第二章 高校生編 ~始まり~
第6話 高校生活の始まり
如月組を壊滅させた件から一ヶ月が経ち、僕は高校一年生になって星空学園と呼ばれる都内の高校に通うことになった。今日は、晴れの高校生となってから最初の登校日である。
少し前から、僕は両親とは別居しており、都内のとあるマンションの308号室を借りて一人暮らしをしている。
特にお家事情とかいうのはなく、単純に家からだと高校に通うのに三時間はかかりそうだったので、こちらに越してきただけの話である。
むしろ、両親とは仲が良いどころか、最近になって「妹が欲しくないか?」というメッセージが送られてきては、「ヤッてもヤッてもできない!」とかいう非常に返しの困る文面を送りつけられているくらいだ。
僕はそこまで妹が欲しいわけじゃないし、できても面倒だと思うのだろうけれど……。まあ、両親が欲しいというのなら勝手に作れば良いと思うのだ。
ごほん、そんなことよりも僕の通うことになった高校について話そうか。
星空学園は、偏差値六十前後とそこそこ学力の良い高校だ。正直、僕は別にどこでも良かったので学校の先生に勧められるまま受けたのだけれど、一番偏差値の高いところに受かったと報告したら両親が大層喜んだのでここに通うことに決めた。
そして……。今、僕の隣を歩いている澪も同じ高校に通っていて、しかもマンションの部屋が隣同士という状況になっている。
「翔、高校楽しみだね。どんな人がいるのかな? 友達できるかな?」
「……さあ。普通にしてれば、友達くらいはできると思うよ。澪なら」
「最後尾に私の名前を付けるなんて、翔は相変わらず友達作らないつもり?」
「別に問題はないだろう。いなくてやって来れたんだし」
「そんなこと言って、本当は寂しかったりしないの?」
「しない。僕は、強くなることにしか興味がないって言ってるだろ。そうそう、釘を刺しておくようだけど……」
「本気は出さない、分かってるって。魔力も使わない」
「分かってるなら良いよ。そっちは、普通に友達を作ったりすればいい。僕は、束縛系じゃないから割と自由にしてもらっていいし」
「じゃあ、浮気とかしてもいいの?」
「別に。したいなら、すればいいんじゃないの?」
「あー、またそうやって私のことを蔑ろにしてー。私は浮気しないし、浮気も許さない性質だから良いけど。そんなことだと、女の子に逃げられるよ?」
「わー、それは大変だー。僕を見捨てないでー」
「もうちょっと演技に心を込めても良いんじゃないの? ……まあ、知ってたけど。安心して、私は翔が浮気しない限りはどこにも行かないから」
「はいはい。それはどうも。そもそも、僕は澪以外の女の子に興味ないけどね」
「……っ! そうやって、偶に良いこと言うじゃん。馬鹿」
と、適当に話を合わせておく。
あのマンションに引っ越した一週間とちょっと前のこと、僕はてっきり澪は学校が別だから恋愛するとしても遠距離になるとばかり思っていた。正直、そっちの方が楽かなあくらいには思っていたのだけれど、実際は違った。
『よろしくお願いします、隣に引っ越してきた西園寺澪です』
『み、澪がどうしてここに……』
『私、翔と同じ高校に通うって言ってなかった?』
『聞いてない。しかも、部屋が隣同士なんておかしいでしょ。どうなってるの』
『翔が知ったら恥ずかしがるだろうかなって思って、サプライズにすることにしたの。おじさんとおばさんにも、部屋が隣同士でってこっそりお願いしておいた。もちろん、パパとママの許可も取ってある』
『どこまでも用意周到だね……。しかも、両者両親もグルか』
『そんなわけだから、三年間よろしく。翔』
以上の経緯もあって、僕と澪は今まで通りどころか、むしろ今まで以上に一緒にいる機会が多くなった。しかし、一緒にいる機会が多いということは今後の最強プレイを楽しむための計画も練りやすいということで、別に悪いことばかりなわけじゃない。
