複合霊体



辺りを見渡していると、倒した動死体から白い靄が溢れ出てくる。



「わ、私たちの出番みたいだね......」



尻餅をついていた燕はゆっくり起き上がる。



「やっと幽霊出てきたの?」




しかし、東雲はそれが見えていないようだった。




「いくよ。ミナトちゃん」




燕はそういうと懐から、数枚のお札を取り出した。



一枚のお札を霧状の霊体にかかげる。



お札をグシャとつぶすと、霧のような幽霊もそれに合わせるように潰されて空中に四散する。



一体、また一体と除霊していく。



上位の霊能者ならば、道具なしで祓えるらしいが燕にそれはできない。



湊の方に目を向けると、徐に霊体まで詰め寄る。



そうすると、湊の身体がまた薄くなる。



次の瞬間、白い霧を手で掴んで引きちぎったのだ。



「何、なにそれ!」



それを見ていた燕が笑い声を上げる。




「しょうがないじゃん。私にとってはこれが一番楽なんだからさ」




湊はそういうともう一体や幽霊を捕まえて手で引きちぎる。




そうしてあらかた駆除し終わった頃だろうか。



発砲音が響きわたる。




その音源の方に目を向けると、警察であっただろう動死体が2体いた。



彼らは拳銃を構えており、こちら目掛けて発砲してくる。



「二人とも隠れて!」



東雲のあげた大声に、二人は急いで近くに放棄されていた自動車に身を隠す。




何発もの銃弾が放たれる。



東雲はそれを華麗な動きで回避する。




彼女の動体視力は並外れている。


少なくとも、生身の人間より反応速度が鈍い動死体相手なら銃口の位置と指の動きを見て余裕で回避出来る。



東雲は避けた合間に、弾丸を放つ。


放たれた2発の弾丸は、動死体の頭部にそれぞれ命中する。



頭部に直撃した弾丸は頭部を貫いていくときの衝撃で、後頭部を完全に粉砕する。



2体の動死体は、完全に死体へともどる。



「危なかったー。流石に武器持ちは焦るねー」



そう笑みを浮かべる東雲。



程なくして、死体から白い靄が抜け出してくる。


それを見た燕と湊が咄嗟に除霊する。




「これで動死体は全部倒したはず」

 



報告書に上がっている犠牲者と倒した動死体な数は一致している。


これで動死体は全滅させたはずだ。


  


「あとはーー」




その時だった。



東雲の顔つきが暗いものに変わる。



「なんだろう......この嫌な感じ」


 


