暗躍するもの
数分前。
対策庁本部。
その外見は、巨大なオフィスビルそのものだ。
ミラ・トレード株式会社という貿易会社に偽装して、世間一般には名が通っている。
そのビルの屋上に三人の人影があった。
夜の気配に息を潜め、人工の光で照らされる夜景を眺めている。
一人は背広を纏った若い男だ。
残りの二人は、真っ暗な黒衣を身につける二人の女だ。
彼女達の外見は、病的なまでに白い肌、真っ白な髪、赤い眼、整った顔立ち。この四つの共通点がる。
違いは一人は身長が高く中性的な顔立ち。もう一人は身長がそれよりかは小さい。
「それにしても、これだけ霊体を集めるなんてすごいね......さすがは神喰い」
身長が高い女は、男にそう問いかける。
彼の周りには、宙を漂う様に異形の霊達が漂っていた。
大小合わせて、50体前後はいるだろうか。
「この悪霊どもを放ったら、俺は帰る。あとは好きにしろ」
そういうと男は、二人に背を向ける。
「あんたはこのまま帰るの? てっきりこのまま対策庁に突っ込むと思ってたんだけど」
そう言ったのは、片割れの女だ。
「お前らと吸血鬼と違って、俺は弱いんだ。それにやることがある......奴ら数を減らせればどうでもいいからな」
男がそういうと、霊達は一斉に壁や天井をすり抜けて、対策庁の建物内に消えていく。
「お前達を襲わぬように命令しておいた。間違ってでもあんたらが死ねば、怖い目を見るのはこっちだからな」
「そりゃ、どうも。そうしてくれるとおれ達もやりやすいよ」
そう言って中性的な女は、微笑を浮かべた。
「なぜ、お前は一人称がそんな男の様なのだ?」
「そんな細かいことは気にするなよ。自分をなんて呼ぼうと関係ない」
「人外のことはよくわからないな」
男はそういうと、霧の様に体が消えてなくなる。
「あっ、行っちゃった」
小さいほうが、そう呟いた。
「おれ達も目的のものを回収したらすぐ帰るよ、リアス」
「リタねぇは、せっかちなんだから。人間で少しくらい遊んだっていいと思うけどなぁ」
リアスと呼ばれた小さい方の女は、方片方をリタと呼んだ。
「別になんだっていいけど、相手も普通の人間じゃない。気をつけておけよ」
「勿論。念入りに油断なく、ね?」
そう微笑むリアスと、至って冷静そうなリタ。
暫くしていると、仰々しい物音と叫び声が屋上まで聞こえてきた。
「霊に襲われ出した頃合いかなー。楽しみだなぁ、元気な人間残ってるといいなぁ。リタねぇは遊ぶの?」
そう楽しげに語りかけるリアスに、リタはため息を吐いた。
「おれは人で遊んだりしないさ、まぁ、通行の邪魔になるなら殺す。目的は忘れるな、魂集箱の回収だ」
「わかってるわかってる。例のやつ回収したらすぐ逃げるんでしょ」
「ああ、それじゃあ行こうか」
リタは地面を踏みつける。
天井が崩落し、リタとリアスの二人は建物の中へと落ちる。
「な、なんだ、なんだお前達は!?」
天井を崩して、落ちた先には数人の人間の姿があった。
事態を聞きつけてかそれぞれが銃器で武装していた。
「こいつら人間じゃない。吸血鬼だ、撃て撃て!!」
彼女たちの特徴からそう判断した一人の男が声を荒げる。
リタとリアスに向けられた銃口は一斉に火を吹く。
リアスを庇う様に、リタが前へと出る。
銃弾が身体を次々に貫き、赤い鮮血が空中に舞う。
だが、その血液は槍の姿へと変貌し、辺りにいた人間達を瞬く間に串刺しにする。
一瞬の出来事だ。
そこにいた数人の人間全ては身体を真っ赤な槍に何度も貫かれて死んだ。
「リタねぇ、そんな庇わなくても......」
「構わないよ。おれは回復能力は高い......それに血が流れた方が強い」
「まぁいいや、リタねぇがそう言うなら私はどうもしないけどさ」
リアスはそう軽いため息を吐く。
「とりあえず、おれは地下倉庫を目指す。リアスは4階にある保管庫を頼む」
「了解、また後で合流ね」
二人はそう言うと、二手に分かれた。
リアスは廊下をひたすら歩いていた。
時折、霊達に身体をぐちゃぐちゃに捻じ曲げられた死体を横目に歩いて行く。
「ほとんど死んじゃってるのかな。つまらなーい」