僕はこの高校生活のうちに最強としての道を確立して、目一杯第二の人生を謳歌してやると決めている。やると言ったら、とことんやるのだ。
適当に雑談をしていたら、目的地の星空学園にたどり着いた。入試のときにも一度は訪れていたけれど、進学校で校舎は割と新しく、PC室は最新の設備を整えているし、その上に図書室も蔵書が豊富と学習特化の校風に合わせた内装になっている。
ここは靴を履き替える必要がなく、ずっと外も中もローファーでの移動が普通。僕たちは玄関から入ってすぐの案内板に従って二階の一年生教室へと向かい、教室の壁に貼られている壁紙から自分の所属クラスを探した。
「どうやら、同じクラスみたいだね」
「そうみたい。良かった、翔と同じ一年A組で。席も近いし」
「確かに。苗字が近いからっていうのもあるだろうけど」
席順はあいうえお順に名前を並べた時の通し番号で割り振られているようで、僕と澪は一個違いなので、彼女の後ろの席に僕が座る形になっていた。
僕がこのクラスにやってきて一番最初にやることは、当然、クラス内の戦力を図ることだ。クラスメイト一人ひとりの立ち居振る舞いを観察することで、誰がどれほどの力を有しているのか、暫定で良いので把握するのもまた最強になるための訓練の一つだ。
しかし、戦争などの武力行使が推奨されていない国内においては、強い人物を探し当てること自体が難しい……というより、そもそもいない。何故なら、技を使わずとも、自分の身を守らずとも安全かつ平和に暮らしていけるからというのもあるけれど、何より認識として護身術というより昨今ではスポーツなどの見世物として捉えられることが多いようだからだ。
実際、中学の体育の授業でも柔道という項目はあったものの、全員が全員、今でも柔道技を一つでも完璧に使えるなんてことはない。それは、柔道の授業が護身術を習うのではなく、あくまでも体育という授業のコンテンツでしか認識されていないからであって、身を守ろうと思うのであればもっと真剣に取り組むはずだ。
とはいえ、必ずしも学校にいる全員が弱いということを意味しているわけでもない。中には、学生とは思えないような強さを有した生徒も混じっていて、是非とも戦ってみたいと心底思ったことはある。
ただ、大前提として僕たちは普段は目立ってはいけない。自分たちが強い力を持っていることがバレたら、僕たちが密かに活動しようとしていることに対する疑いを向けられる可能性が無きにしも非ずだ。
だから、澪にも無暗に力を使わないように言ってあるし、魔力だって絶対に人前では見せないようにと言っておいた。やむを得ないとき、最低限の抵抗くらいはしても良いとは思うけど、できればそんな事態が起こらないことを祈っていたい。
暫く観察を続けてはいたけれど、残念ながら僕が期待するような人材は現れなかった。始業のチャイムまであと三分程度、クラス内のほぼ全員が登校を完了しつつも、最初だからということもあって、皆周囲の様子を窺いながら静かに過ごしている。
これは期待外れかも、そう思っていたときのことだ。最後にやってきた生徒に、僕は思わず目を奪われてしまった。
スラっと腰まで伸びた黒髪を従わせて、健康的な肉付きと少しキツイ目つきをした大和撫子風の女子。優雅な佇まいと凛とした雰囲気は、恐らくこのクラスの男女問わず多くの人が視線を集めたことだろう。
「ねえ、翔。あの人、滅茶苦茶美人じゃない?」
実際、前に座っていた澪が僕にひっそりと耳打ちでそんなことを言ってきた。女の子からして見ても、彼女の容姿はかなり整っているようだ。
「そうだね。確かに美人だ」
「何か、翔が言うと褒めてる感じしないよね……。ああ、分かった。あの人の強さの方に興味があるんでしょ。確かに、只者じゃないって感じはする」
「へえ、澪も分かるようになったんだ?」
