肝心のリアスの姿が何処にもない。



今ので仕留められなかったのだろう。



逃げられた。




幸いと言っていいのか、ここは路地裏に面している。



この状況を盗み見ていたものはいないはずだ。




「セリを襲っていたあの女はなんなの?」



「吸血鬼......だと思います。霊体の大量発生と何かしら関係があるかもしれないです」




吸血鬼に霊体ーー何が起こっているのか湊は想像もつかなかった。


怪異主体の組織も存在はしているらしく、彼らの襲撃なのだろうか。



とりあえず芹を安全な場所まで運ばなければいけないだろう。




湊は芹を抱き抱えたまま、裏路地を走り抜ける。




表に出て見ると、凄まじい人だかりができていた。



それと無数の救急車が駆けつけており、辺りは赤く点滅していた。



簡易的なパーテーションのようなしきりで対策庁の周りを覆っており、一般人が中を視認できないようになっていた。




「この先はっ」



湊がしきりの側まで近づくと、警備員に引き止められる。




「対策庁の人員です、通してください!!」



湊がそう声を荒げると、しきりとしきりの隙間からすんなりの中へ通してもらえる。




中は酷い有様だった。





死体、死体、死体ーー。



惨殺された職員達の死体が所狭しと置かれていた。


数少ない負傷した者達を救急隊員や対策庁の救護班の人間たちが慌ただしく治療している。



何台も救急車が騒音を流しながら、内側へと入ったりでたりを繰り返している。




「新しい怪我人ですか? こちらで引き取ります!!」



湊が唖然としていると、一人の救急隊員らしきものが話しかけてくる。



「は、はい!! 治療をお願いします!!!」


「早急に手当します、これは邪魔なのでそちらで預かってください」




芹を素早く引き取った隊員は、彼女の軍刀を湊に投げ渡す。



そうすると、すぐさまに治療設備が整っている車両の方に駆け込んで行った。



「よかった......」



安堵した瞬間、今まで張り詰めるように発動していた半霊化が解除される。




「うっ、ぐぐっ......!!?」



口から凄まじい量の血液が噴き出る。



自身の立っている地面が赤く染まった。



眩暈がする。


血が止まらない。


汗が噴き上がって、寒気が急に身体中を襲う。





半霊化を長時間展開しすぎたのだ。



本来は一瞬だけの制限付き能力のようなものだ。今回はその範疇を超えていた。




しかし動けないことはない。



何処かに腰をかけようとあたりを見渡す。



そうすると、遠くの方に東雲らしき人物を見つける。



湊はふらふらとしたおぼつかない足取りで彼女の元まで向かう。




「シノノメさん、大丈夫!?」



湊の声に反応した東雲は視線をこちらに合わせてくる。



片方の眼はガーゼと包帯で応急処置が施されていた。



「無事だけど片目はもうだめかな、ミナトちゃんは平気?」


「私もセリの平気だよ、少し能力の使いすぎただけ」



視線を東雲全体に向けて見ると、拳銃と短機関銃を膝の上に置いていた。



「吸血鬼の目撃情報が複数入ってきてる......そいつらこれから殺しに行ってくる」



複数ーーもしかしたらあの一体だけではないのだろうか。



「でもそんな怪我じゃ」



湊は東雲を止めようとするが、その手を彼女は振り払う。




「大丈夫、死ぬつもりはないから」



拳銃を懐にしまい、短機関銃を片手で持つと東雲はゆっくり立ち上がる。



「その刀貸して」



東雲は湊の持っていた刀を半ば強引に奪い取る。



「呪物の効果は基本的に人外にも有能だから」



そう言い、その場を立ち去ろうとする。



「っ私も行く!」



湊は東雲の後ろ姿に声を投げかける。



「ミナトちゃん、もうきついでしょ? 命に関わっ」


「それは貴方もでしょ!!!」


「......」


「霊を払うのは私の得意分野、この対策庁に対霊戦闘できる人は何人いるの? そしていたとして上位霊体とやり合えるのはどのくらい?」




湊の言う通り、対策庁に対霊戦闘ができるものが少ない。


そしていたとしてその程度はあまりにも低い。



霊能者は個人で活動するものが多いためだ。


だから湊は熱烈にも勧誘されていたのだから。




「わかったよ、ミナトちゃんは彷徨いてる霊体の駆除をお願い、私は吸血鬼を狩る。二手に別れて危なそうならすぐ逃げる、わかった?」


「そんなのわかってる、シノノメさんも無理だけはしないで、死なないで」


「言われなくても大丈夫だよ、お互い素人じゃないんだからね」



二人はそれぞれで別れて、再び地獄の様相と化した対策庁へと足を進める。

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