転機の前触れ



対策庁東京本部。



貿易会社に偽装した建物の地下には巨大な射撃場がある。



分厚いコンクリートに囲われたその空間は、完全防音で地上に発砲音が漏れることはない。




その射撃場の一角には、湊と東雲の姿があった。



炸裂音と共に、湊の放った銃弾が50メートル先の的に向かって放たれる。



だが、それは全て明後日の方向に着弾し的には掠りもしない。



朝から、今までこの調子だ。




「ミナトちゃん、びっくりするくらい射撃下手だね......6時間練習しても全く上手くならないし」


「そりゃ、銃なんて今まで撃ったことないし、朝と比べたら少しは上手くなってると思う、そのはず」


「まぁ、ミナトちゃんは半霊化があるからいらないかもしれないけど、使えた方が良いからね。半霊化だって、そう長く維持できるわけでもないし」


「そりゃそうだけどさ......」




この6時間で分かったことは、湊に銃撃の才能が皆無ということだ。




「まぁ、ある程度は扱えるようなはなると思うよ。わたしだって最初はへただったしね」



東雲はそういうが、にわかには信じられなかった。



照準を覗かなくても、全弾命中させるその精度。


目を瞑っても、目標に全弾当てる五感の鋭さ。


そして、射撃の純粋な巧さ。



単純な射撃能力で東雲に勝てる存在は居ない。



「シノノメさん、それって才能ってやつじゃないの?」


「まぁ、それもあるだろうけど......それだけじゃここまでは上達はしなかったと思う」



いつもはあまり考えていないような、飄々とした態度の彼女が深く考え込んでいるように見えた。



だが、そんな表情も長くは続かなかった。


すぐいつもの調子に戻った東雲は再び口を開いた。



「そう言えば今晩、長期任務に出かけてた二人の班員が戻ってくるんだ」



そう言えば、東雲の班には燕以外にも二人いるのを思い出した。



「二人のこと紹介したいから、今日の夜時間作れる?」


「うん、予定何もないから大丈夫かな」



燕はとても話しやすい雰囲気の人物だった。


残り二人の班員も、その様な人物だといいのだが。






それから、しばらくな射撃訓練を終えて部屋に戻った。



今日は勤務日なのだが、これと言った事案はあてがわれていない。



この様な日は、訓練か待機という名の自由時間だ。




そう言えば、燕は部屋で寝て過ごすと言っていた。


自分も今日はゆっくりと夜まで眠ってしまおうか。



そう考えていると、やがて自室にたどり着く。




軽くシャワー浴びたあと、寝室へと向かう。



ベットの上で芹がすやすやと寝息を立てていた。



湊は隣に入り込む。




「んっ」

 



そのせいか芹が目を覚ます。




「......やっぱり私、ソファで寝ましょうか? どう考えても邪魔だと思いますが」



目を覚ました芹は、湊との間に距離を空ける。



「それに私、血の匂いが酷いと思いますし、やっぱり......」


「だったら私がソファで寝るよ」



実のところ、どちらがベットを使うかということで少し揉めたのだ。



家主にベットを使わせたい芹と、弱っている芹をソファで寝させたくない湊の間で、ベットの押し付け合いがあったのだ。



お互いが譲ろうとしない結果でた折衷案が、ベットの共有だった。




「それに別に血の匂いなんてしないし」



最初血塗れだったシーツも変えたし、包帯も定期的に交換し入浴もしているので、別にセリが臭いとかはない。




「私は頑丈ですから、放っておいても構わないのですが......」



「そうもいかないよ。普通はそんな怪我したら病院なんだよ」




確かに実際に芹は頑丈だ。


普通なら死んでいるような怪我でも生き延び、傷の回復も妙に早い。


だが、それでもだ。




「いい人なんですね」



芹はそう呟いた。



「......そんな事は、ないと思う」


「いえ、今まで私をここまで気遣ってくれた人なんていませんでした。怪我の治療もしてくれました。ゆっくり休ませてもらいました。こんなに優しくされたのは本当に久しぶりです」



そう淡々と言葉を並べる芹。



湊は、どう言葉をかけていいか分からない。




ゆっくりと芹の頭に手を伸ばし、撫でてみる。



なぜ、こんなことをしているんだろう。



「急にどうしたんですか?」


「なんでだろうね......でも、大した過労してない自分がさ、こんな事いうのよくないと思うけど、今まで大変だったよね」




湊だって、自分は不幸な人間だと思っていた。



見えないものが見える自分は、周囲の人間に合わせられなかった。



一人でぶつぶつ喋っている君の悪いやつ、そう思われていた。



中学になってから、普通の人として振る舞うようになった。




見えていても見えていないことにして、自分の能力は隠し通して。



そうして、友達もできて普通の人生を歩めた。



それなのに、父親の借金のせいで至るわけだ。




そのくらいなんて、目の前の少女に比べれば、平穏なものだ。




「......お母さんとお父さんは殺されました」



セリは、頭を撫でていた手を、徐に両手で掴んでくる。



「おそらく何かしらの敵対行動をとったのでしょう、そのせいで私は使い捨ての道具として利用されました。それは同じような境遇の子供も他にいました......」



そう語る芹の腕は震えていた。




「でもすぐみんな死にました。私は死ねません、何をやっても......考えるのも辛くて、何も考えないようにしないとってーー」



そこまで語ったところで、芹は口を閉じてしまう。



「す、すいません......これ以上は言葉にできないです。つまらない話を聞かせてしまい、すいません」


「ううん、辛いことなのに喋ってくれてありがとね」



「なんでこんな事言ってしまったんですかね、なんも面白くない話なんですけど」




人間は辛いことを誰かと共有して、苦悩を緩和する事ができる。



芹は無意識でそれをやろうと、していたのではないのだろうか。



「そんな事ない。また、喋れそうになったら聞かせて」


「......物好きなんですね」




それからは無言の空間が続いた。



いつのまにか、湊は眠りに落ちてしまっていた。



「1度目が覚めると寝れないものですね」




芹はそうぼやいた。



眠りについている湊を起こさないように抱きしめた。



湊は深い眠りに入っていて、寝息しか聞こえてこない。


どうやら寝ているようだ。





「......」


「......うっ」


「......おか、さ」




芹は震える声を押し殺して、湊の胸元に顔を押し付けた。

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