「ちょっと、それどういう意味? これでも、ちゃんと翔に教えてもらいながら修行積んできたし、それくらいは分かるよ」
ちょっとだけ、澪に対する考え方を修正。ほんの少し前までは自分についてくるだけの女の子かと思っていたけれど、今は僕のほんの少し後ろくらいをついてくる女の子になった。
そう、僕が注目しているのは容姿じゃなくて強さの方だ。もっと言うと、彼女の足の運び方だった。水面の上を歩くかのような繊細な歩き方なのに、太ももや脹脛の筋肉は引き締まっていて力強さを感じる。
間違いない、彼女は生徒の中だとこのクラスの中で一番強いな。確か、さっきの名簿で見た名前だと……天上彩音、だったかな。
へえ、中々面白いじゃないか。澪と比べたらまだまだ実力差はあるけれど、一度くらいは戦ってみても良いかもしれない。何とか、彼女と戦えるようなステージを用意できないだろうか。
「ねえ、翔。私、あの人と戦ってみたい」
「はあ、またそんなことを言う。さっきも言ったけど、不用意には……」
「でも、翔だって戦いたいんでしょ?」
「……そう、だけど」
「なら、今度一緒に考えようよ。戦う方法、もしかしたらあるかも」
「……まあ、考えてもいい」
「やった! 約束ね!」
ほら、何だっけ。何とかは飼い主に似るってやつだ。どうやら、僕の元で育った澪の根本的な考え方は僕と似たり寄ったりになっているらしく、その点も評価点としては非常に高いところだと思った。
澪と新しい約束を取り付けたところでチャイムが鳴り、それと同時に教室前方の扉が開いて先生が入ってきた。
やってきた先生の印象は、とにかく胸が重そうだという印象だった。それに、身なりは乱れているし、靴は脱ぎ掛け、眼鏡は外れかけで、ショートヘアも所々が遊ばれていて、今にも遅刻しそうだった~的な感じの印象を受ける先生だった。
「す、すみません~。少し急いで来たので、色々と乱れてしまって~。今、整えますからね~」
彼女はすぐにさっさと身なりを整えると、ごほんと咳ばらいをした。何だか威厳を感じさせようと必死な印象を受けてはいるけれど、今、この教室にいる生徒たちの心の声は一様に「この人が担任で大丈夫か?」だと思う。
「皆さん、改めましておはようございます~。今日から、一年A組の担任を務めます、藤崎玲と言います~。どうぞ、よろしくお願いしますね~」
あわてんぼうの~、藤崎先生~はほんわかな態度を崩さないまま緩い感じで自己紹介を済ませた。包容力があるお母さん系先生キャラで、ちょっとおっちょこちょい属性が付いているのは割と人気が出る方じゃないかと直感的に思った。
案の定、さっきまでは不安がっていた生徒たちも、続々と彼女に興味を持ち始めた。
「あの、先生!」
「はい、何でしょうか~。阿部君」
「あれ、どうして俺の名前……」
「私、このクラスの名前と顔は全員一致していますので、安心してくださいね~。それで、何が効きたいのでしょうか~」
「す、好きなものは!」
「好きなのは~、映画とかですかね~」
「じゃ、じゃあお気に入りの俳優とか!」
「最近だと~、須田さんとかですかね~」
「彼氏いるの!?」
「今はいませんね~」
「どんな人がタイプですか!」
「守ってくれそうな人、ですかね~」
その後も、色々と生徒たちから飛んでくる質問を卒なく、当たり障りのない範囲で上手く躱し続けている。一見、抜けているように見える性格だけれど、生徒たちがしそうな質問を予想して、想定していた回答をしているような印象を受ける。
それに……、彼女のはこのクラス内で一番強い。さっきの天上彩音もかなりのものだと思ったけれど、まさかそれ以上の存在がいるとは思わなかった。
そして、独特の気配には身に覚えがある。まさか、こんなにも早く再開ができるなんて思ってもみなかった。
