その後、芹は3人で話し合った結果、湊の自室でできる限りの治療を行うことになった。



湊きっての希望もあってだ。



目立たないように毛布に絡んで、大きな段ボールに詰めて部屋まで運んだ。


道中なんとか命を繋いでいてくれたみたいだが、油断はできない状況だ。



東雲はベットの上に芹を寝かせ、ガーゼを押し当てたり、傷口を縛ったりなど止血を試みている。


二人は言われた通りサポートに回る。


湊のベットは馴染んだ血でだんだん赤く染まっていく。



「私ができるのはこんくらい。あとはこの子の回復能力に任せるしかないね」



安静とはいえないが、命の心配はなさそうだ。


と言うよりかは、芹の身体が異常と言える。普通なら死んでいなければおかしい。


 

「東雲さん、この子が言っていた懲罰部隊ってなんなの?」



「懲罰部隊って、実際悪い事をしたわけでもなんでもない......ただ対策庁に逆らった人間の子供を無理矢理危険地帯に送ってるだけだよ。これは喋ると長くなるね......ともかく、この子は何も悪いことはしていない」



東雲は、そう暗い表情をしている。



「この組織の悪習だよ。政府公認組織の癖に、元が個人の対怪異組織の集合体だから、内部の対立とか不祥事でごちゃごちゃになってる......まったく」



東雲は重い口を開いた。



「私は5年前に懲罰部隊所属の子供達への非人道的な扱いに疑問を持つ仲間達で、上層部に講義をした......結果は嫌がらせで、みんな殺された。まぁ、そのおかげで私は強くなったし、上層部も渋々懲罰部隊は解散させたーー」



東雲は深いため息を吐いた。




「そう思ってたんだ」




だが、結果はこっそりと懲罰部隊は運用され続けていたようだ。



恐らく今回の早川ダムでの事案報告書は、セリが特攻まがいの偵察で得た情報なのだろう。


きっと、この傷はその時に負ったものと推測される。



「何それ、やっぱこの組織頭おかしい......この子まだどう考えても中学生くらいでしょ!?」



そう怒号を放ったのは、燕だった。




「......良くこの年まで生きてこられたね」



東雲は芹の頭を優しく撫でる。




きっと10歳にもなる前から、使い捨ての部品のように扱われてきたのだ。



今後どうなるかなんて、後先考えずに拾ってきてしまった。



きっと、これが正しい選択だと思いたい。



 





✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎







如月芹キサラギ・セリ




彼女の両親は、対策庁の内部機密を流布させたとして、秘密裏に殺害された。



これは芹が当時10歳の出来事だ。





それから、程なくして芹は対策庁に身柄を拘束された。



そして強制的に、対策庁の懲罰部隊へ配属された。




それからは地獄の日々だった。



同じ境遇の子供達と一緒に、怪異の特性を調べる使い捨ての道具として扱われた。



死んでもいい命、殺しても文句を言われない命、誰かの代わりに殺せる命。




用途は様々だ。

 


