対策庁



湊は用意されていた自室で目を覚ました。



昨日は長距離移動の疲れから、自室に着くなりシャワーを浴びて直ぐに眠ってしまった。



湊は改めて辺りを見渡す。



ベットルームとキッチン兼リビングの二つの部屋があり、トイレと浴槽も揃っている。


一人暮らしにはーーそして寮と言うにはかなり贅沢な部屋だ。



これが月々無料で借りれるのだから、大盤振る舞いもいいところだ。





その時だ。


扉をコンコンとノックする音が聞こえる。



扉を開けると、そこにいたのは東雲だった。




「おはよう、ナグモちゃん。少し用事があってさ」



そう言ってくる東雲、一体なんだと言うのか。



「いや、ナグモちゃん実務経験者じゃん。だから上が研修期間すっ飛ばして現場出させろってうるさくてさ、まぁこの業界人手不足が常だし、仕方ないといえばそうなんだけどね」



確かに湊は、地元で霊能者として活動していた。


とはいえ、いきなり現場に出ろと言われても少し不安がある。



「それでさ......上に無理言って私の班にナグモちゃん編入することになったからよろしくね。私の班、結構同性率高いし他よりはやりやすいと思うよ」



「準備できたら言ってね。至急で今晩任務入ったからよろしくね!」


東雲は1時間後にまたくると言う旨の事を言い、その場を後にした。




湊は「そんな急な......」と思いつつも身支度を済ませる。



湊は着慣れないスーツに身を包み、約束の1時間が迫ってくる。



東雲やすれ違う職員達は皆がスーツを着用していた。スーツを着ていくのが良いだろう。






ちょうど、1時間後。


東雲が扉をノックしてきた。




「それじゃあ、とりあえず夜までに色々教えたいことあるし、班の待機室までいこうか」

  


東雲はそう言い、班員がいるという待機室まで向かう事になった。




湊的にも、知らない集団にアウェイの状態で入っていくのは相応の不安がある。



「あの、待機室にはどんな方がいるの?」


「なに、不安なの?」


「そりゃ、まぁ」


「心配しなくていいよ。一人はナグモちゃんと年が近い女の子だし、他にも二人いるんだけど、今長距離任務出かけてていないからね」



とのことだった。


湊はそれなりの人数がいると思っていたので、少し安心する。




エレベーターや階段を乗り継いだりして、暫く歩いていると第7班待機室と書かれた扉の前で立ち止まる。



「ここだよ。任務の前とか、大切な連絡事項がある時とか、この部屋に来るとこになるから場所覚えててね」



東雲はそう言うと、部屋の扉を開ける。



湊はそれに続いて、部屋に入るとそこには一人の少女の姿があった。


年齢は、湊とそう変わらない。強いて言うなら、1、2歳は年上だろうか。




髪を派手な赤色に染めており、耳元にピアスをジャラジャラとつけた湊が付き合ったことのないタイプの人種だ。



「シノノメ、これが例のあの子?」



その少女は、興味津々な表情でミナトを見つめてくる。



「そうだよ。これが例の期待の新人ちゃんだよ」


「へぇ〜」



その少女はまじまじとミナトを見つめてくる。



「はじめまして、柊燕《ヒイラギ・ツバメ》だよ。よろしくね!」


南雲湊ナグモ・ミナトです。よろしくお願いします、ヒイラギさん」

 

