実戦


事案報告書。



現時刻8月13日 1時35分。



〇〇県◇◇市の早川ダムで事案発生。





8月12日深夜、当ダムの管理所にて作業員5名が行方不明となる。



また、同日付近に車で訪れていた近隣の大学生4名も同様に消息を断つ。



急に連絡が途絶えた事を不審に思った管理会社から警察に通報が入ったが、現地を訪れた警官2名とも連絡が取れなくなった。





対策庁はこれを怪異由来の現象と断定。





情報の秘匿、警察上層部への説明、周辺地域の閉鎖を迅速に開始。



日中調査を行なったが当該ダムで異常な点は見受けられなかった。




日没後に再調査。


秘匿部隊の偵察により、複合霊的存在及び低級霊の憑依した"動死体"が確認された。




この事案の対処の為、排撃隊第七班の三名を派遣。



上層部により戦力不足を指摘されたが、班長の東雲柚紀シノノメユズキの戦闘能力、南雲湊ナグモミナトの対霊能力から問題なしと判断。




当作戦は実行。





* * * *






車に揺られて3時間程度走っただろう。




東雲、燕、湊の3人は山に囲まれた道路の途中で車から降ろされ、現場まで向かうことになった。



半径2キロメートルは完全に封鎖されているようで、ここから歩いてダムまで向かわなければならない。




「んじゃっ、ささっといって、ささっと帰りますか......」




そう言ったのは東雲だ。


彼女の様子は異様で、対霊仕様のボディーアーマーの上から拳銃を二丁、短機関銃を二丁、腰にかけている。



背中には、散弾銃とアサルトライフルを背負っていた。




あまりにも重武装。



武器人間と言ってもいい有様だ。




東雲はそれでも、重みを感じさせない軽快な足取りだ。細身の体付きからは想像もできない。


総重量で何キロになるのだろう。



「ミナトちゃん、やばいよねあれ。普通ならあんな銃持って歩けるわけないのに」



「そう、だね......普通の人なら重くて動けないと思う」




正直言って、ボディアーマーだけでも結構重い。


それに東雲に貸してもらった拳銃も手に持ってみると案外にずっしり重みがある。



それらを平然と持って、軽やかに歩く東雲は普通じゃない。その身体のどこに怪力があるというのだろうか。



二人は一本の道路を進んでいくと、駐車場にたどり着いた。



車が何台か置かれている駐車場だ。


駐車場を微かに照らす街灯の光が、嫌に不気味に感じた。



「二人とも、霊の気配とか感じる?」



東雲はそう問いかけてきた。



「姿は見えないけど、気配だけは感じるかな」


「そうだねー。痛いほど見られてる気がする」



気配自体は感じる、そして向こうはこちらを感知している。しかし霊の姿は見えない。




「私は幽霊とか見えないから、よくわからないや」



東雲は、拳銃グロックを構えながらも辺りを索敵する。



その時だ。


引きずるような足跡が聞こえてくる。



「話してたら、やっぱり向こうから来た」




銃口の先にいたのは、ぎこちない動きでこちに迫ってくる人間らしき集団だった。



作業服を着た男性、大学生らしき若者も見える。



しかしその目は、焦点も楽にあっていない様子で、正常な人だとはとても思えない。





あれは人間ではなく、対策庁では"動死体"として処理される怪異だ。




死体に霊魂が宿ったもので、映画に出てくるゾンビのような恐ろしい耐久性を持ち合わせている。



所詮は死体。



動きはのろく、人間以上の身体能力があるわけでもない。



人間の形をある程度崩してやれば、中身の霊が飛び出してくる。


今回は東雲が殲滅して、湊と燕が除霊するという算段だ。





東雲は、先頭を歩く動死体に拳銃を向ける。



それから響いたのは、拳銃特有のやや軽快な射撃音。



正確な東雲の射撃は合計10発。先頭を歩いていた動死体の頭部にその全てが直撃する。




銃をよく知らない湊でも分かる。

  


遠距離から、人の頭に寸分の狂いもなく同じ額に直撃させたのだ。


これは普通の人間にはできない所業だろう。



東雲はそのままの勢いで、残った銃弾をもう一人の動死体にたらふく浴びさせる。


 