僕が彼女の様子を観察していると、先生と眼鏡越しに視線が合った。藤崎先生は瞳の奥に宿した冷たい眼差しを一瞬だけこんにちはさせてから、優しく微笑んだ。
「えっと~、あなたは東雲翔君でしたよね~。何か、聞きたいことはありますか~?」
「僕ですか?」
「はい~。さっきから、少しばかり視線を感じたので~。恥ずかしがり屋さんなのかなって思ったんです~」
彼女の言葉で、クスクスとそこら中から笑いが漏れる。前に座っていた澪が一瞬だけこちらを向いて睨んだ気がしたけれど、特に気にする必要はないだろう。
ふーむ、せっかく向こうから投げてくれた会話だ、僕からも何か質問を投げかけてみようかな。
「じゃあ、一つだけ。先生って、(戦闘の)経験あるんですか?」
「……」
辺りがシンと時が止まったかのように静まり返り、様々な視線が僕へと集まってくる。主に、「何聞いてんだ、こいつ」という迫るような強烈に痛い視線だ。
しかし、藤崎先生は貼り付けた笑顔を向けたまま物腰柔らかに答えてくれた。
「経験はないですね~。そういうことは、もっと大人になってから聞きましょう~」
「……そうですか。ありがとうございます」
「他に質問はないですね~? はい、では質問タイムは終わりです~。これから、始業式に出てもらって、軽く自己紹介をしてからお開きにしますね~。では、体育館へと移動しましょう~」
そんなこんなで、僕たちは始業式へと出席させられ、校長先生や生徒会長といったお偉いさんの話を眠たくなる寸前まで聞かされ、教室に引き返してきた。
ここでの自己紹介は、全員分を見ていくわけにもいかないので気になった部分だけピックアップすることにする。
まず、当然ながら澪の自己紹介が一番最初に印象に残った。
「おい、めっちゃ可愛いじゃん」
「美人だよな~。彼氏いるかな~?」
と、男子たちから軒並み好評らしかった澪だったが、彼女はこちらを見てから悪魔的な笑みを浮かべると全ての男子に脳天直撃の鉄槌を下すような自己紹介を投下した。
「西園寺澪です! 趣味は体を鍛えること! そして、ここにいる翔とは幼馴染で、現在進行形でお付き合いしてます! よろしく!」
それから一拍、一度は空気が静かな水面を表すかのように静まったかと思えば、次の瞬間には爆弾が大爆発して教室内に絶叫という名の衝撃が吹き荒れた。
「「「えええええええええ!?」」」
「嘘、あいつと付き合ってんの!?」
「てか、誰だよ! しかも幼馴染って!」
「パッとしねえ奴だと思ったら……。既にリア充だった!」
男子からは大ブーイングの嵐、女子からはヒソヒソとした話し声から「意外」や「案外、よく見ると悪くない」といったそこそこの評価を頂いた。
そして、自己紹介のバトンは僕に受け継がれるわけで、ここまで盛り上げたんだからお前何か良いこと言えや的な雰囲気になっているのだけれど、僕はそれに乗るようなことは決してしなかった。
「澪の幼馴染で、東雲翔です。趣味は日々成長を実感できる何かをすることで、一応は澪の彼氏です。よろしくお願いします」
「え、それだけ?」
「ここまで引っ張っておいて?」
「何だかがっかりかも……」
逆に聞くけど、一体僕がどんなことを言えば満足だと言うのだろうか、という不満は心の中に留めておく。別にこのクラスに媚びを売りたいわけじゃないし、僕としては無難にやり過ごすことができたんじゃないかなと思っている。
それからも自己紹介は続いていき、ついに全員が一目置く美少女たる天上彩音の自己紹介に入った。彼女はさっと起立すると、鬱陶しそうに前髪を払って自己紹介をした。
「天上彩音。三年間、よろしくお願いします」
彼女はそれ以上は何を言うこともなく、さっさと席に座ってしまった。流石に先生も、もう少し話して欲しかったらしく口を出すも……。
「あの~、天上さん? もう少し、皆と仲良くできるような何かを……」
「私、そういうのいいんで」
「あ、はあ……」