何か酷い嫌悪感が急に東雲を襲った。 




「こっちに来てるね。やばいやつ」


「そうだね。並み大抵の幽霊じゃなさそうだね」





少なくとも霊の損害を感知できないはずの東雲ですら何かを感じているようだ。



報告書に上がっている複合霊的存在とやらだろう。 



その時だった。




コンクリートで覆われた駐車場の地面。



そこから無数の手が生えてくる。




地面を透けて出てきているようで、だんだんと全体の容姿が見えてくる。





それは、無数の人間を繋ぎ合わせて固めたような異形な化け物だった。




色々な人のパーツが巨大な獣の姿を形どっている。



身体から時折見かける人の顔は、その全てが苦悶に表情を歪めていた。




「遊ボッ...アソボッッ!!!」




何重にも重なった甲高い子供の声を上げたそれは、こちらの方に向かってくる。




「東雲、13時の方にヤバめの霊体!!」



ツバメがそう叫ぶと、東雲は咄嗟にアサルトライフルを13時の方向にフルオートで全弾発砲する。





その霊体は弾丸を身体中に食らう。



弾を喰らった部位が、弾け飛んで小さな風穴幾つも開ける。




普通の霊的存在ならこれで足止めはできる。と言っても通常兵器での攻撃は、すぐに修復されてしまうのだが。



だが、目の前のそれは止まらなかった。



身体の崩れた部位が、みるみるうちに戻っていく。


迫ってくる速度も遅くなることはない。





「全然だめ、止まらない!!」



燕の声に、東雲は散弾銃ベネリ M4 を今度は手に取る。



ガス圧式セミオートマチック方式のその銃は、7発の散弾を連続で発射する。





先程とは比べ物にならない程に、霊体の身体を派手に吹き飛ばしていく。



「当たってる?」




東雲は霊的存在が全く見えない。なので、彼女の射撃は殆ど感だ。




「うん、3発命中! 動きが止まった!!」



霊体の四つある脚部の一つが散弾により吹き飛ばされ、動きが止まる。



しかし、切断面がぶくぶくと沸騰するようにみるみる再生していっている。


そう時間はない。




燕は、手持ちのお札を全て握りしめる。



それを霊体に合わせた。



「潰れてっ!!」



「痛ィ、アタィタァぃタァぃ!!!!」



霊体の甲高い声が辺りにこだまする。身体の一部が変形する程度で、潰し切ることはできていないようだ。



「嘘っ、ありったけのお札を使ったのに......!?」



燕は驚嘆する。


残りの全てのお札を使えば、流石に仕留められると踏んでいたのだが、あまりダメージはないようだ。



「まずい......どうしよ」



これで、燕の持つ超常存在への対抗手段は無くなった。



「私がやってみる!」



そう言って、霊体へ駆けて行ったのは湊だった。



「ミナトちゃん、あいつ流石にヤバそうだけど大丈夫なの!?」


「わかんないっ、けどやるしかなさそうだしさ、やってみる!」




湊がそういうと、燕の目には彼女の姿が薄くなるように見える。



「遊ブ、アソブゥアソブゥ!!」



霊体の眼前に飛び出した湊に、無数の手が絡み合わさった一つの剛腕が振り下ろされる。



「ミナトちゃん!!!?」



まずい、湊といえどあんな攻撃を食らって生きている姿が想像できない。




だが。



湊が軽く手を振るうと、その剛腕は軽い塵の様に空中に散っていったのだ。




「クギィィィイァ!!!」



霊体が、甲高い悲鳴を上げる。



「嘘っ、今のあんな遇らう様に!?」




霊体といえど、仮の質量というものが存在する。


単純に成人男性の胴体ほどもある腕が叩き落とされてきたら、死ぬというものだ。



それを湊は片手で弾き返したのだ。一体どういう理屈だというのだろうか。



 