またしても全ての銃弾が頭部を貫いて、地面に倒れ伏せた。




弾切れの拳銃を投げ捨てると、もう片方の拳銃を構える。



同じように、全ての銃弾を1発も外す事なく、その全てが頭部を貫く。


また、一人、二人とどんどんゾンビもどき達は普通の死体に戻っていく。



「シノノメさん、凄い......一撃も外さず、全部頭に」


「凄いよねぇ。普通銃撃なんて、当たるものでもないのに......特に拳銃なんかでね」





東雲は空になったグロックを投げ捨てると、今度は短機関銃MP7A1を両手に構えた。


慣れた手つきで、器用に両手の銃をコッキングする。



「ここから撃ち続けてたら、一方的に殲滅しちゃいそうだし、接近しますか」



東雲はそういうと、地面を蹴り上げて動死体の群れの中に突っ込む。



それと同時に、両手のトリガーに指をかけた。


4.6×30mm弾が動死体の頭部や胸を貫いていく。


頭に直撃した弾丸は、撃ち抜けると同時に後頭部を粉砕する。



両脇にいた二体の動死体は、動かぬ死体へと姿を戻した。




「アァゥゥア!!!」



その時だ。


東雲の背後から、動死体は襲い掛かろうと飛びかかる。



だが、それを察知した東雲の回し蹴りが動死体の頭部に命中する。



「ウグゥゥァァ」


動死体は呻き声をあげて、地面に倒れ伏せる。



「アァァァ!!」



それと同時に、東雲に噛みつこうとしてきた動死体に的確に射撃する。



頭を数度貫かれ、東雲にそのまま倒れ掛かる。


東雲はそれを無慈悲にも、蹴り飛ばして跳ね返す。



東雲により地面に倒れていた動死体が、のっそりと起き上がる。



動死体が起き上がると同時に、数発の銃弾を頭に浴びせられて再び倒れ伏せる。




「とりあえず、これでおしまいかな」



辺りを見渡す。



倒した動死体は、合計8体。



だが、報告書の限りでは、最低でも11体入るはずだ。つまり残りの3体と、元凶と思われる上位霊体が見当たらない。



「ナグモちゃん、ツバメはなんかまだ気配感じる?」


「まだいると思うー」


「そうだね。嫌な感じまだ全然する」



シノノメ「だよねー、あとは何処に潜んでるんだろ」などと呟きながら、短機関銃を地面に投げ捨てる。



そして手にしたのは、背負っていたアサルトライフルAK74だ。



マガジンが刺さっていることを確認すると、チャージングハンドルを引いていつでも射撃できるようにする。



「使い終わった銃をその辺に投げ捨てるのやめた方がいいと思うけど......」


「大丈夫、大丈夫。隠蔽部が回収して毎回渡してくれてるから」


「一回、それで回収し忘れてた銃が民間人に見つかって大問題なったんだからさぁ」


「別に私の責任じゃないからねそれは」


 

その時だった。



燕の背後にある茂みががさがさと揺れる。



不審に思った燕が、背後を振り向いた瞬間。



「アアウウ!」



茂みから動死体が飛び出してきた。



「う、うそ!?」



距離を取ろうとした燕だが、よろけて躓いてしまう。



動死体と燕の距離はかなり近く動死体の攻撃を避けられそうにない。


東雲も射線に湊がいて射撃できない。



「い、いや!!」



燕は後ずさる。



燕は祓う能力があるが、動死体は身体に保護されて彼女程度の霊能力では祓えない。



その時だ。



湊が割り込んでくる。



「ミナトちゃん!?」



それと同時に、湊の身体が一瞬揺らいだように見えた。


いや、湊の身体が見にくくなっている。




薄い。身体が透けて見える。




湊は、動死体を蹴り飛ばす。



それと同時に湊の姿がしっかりと見えるように戻った。



蹴り飛ばされた動死体は、凄まじい勢いで後方に吹き飛んだ。



宙を数メートル舞って、後方にあった電柱に激突する。



脳漿が飛び散り、ピクピクと痙攣して動死体は動かなくなった。



「大丈夫?」



湊は手を差し伸べてくる。



「あ、ありがとう......助かった。今のは一体なんなの?」


「あぁ、今のが私の能力」


「能力?」


「身体を一時的に霊化できるんだよ。その時だけ、身体能力がものすごく上がるみたい」



身体を霊化させる。


一体どういうことなのか。



霊と生物との中間的な存在になれるというわけなのだろうが、そんなめちゃくちゃな前例は聞いたことない。



生きているが死んでいる。


あるいは、死んでいるが生きている。




そんな状態なんて聞いたことがない。




「そりゃすごいね。シノノメが勧誘をするわけだよ」



東雲が言っていたものすごい能力の意味を燕は理解した。

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