転落



太陽が完全に沈んだ頃。



ミナトは班の待機室まで向かっていた。




「遅かったねー。ミナトちゃん」



部屋の扉を開けると、燕が出迎えてくれた。




「あの子が噂のミナトちゃん?」


「あれが期待の新人の......」




その後ろでそう話していたのは、二人の男女だった。



二人とも年齢的には二十代くらいだろうか。




「ごめんなさい。遅くなってしまい......」


「いえいえ、私たちが急に呼び出したから」



そう言い笑みを浮かべる二人。



「私は伊上友希いがみゆき。シノノメの同期です」


「僕は白羽悠真。しらわゆうまシノノメさんの一個下の後輩になるのかな。よろしくね」


南雲湊なぐもみなとです。一応この前まで高校生でした。よろしくお願いします」



三人は軽く挨拶を交わし、湊は少し頭を下げた。



「この前まで高校生だったって18か19歳? 若いねぇ」



そう言ったのは、伊上だ。




「いえ、今年で17になったばかりです」



「17って、高校まだ卒業してないんじゃない?」



「はい、家庭の事情で高校中退しまして......」




その場の空気がそことなく重くなる。



こんな事言わなければよかったと少し後悔する。




「ミナトちゃん色々と事情が複雑なんだ」




そう言って、燕が割って入ってくる。




「ごめんね、聞きづらい事聞いちゃった見たいで......」


「いえ、そこまで私も気にしてないんで平気ですよ」




実際に気にしてはいないのだが。




「おっ、みんな集まってたみたいだね」




その時だ。



遅れてやってきたのは東雲だった。




「シノノメ、遅いよー」


「ごめんごめん、班長以上の役職者での会議が長引いてさー」


「吸血鬼の件ですか?」




そう声をかけたのは白和だった。




「あぁ、そう。東京近辺で雑魚の吸血鬼が大量発生している見たいでさー、その対策方針会。海外の吸血鬼狩り業者に応援要請したんだって」


「海外の......と言うと」


「ケルン聖会の連中らしいね」




東雲は喋りながらも共用の冷蔵庫から缶ビールを取り出す。




「また、仕事場にお酒持ち込んで......」


「いいんだよ。どうせばれないし、飲まないとストレスで死んじゃうし」



徐に椅子に座った東雲は、ビールをクビクビと飲み始める。



なんか今の東雲はヤケクソに感じる。



会議とやらで嫌なことでもあったのか。



「他のみんなもなんか飲みなよー」



「どうせビールしかないんでしょ。私苦いの無理」


「僕はこれから用事があるんで遠慮しときます」



二人は東雲の誘いをあっさりと断る。




「シノノメ、私は飲むよー!」



そう言ったのは燕だ。




「いや、あんたギリギリ未成年でしょ。ナグモちゃんと一緒にジュース飲んでな」




東雲は軽く燕をあしらった。


意外と未成年の飲酒は容認しないようだ。なんだかんだでまともな倫理観はある方なのだろう。




「ケルン聖会。確か欧州の新興宗派だよね?」



そう問いかけたのは、伊上だ。




ケルン聖会。



その名前は湊も聞いたことがあった。



欧州の新興宗派にして、爆発的に信者数を増やしていた団体だ。


一般的に知られていないが、独自の怪異駆逐部門を有しているのは、この業界では有名だ。



確か、幹部連中の殆どが行方不明になっており、その勢いはかなり衰えているそうだが。



最大150万人いた信者も、今では30万を割り込んでいるらしい。




「あの組織は落ち目だけど、援助してくれるならなんでもいいよ」


「にしてもケルン聖会は何をやらかしたら、あんな落ちぶれるんだろうね」


「さぁ、敵は多いだろうからなぁ。身内の削り合いか、他組織との抗争か」



そう言いお酒に再び口をつける。




その時、ハッとした表情を浮かべる。




「そう言えば、ナグモちゃん紹介するためにみんなを集めたんだった。こんな世間話じゃなくて!」



「もうし終わりましたよ」と白和のツッコミが入る。




「とにかく、この班にももう一人メンバー加わったからよろしくってことで」




湊は辺りを見渡して、軽く頭を下げた。




「いいねぇ、今度みんなで飲み行きたいねえ」



そう口にしたのは、伊上だ。




「めっちゃ、行きたい。楽しそう」



そう目をキラキラと輝かせる燕。




どうやら、悪い人間は居なさそうだ。



そう安心する湊。




「ミナトさんって霊能者なんだっけ?」



そう声をかけてきたのは、白和だ。




「はい、一応は......」


「凄いなー。僕は霊が見えるだけで、霊能力は持ってないし、どんな能力なの?」


「身体を半分幽霊にできるんです......まぁ、はい」


「半分幽霊っ?」




白羽は湊の発言の意味を理解できていないようだった。




「いやね、凄いんだよ。ミナトが半透明になって複合霊体を素手でしばき回してたんだから」



燕はダムでの戦いについて熱弁し出した。



結局のところ、二人はなんとなくだが湊の能力に理解を示してくれた。





「にしても、すごい子が来たなぁ。複合霊体を素手でボコボコにしたんでしょ?」



「いや、まぁ、そうですけど」




霊体相手には負けた事はない。


しかし壊滅的に持久力もないのも事実だ。



連戦は得意じゃない。




「じゃあミナトちゃんって名門の一族だったりするの?」



強力な異能者は古来から続く異能者の末裔である場合が多い。


確かに湊の一族は歴史自体は古いが、それだけだ。名門でもなんでもない。



「いえ、そう言うわけじゃないんですが......私が特別なだけなんですよね。他にこう言った能力持ちはいませんでしたし」


「じゃあ、ミナトちゃんを始祖として、新しい姓名乗っちゃたら? この業界よくある話しでしょ」




一族の中でも、特異かつ強力な異能を持つ者が新たな一族として独立すると言うのは珍しい話ではない。




異能は親から子は継承される場合が多い。



仮に湊に子供ができたとして、湊同様の能力を発現する可能性は充分高い。




「今はそう言うの考えてないですね」



湊は特にそう言った考えはない。



大変にめんどくさいのは想像できる。



「じゃあ、私もミナトちゃんの性を名乗ろうかなぁ、私、実家嫌いだしー」



そう言った燕に「お前の家の話し、重いんだよ」と言うツッコミが入る。




その時だ。



吐き気がするような嫌な感覚が全身を襲う。



「なんか嫌な感じ......」



「何これ......気持ち悪い」



どうやら、燕もこの異様さに勘づいたようだ。




「霊? 違う、数が多い? 重なっている? なに?」



霊の存在に似たものだが、それはより強力で複数集まっているように思える。



仮に霊だとしたら、相当の数ということになってしまう。





その時だ。




凄まじい炸裂音が響き渡る。



瓦礫を吹き飛ばしながら、壁が崩壊する。



灰煙が辺りを覆い尽くす。




壁を崩して現れたのは、首のない巨大な赤子だ。



間違いない、霊体だ。

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