「イギヂィィィ」




霊体は、後退りする。



湊が一歩前に進めば、霊体はそれ以上に後退る。


まるで怯えている子供の様だ。



「ァァァィァァァァ!!」



霊体はもう片方残された剛腕で、車を掴む。




「うわぁぁ、車浮いた!?」




東雲の目から見れば、車が宙を浮いている様に見える。




「ァァァィ!!」



霊体はその車を、湊目掛けて投げつけたのだ。





凄まじい勢いで、湊に飛んでいく鉄の塊ーー。



だが。




ガシャッという仰々しい音を立てて、湊が車を受け止めたのだ。



「手が痺れる......」



湊はその車を、隣にゆっくりと下す。




「手が痺れるで済むわけないでしょ!?」




燕の突っ込みを横目に霊体に突っ走り眼前まで迫る。




「イヤァァァァァァダァァァァアッァ!!!」




霊体は悲鳴を上げながらも、もう片方の剛腕を振り下ろす。




だが、先程と同じ様に塵になり吹き飛ばされる。




そのままの勢いで、湊の拳が霊体の胴体に振り下ろされた。



数秒の沈黙の後、霊体の身体がばらばらになり宙に四散した。



「ァァァ.....ァァ」



掠れるような断末魔をあげて、形を失い宙に塵となって消えていく。





「す、凄いよ。ミナトちゃん!! 貴方本当に何者なの!?」



事が終わった事を悟った燕は、湊に駆け寄る。



その時だ。



湊は身体中の力が抜けたようにその場に倒れる。



「み、ミナトちゃん!?」



燕はそれを間一髪のところで支える。



「うっ......ぐっっふっ」



だが、それと同時に湊が口から血を吐いた。



燕の方に湊の血液が飛び散る。




「ど、どうしたの!! ち、血ぃぃ!?」



「そんな焦んなくても......長時間半霊化してると身体にダメージ入るみたいでさ、まぁ見た目ほどの酷い怪我でもなんでもないよ」




そういうと、燕から身体を離してゆっくり起き上がる。



「本当に大丈夫なの、肩貸すよ?」


「うん、今日はゆっくり寝て胃腸薬でも飲めば明日には全快だよ。本当に見た目ほどのダメージじゃないからさ」


「胃腸薬でどうにかなるのそれ......」


「なるなる! そんなことより肩汚しちゃたみたいで、ごめんね」


「いや、そんなこと全然いいからっ」




二人がそう話していると、東雲が話しかけてくる。




「ナグモちゃん、本当にありがとう。助かったよ」


「そんな事ないよ。シノノメさんの動きもツバメの除霊術も凄かった......」


「いや、それ以上にナグモちゃんは凄い」



東雲はそういうと、湊を強制的に抱きかかえる。



「いや、普通に大丈夫なんだけど」


「吐血してるのに大丈夫なわけあるか」


「次の日には元気になってるから......」


「だとしても一番活躍した人を放っては置かないから」


「なんか、子供みたいで恥ずかしいし、おろして欲しいんだけど」


「いいじゃん、どうせ3人しか居ないし、向こうに着くまでだから」





こうして燕と、東雲におぶられた湊は帰りの車がある地点まで戻ることになった。




霊的存在の気配が完全に無くなった道路を3人は進んでいく。





背負われていた湊は、辺りをキョロキョロと見渡す。


静かな森に両側を挟まれた穏やかな夜の路上だ。



虫の鳴き声が時より聞こえてきて、落ち着く。





その時だ。


湊は異様なものを見つける。




道路に微かな血痕の跡が、森の中まで続いているのだ。



「ねぇ、あれ」



湊は、少し暴れて東雲の拘束を解く。




「あの血の跡、なんか嫌な感じがする......」




湊は、血の跡を辿って森の中へと一直線に向かっていく。



「ちょっと、勝手にいっちゃ!」


「意外とミナトちゃんって自由だよねぇ」




二人は湊の跡を追っていく。




しばらく血の跡を辿っていくと、木の影に一人の少女が木にもたれかかっていた。



黒髪の整った顔立ちで、15歳くらいに見える。


それだとしても、小柄な体躯に痛々しい傷の数々が見受けられる。




酷い怪我を負っているようで、息もかなり荒い。


噛みつかれた跡、更には銃傷らしき怪我による辺りに血溜まりができていた。


誰がどう見ても致命傷だ。




「あ、あなたっ」



それ以上に湊が驚いたのは、彼女が駅で見かけた怪我まみれの少女その人だったのだ。



「あなた、駅で見かけた!?」


「誰ですか?」




湊の問いに、首を傾げる怪我まみれの少女。喋るのも相当辛そうで、あらい息遣いなのが嫌でもわかる。



どうやら湊のことは覚えてないらしい。




「その怪我はまずい、死ぬ」



それ以上に早く動いたのは、東雲だった。


懐から応急処置キットを取り出し、治療を施そうとする。



「必要ありません、やめてください」



治療しようとした東雲の腕を力無く振り解く。



「大丈夫なわけ、今すぐ止血しないと......」



逃げようとする少女を、東雲は押さえつける。



「私への施しは、規定違反に当たります。対策庁の人間でしょう、なら従ってください。それに死ぬなら死ぬんでそれでいいんです」


「そんな理不尽な規定あってたまるか」



東雲は、無理矢理にでも少女に応急処置を施そうとする。



「いったいこの子は?」



湊は燕に問いかける。



「わからない。けど口ぶりから対策庁の人間らしいけど、結構訳ありそう」




それはそうだろう。


まさかこんな形でまた会うとは思いもしない。




「だめ、こんな現場の処置じゃどうしようもない。医療班を呼ばないと......」



東雲は連絡用の無線機に手をかける。



「私は医療を受ける資格がありません。呼んでも助けてもらえないんです、やめてください」


「受ける資格がないって、そんな理不尽な事が......」


「私は対策庁本部直轄懲罰小隊所属の如月芹キサラギ・セリ。私の人間的運用は全て無効、そんなもの呼んでも惨めな思いをするのは私です、だからいいんですっ」



それを聞いた東雲の表情が変わる。



「そんなものが、まだ残って......」



懲罰部隊とやらに東雲は何やら覚えがあるようだ。




芹と名乗った少女は、気を失って力無く木の幹にのしかかる。



「シノノメさん、これ不味くない!?」


「っ......可哀想に、連れて帰る。対策庁は当てにならない!」



東雲は今度は芹をゆっくりと抱き抱えた。



「ミナト、ツバメ......」



東雲は静かな声で、二人に語りかける。




「この子を全力で匿うよ」



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