実験動物、危険地帯への偵察、倫理に反するこうと行動、それら全てだ。



休む暇を与えられず、治療も食事も満足に与えられない。



しかし上層部の間で意識改革が起こり、公には解散した事になった、新たな懲罰部隊への人員補充も行われなくなった。



だが、既存の懲罰部隊員への扱いはさらに苛烈になる。



表向きには、解散した部隊だ。



生きていては面倒。だからと言って、殺したりするのも勿体無い。



だから、なるべく早く壊れるようにその扱いは苛烈さをどんどん増していった。



芹が15歳になる頃には疲労や怪我、病気、呪いで懲罰部隊は彼女一人きりになっていた。




その呪いとも言える、"生き延びる祝福"のせいで死にたくても、どんな瀕死になっても生き残ってしまう。



あぁ、やっと辛いことから逃げられる。もう苦しい思いなんてしなくていい。みんなのところにやっといける。




そう思うたびに、毎回毎回ーー。




酷い有様で生き残ってしまう。







芹はゆっくりと目を開ける。





知らない天井だ。



いや、正確には知っている。



対策庁の施設内だろう。


この作りの室内は嫌なほど見覚えがある。



だが、ここがどこの部屋かわからない。




少なくとも、自分が寝ている埃臭い地下の旧倉庫ではないようだ。




「起きたの、まだ動かない方がいいよ。怪我酷いから......」



自分の側にいたのは、見たことがない少女だ。自分よりは年上だ。



見たことはないと思うが、どこかで見覚えがあるような気もする。



何処かですれ違ったのかもしれない。




芹は、頭を抱えて深いため息を吐く。




「なんで、私のことを助けたんですか......放っておいて欲しかったのに」


「ごめん、見捨てれなかった......」



芹は湊の発言を無視して、身体を起こそうとする。



「どこに行くつもりなの!?」



湊はすかさず、芹をベットに押し戻す。




「帰らせてもらいます。私を匿った事がバレれば面倒な事に巻き込まれますよ?」


「そんな事百も承知、それに一応死亡の偽装工作もしたから大丈夫だと思う」




血を崖の付近まで垂らす事で芹が崖から落ちて死んだように見せかけてはある。



芹が見つからないのも、崖から転落したという余地を残る事になる。そうすれば、しばらくは安泰に過ごせる可能性はある。



しかし、所詮は子供騙しレベルだ。





「そんなの無駄ですよ」


「でも、助けになりたいとは思ってる」


「じゃあ......」



芹はそういうと、ベットの近くに立て掛けてあった刀を手に持つ。



この短刀は、芹の側に落ちていた刀だ。恐らくは芹のものだろうと思い回収しておいたのだ。





「助けてくれるというなら、これで心臓を刺してください。呪いが込められた軍刀です......これで心臓を潰されたら、流石に私でも死ねると思うんです」



それを聞いた湊は、硬直してしまう。



「そんなことできない......」



目の前の少女が言い出したことを湊は理解できなかった。



目の前の自分より幼い少女は、殺して欲しいと頼んできたのだ。



死ぬのが一番楽だと、そう言っているのだ。



彼女の境遇なんて知りはしないが、こんな子供が自死を願ってくるなど異常だ。



どれだけ辛い目にあってきたのかは、その身体の傷と目を見ればわかる事だった。



「ごめんね」



湊はそういうと、セリから刀を強引に奪い上げる。




それと同時に、刀を握った手から震えるような悪寒が全身に走る。



濃密なまでの呪いの香りーーまともに扱える代物なのかも分からない。




「私が言っていい事か分からないけどーーきっと、今まで辛かった......よね、私達は貴方のことを守りたいと思ってる、だからさ......ここでゆっくりして欲しいんだ」




この自分より年下の少女は、想像も絶するような苦痛を味わってきたのだろう。



芹の生に執着のないその目は、過去一度だけ見た事があるものだった。



「殺してくれないのは残念です......赤の他人にここまでするなんて優しっーーいや、お人好しなんですね」




こんな自分にも優しくしてくれる人が、いるなんて思いもしなかった。



でも、この人達は不幸な目に遭うだろう。



上層部の芹に対する殺意は本物だ。  



匿っていることなんてそのうちばれるだろうし、匿った湊達の処遇は酷いものになるだろう。



そして自分もまた、"任務"に従事させられるだけだ。



強制的に発動する祝福が無ければ、今までに100回は死んでいる程には苛烈だった。




それからしばらくの間を置いて、東雲と燕が部屋に戻ってくる。



「あっ、起きてる......」



芹のことを見て燕が呟いた。



二人の手に持った袋には、医療室からくすねてきた医薬品の類がたんまりと入っていた。



「大丈夫、痛いところない?」



暫く沈黙が続いた後、何を声をかけていいか分からない燕がそう言ってしまう。



「いや、全身が痛いです」


「そ、そうだよね......変なこと聞いてごめんね」


「いえ」



それから再び沈黙が場を支配したが、東雲がそれをまた破った。



「その、申し訳ない。もっと早く気づけてれば」


「基本的に他の職員と会わないよう管理させていました。気づかないのは当然のことですよ」


「......」



東雲はどう言葉をかけていいか分からなくなってしまう。



5年前に全力で、少年少女達を助けるために翻弄し、それは改善されたと思っていた。



それなのに、実際は何も変わってなかったなんて、想像もしたくない。



助けてあげれなかった罪悪感が込み上げてくる。




「お腹空かない......?で夜食でも頼もうよ。時間的にはもう朝だけどさ」



時刻はもうすでに午前七時を回っていた。



カーテンの隙間から見える外の景色はもう既に明るくなってしまった。



「こんな時間に配達なんてくるの?結構朝早いけど......」


「まぁ、流石に昼ほどは店舗ないけどね」



燕はそういうと、スマホの画面で某配送サービスの店舗一覧を見せてくる。



「ほんとだ......私の地元そういうのなかったから、驚くよ」



湊の地元には、出前サービスがないどころか、ハンバーガーチェーン店も牛丼チェーン店もファミレスもなんも無かった。


あるのは、個人経営のラーメン屋くらいならものだ。



「えっと、セリちゃん......だよね。なにか食べれそう?」



燕は芹にスマホの画面をそっと見せる。




「あの、私お金持ってません」


「いいよ、そんくらいいくらでも奢るよ! それとも食べれそうにない?」


「いえ食欲はありますが、その、あの、いいん......ですよね?」


「いいよいいよ、勿論だよ!」




芹は燕に画面を見してもらいながら、何を頼むか選び始める。


湊の目には、彼女の死んだ目にほんのりと光が戻ったように見えた。



それにしても、芹の身体はかなり痩せ細っているように見える。


ちゃんと食事は取れているのか疑問が残る。






その後、届いた料理を食べ夕方まで深い眠りについた。

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