などと呑気そうに呟く彼女の目の前に、数人の男達が道を塞ぐ。
「お前、何者だ」
男達は、相変わらず銃で武装していた。
「少しは楽しいかもねぇ」
リアスは、にたったした笑みを浮かべる。
だが、一つ気になるのは、リーダー格らしき男だけが日本刀を持っていることだ。
それを見たリアスは、その男は相当の手練れだと判断した。
「人間ではないな、悪いが有無を言わさず死んでもらう」
男はそう言うと、刀を抜く。
「こわいなー。私泣いちゃうかもよ?」
へらへらとそう言い放ったリアスを横目に、刀の男は戦闘体制に入る。
「嘘をつけ、お前の目つきからして、微塵の恐怖も負ける気もないんだろう」
男がそう言い、リアスに斬りかかろうとした時だった。
バァン、と言う銃声と共に、男の腹部と右腕を縦断が貫いた。
「うぐっ......!? な、何故」
背後から撃たれた。
背後にいるのは、味方のはずなのに。
後ろを振り向くと、正気のない瞳で銃口を向けてくる男の部下達の姿があった。
「お前達......な、なぜっ、ぐっ!!!?」
男が絶望の表情を浮かべると同時に、彼の部下だった者達は、一斉に男に飛びかかる。
「みんなー、その人食べちゃって! なるべくながーく生きてるようにね!」
その言葉と同時に、部下達が一斉に身体中に噛み付いてくる。
「や、やめっ、やめて、や、いやぁぁ!!!」
しばらくすると、ぐちゃぐちゃと言う咀嚼音が響き渡る。
男の絶叫する声と、虚を見つめる瞳でひたすらに噛み続ける人間。
床にだんだんと赤い血が広がっていく。
「私と目を合わせた時点で負けてるんだよなー、それが」
男が絶叫し、もがき暴れている姿を楽しげに見つめるリアス。
「人間の癖に、人間を食べるとか滑稽だね。正気に戻った時どんな反応するんだろうなー」
リアスはそう言い残すと、先へと進む。
「まぁ、正気に戻す予定は無いんだけどね。食べ終わったら私の後についてきて」
人肉を貪っている人間達に去り際にそう告げた。
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
同時刻。
芹は軍刀を持って、部屋を飛び出していた。
霊体特有の異様な雰囲気、時折聞こえる悲鳴。
部屋に壁をすり抜けてやってきた敵対的な霊体。
異常事態を察知した芹は、部屋から飛び出したのだ。
廊下は酷い有様だ。
霊体に、撲殺された死体。身体捻じ曲げれた死体などがあちこちに転がっている。
「オォォォ」
セリの目の前に、無数の頭と腕が、百足の様に連結した複合霊体が姿を現す。
セリを視認したそれは、一直線に向かってくる。
ーー動きはかなり過敏な様だ。
芹は軍刀を構える。
芹の眼前に、霊が迫った瞬間。
思いっきり刀を振るった。
斬撃が直撃した霊は、真っ二つに切断される。
切断された霊は、そのまま霧になって消えていく。
「いっ......!」
それと同時に全身が泡になって消えていく様な不快感が襲う。
芹の持っているこの刀は、呪物に該当する代物だ。
実態のないものや、魂そのものにダメージを与えることができる。
だが、その代償に使用するたびに自身の命を消耗させるのだ。
いわばこの全身を襲う不快感は、命を削られている感覚だ。
「うーん、変わった子がいるみたいだね」
セリは背後から声をかけられる。
振り向くとそこにいたのは、真紅の瞳、白髪、白肌の少女だった。
彼女の背後には、口から血を垂れ流した職員達の姿があった。
その目に正気の色はなく、まるで操り人形の様な異質さだ。
「何者ですか?」
「誰だろうねぇ」
そうニンマリと笑った少女ーーリアスの口から鋭利な牙が見える。
「吸血鬼......」
芹はリアスが吸血鬼であることを見抜く。
芹は刀構えて、なりふり構わずリアスに突っ込んでいく。
「馬鹿だなぁ、私と目を合わせた時点で......」
リアスは芹の自我を破壊し、操り人形に変えようとする。
だが、芹はそれでも何も変わらずに突っ込んでくる。
「効かないタイプかぁ、まぁいいや、殺して」
中には、リアスの支配の魔眼が通用しない場合がある。
まず相手が既に呪われている場合、そして純粋に耐性がある場合だ。