「んな、敬語なんて使わなくていいよ。どうせ年近いし、普通に呼び捨てでツバメでいいからねー」



そう言って、ツバメは笑みを浮かべてくる。



「じゃあ、ツバメ......よろしく」


「よろしくね、ミナトちゃんー!」



どうやら、そこまで関わりづらいタイプの人間ではないようだ。



「ちなみにツバメは、ナグモちゃんと同じ霊能者だよ」


「霊能力って言ってもそんな大したもんじゃないんだよねー。一応陰陽師の家系らしいけど、それっぽい能力持ってないしさー」



そう微笑を浮かべる燕。


陰陽師ーーと言うと湊も見たことはないが、かなり強力な部類の能力になる。


陰陽師の血筋でも、その能力を発現する人間は極少数らしい。



「ミナトちゃんはめちゃくちゃな霊能者って聞いたけど、どんなことできるの?」


「まぁ、あんま言っても信じられない内容なんだけどさ......」



湊の能力は、同じ霊能者と比べてもかなり異質だ。



湊の得意能力は自身の身体を半霊化することができる。


また、半霊化状態だと霊的物体と物理的物体の両者に干渉できるようになる。普通の霊能者はお札や祈祷で除霊するのだが、ミナトの場合は物理攻撃だ。



それもこの状態だと、異常に身体能力が向上する。


これは、一部の霊的存在があり得ないほどの怪力を持っているのに近い原理のかもしれない。



「なんでいえばいいんだろう......」



湊はどう表現しようか迷う。


身体を半霊化できるなんて、生きながら死ぬ状態を説明しろと言われてるくらい意味が不明だ。


幽体離脱なんてちゃちなものとして説明するのも難しい。



「今日の夜にはわかることだし、それまでのお楽しみってことで!」



湊が悩んでいる様子に気づいた東雲が二人を遮るように言う。



「シノノメ、私今すぐ知りたいんだけど!?」


「ナグモちゃんの能力は少し説明しずらいんだよ。まぁ見ればわかるってやつ」


「えー」



燕は少し納得いかない様子だ。


ものすごい異能持ちが配属されると言う前情報だけ聞かされていたものでなんなのか気になって仕方ないのだ。



「そう言えば、シノノメさんは何か異能とか持ってたりするの?」



ミナトは東雲に問いかける。


そう言えば、彼女とはそれなりに交流を深めてきたが、そこについてはまだ聞いたことがなかった。



「いってなかったけ? 私、そう言う特殊能力持ってないよ。一般人も一般人、幽霊とか見えないし」



東雲はそう言った。


確かにこの機関にいる人間全員が異能持ちと言うわけではない。というか、むしろ少数派だ。



「いや、一般人ではないでしょ。シノノメ、身体能力バグってるからね」


「そう? 少し運動神経いいだけなんだけど?」


「銃弾見切ったり、鉄の扉蹴り破ったり、車を蹴り飛ばしたり、ジャンプでバスを飛び越えたりする人間が運動神経いいだけで済まされないからね!?」



生身でそんな所業ができるのは、湊的にも人間とは思えない。



というか、東雲は本当にそんな怪力の化け物みたいな真似ができるのか、本人のほっそりとした体型からは想像できないのだが。



「まぁというわけで、私はどちらかというと実体のある怪異専門なんだ」


「実体のある怪異......」



実体のある怪異。



妖怪やUMAの類だろう。




湊はそのような怪異は見たことはないが、クズの父親は何度か山中で出会ったことがあると言っていた。




湊の父親は賭博中毒で莫大な借金を作り、首が回らなくなり自殺した。


残ったのは莫大な借金だけ。



ギャンブル狂いの父親が残した借金をチャラにする為にここに来ているのだ。別にその提案をしてきた東雲を恨んでいない。




その提案に嬉々として強制的に子供を差し出した母とその親族が気に入らないのだ。



そのせいで就職という形で高校は中退。なりたかった教師の夢を諦めざるおえなかったし、仲の良い友達とも離ればなれだ。



「湊ちゃん、どうしたの急に暗い顔して......」



嫌な事を思い出して、顔に出てしまっていたようだ。



「いや、なんでもないよ......」



「それならいいんだけどさ、心配ごとあったらなんでも相談してよー。私だって一年間はここで働いてるしね」


「うん、ありがとね。そう言ってくれると助かる」



それを見ていた東雲は、嫌な事を思い出してしまったのだろうと察する。



彼女の家庭環境は闇深い。


初めて彼女の得意な噂を聞きつけて、その話を聞いた時にはどう返答すればいいのかわからなかった。



「そうだ。自衛用の武器は必要だろうし......」



東雲は雰囲気を変えようとと思い、部屋の隅にあるロッカーの扉を開ける。



ロッカーの中には、大小様々な銃器が所狭しと詰め込まれていた。



「とりあえず、私と適当な武器貸してあげる。何かいいのある?」


「何かいいのって......これ実物なの?」


「そりゃ、もちろん、肉体のある怪異相手にはめっちゃ有効だよ。幽霊相手にも足止めになるし」



確かにこの組織は、異形を相手取る国家機関だ。そう考えれば銃器くらいは普通に扱うだろう。



「でも、警察に見つかると厄介だよ。一応極秘機関だから、一警官が私たちの存在知らないわけだし、私はそれで3日間くらい拘置所に詰められてたし」



職質されて拳銃を持っていることがバレたらそれはそうなるだろう。



「それで気に入った銃とかあった?」



ミナトは銃をまじまじと見る。


正直銃に関する知識なんて皆無だ。何が良くて何が悪いなんてよくわからない。



「私、銃とか全然わからなくて......シノノメさんのおすすめとかあったりする?」


「まぁ、そりゃそうか......じゃあ、これは」



東雲がそう言って渡してきたのは、角ばったデザインの拳銃だ。


手に取ってみると、ずっしりとした重みが実銃であることを物語らせている。



「グロックて拳銃だよ。まぁ、私が持ってる拳銃はグロックしかないから、これで我慢してね」



湊はその拳銃を見つめる。


正直、どうやって撃つのかすら分からない。



「夜の実戦までには、使い方教えておくよ。敵に目掛けて適当に撃てば当たるからへーきへーき」


「いや、適当に撃って当たるのなんてシノノメだけだから......」



燕がそうツッコミを入れる。


訓練された人間でも、意外と実戦では弾を当てられないと言うのは何処かで聞いた話だ。



「あー、それと」



東雲がそう言い、次に渡してきたのは特殊部隊が装備していそうな、防弾チョッキのようなものーーボディーアーマーだ。



「これ、物理的な防御もなさがら、祈祷を捧げられたお札が内側に貼られている。これ一つで生存性が大分高まる。まぁ、市街地とか目立つとこでは使わないんだけど、目的地は森の中みたいだから着てた方がいいよ」



湊はそう言われ、渋々ボディーアーマーを受け取る。


意外と重量感があり、拳銃と合わせたらかなりの重さになりそうだ。



「それじゃ、夜まで銃の使い方勉強しようか! まずね、安全装置の解除の仕方とーー」



そうして、湊は長々と銃に対する熱弁を聞かされることとなった。



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