リアスの全面に男達が匿うように立ち塞がる。
男達は拳銃や短機関銃の銃弾を一心不乱に乱射する。
その弾丸は芹の肩や横腹など、急所に当たることが何故かない。
芹は何発もの銃弾を受けながらも、男の一人の首を切り落とす。
そのままの勢いで、もう一人、もう一人と斬り捨てていく。
「人間の癖にめちゃくちゃに早い......!?」
化け物であるリアスすら驚く、俊敏性と剣速だ。
それに身体中を銃で貫かれて、芹から血が滴る。
また一人、もう一人と芹は斬殺していき、リアスの傀儡は瞬く間に全滅する。
「後は貴方だけです」
芹はリアスに飛びかかろうとする。
しかし、視界がふらつきその場に倒れ込んでしまう。
視界が揺らぐ、全身が焼ける様に痛い。
「動きも技能も耐久力も人間にしては強いけど......流石に銃弾で身体中穴だらけは無理っしょ」
だが、芹は無理やり身体を立たせる。
「っ......!」
そのまま、軍刀をリアスに振り下ろすが、彼女の姿が消える。
「一体どこへ......!?」
「ここだよ」
その瞬間、リアスは芹の背後に立っていた。
リアスは懐から取り出したロングナイフを芹の心臓目掛けて、背後から突き刺す。
「くっ......!!」
芹は咄嗟に身体を反転させ、刀を振り下ろす。
だがリアスは斬られる瞬間、無数の小さな蝙蝠に姿が変わる。
蝙蝠は瞬時に一塊になり、リアスの姿に戻る。
(心臓を刺したと思ったのに......位置がずれてる?)
リアスは影を伝って芹の背後に移動し、心臓目掛けて突き刺したはずだ。
それなのに、何故か急所から外れた場所に刺さったのだ。
(まぁいいや、どうせそのうち出血多量で死ぬだろうし)
芹は急に身体の力が抜けたのか、フラフラと倒れかける。
しかし、刀を杖代わりに床に突き刺してなんとか持ち堪える。
「しつこっ、てかなんで死なないの?
「人、です......死なない、のが......取り柄でっ......」
とは言うものの芹は息も絶え絶えだ。
普通ならとっくに死んでるだろうし、それでなくても今にも倒れ死んでもおかしくはない。
「じゃあ、止め刺してあげる。楽になりたいでしょ?」
姿勢を低くして飛びかかる体勢へと入る。
牙を剥き出しにし、飛びついたから迅速に噛み付ける格好になる。
リアスの上澄の吸血鬼だ。
芹の持っているあの刀から発せられる濃密な呪いの香り。
あんなものの攻撃を受けて、どのようなダメージを受けるか想像もできない。
だからこそ、芹に反撃の隙を与える間も無く噛み付く。
「死んだらそれでいい。生き残ったら私の眷属......貴方みたいな強い子を捨てるのは惜しいからね」
適性がなければ、干からびた死体。適性があれば、吸血鬼になってリアスの眷属になるだけだ。
リアスは床を蹴り上げて、芹との間合いを詰める。
流石は吸血鬼だろうか、その動きは人間の出せるそれではない。
瞬く間に、芹との間の距離を詰めて噛みつこうとする。
セリはズタボロの身体に鞭を打って、ふらつきながらも刀を構える。
「じゃあ、いーーっ!!!?」
その時だ。
真横からリアスの腹部を蹴り上げた。
リアスはそのまま、窓ガラスがある方向に吹き飛んだ。
そのままの勢いで窓を突き破って、外に放り出されるリアス。
ここは地上から15階だ。
高さにして、50メートル程。
人間ならミンチになって即死。
流石の化け物もただでは済まない。
「ーーえっ、嘘」
リアスは気付けば、外に放り出されていた。
辺りにキラキラとしたガラス片が空中を舞っている。
何かに蹴られた?
人間に? いや、そんなわけはない。
凄まじい速度で真下に加速していく。
蝙蝠に変身しなければ。
だめだ。
落下する速度に阻害されて、身体が上手く変貌できない。
ズドォォン。
凄まじい衝撃音と共に、硬いコンクリートに叩きつけられる。
それと共にリアスの身体は、衝撃でバラバラに弾け飛んだ。
「大丈夫? セリ」
リアスを外へと蹴り飛ばした人物。
それは他の誰でもない。
湊だった。
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