気の弱い先生は彼女の発する龍のような迫力に怯える小動物みたいに縮こまってしまって、それ以上の反論は許されなかった。彼女の持っているカリスマ性なのか、他のクラスメイト達もそれ以上は何も発することはなく、むしろ氷河期に入ってしまった空気感が早く過ぎ去ってくれないかと祈るばかりだった。
その他大勢の自己紹介は無事に聞き流すことで終わり、その日のホームルームはつつがなく終了した。
「はい、ではまた明日~」
藤崎先生がホームルームを閉めると、さっきの自己紹介で気になった生徒の傍に行って話をしたり、あるいは興味のない生徒はさっさと教室を出たりとする中、僕と澪も示し合わせることもなく一緒に並んで教室を出た。
「いや~、面白かったね。ホームルーム」
「どこが面白かったのか、僕にはさっぱり分からなかったけれどね。澪が僕と付き合ってることを暴露したおかげで、こっちはババを引かされた気分だよ」
「でも、これで他の男子たちが私に寄り付くこともなくなったでしょ。最初に彼氏がいるって分かってれば、何も問題なし!」
「そのために僕を生贄に捧げたのは良いんだ?」
「私の生贄になってくれてありがとう、愛しい彼氏さん」
「……はいはい」
この手の会話に関しては何を言っても無駄だということを理解しているので、適当に話を合わせて受け流すことにした。
僕たちは何事もなくマンションへと帰宅すると、澪は帰宅してからすぐに僕の部屋の方へとやってきた。
「お邪魔しまーす!」
「……幾ら何でも早すぎでは? せめて、制服を着替えてからとか……」
「いいじゃん、別に。制服着られるのって学生のうちだけなんだし。おうちデート的なのも楽しみたいの」
「よく分からないけど、取り合えずは分かったよ。お昼はどうする?」
「材料ないの?」
「買ってきてないからないよ。カップ麺ならある」
「じゃあ、それで」
「でも、その前にやることだけやったらね」
「はーい、分かってまーす」
澪をリビングへと招いて、中央に配置されたテーブルに隣同士で座る。今日、こうして集まったのは昼飯のためじゃなく、会議をするためだからだ。
僕が取り出したのは、少し前に如月組のアジトから持ち出した極秘資料だ。あの日、僕と澪は一応は情報の共有だけは行ったものの、その後、すぐに引っ越しの準備やら何やらで忙しくて詳しい話は保留にしておいたので、改めて内容を確認してから今後の方針を決めていくのが今日の本題である。
「さて、如月組から持ち出した極秘資料に書かれてた「チルドレン計画」だけど……。簡単に言うと、異能力者の力を研究して科学技術に応用したり、あとは兵器として軍事利用できないかっていう実験を行うのが主な内容みたいだね」
「確認なんだけど、異能力者っていうのは特殊な力を用いる人たちのことで良いんだよね? 例えば、私たちで言うところの魔力みたいな?」
「その認識で合ってると思うよ。厳密には、異能力の場合は脳から発せられる特殊な信号のようなものを周囲の人間に放って脳を誤作動させることによって、あたかも超常現象が起きているかのように錯覚させるというのが原理みたいだから魔力とは仕組みが違う」
「錯覚ってことは、幻覚ってこと?」
「究極的に言えばそうだけれど、対象が一人じゃなくて、それを認識している全ての人間が幻覚を現実と認識するんだ。それはもう、現実と大差ないでしょ?」
「なるほど、私にはよく分かんないけど……。要するに、集団催眠的な状態を異能力者は能力発動時に起こしていて、それを私たちが一種の超常現象って認識してるってこと?」
「そんな感じだね。そして、彼らは「チルドレン」と呼ばれていて、現在は色々と実験中ってところかな」
「それで? 問題になってるのは上野百合っていう、この間に助けた女の子でしょ? 確か、異能力者を判別できるんだよね?」
「そう。ここのプロファイルにも書いてある」
僕が澪に見せるプロファイルには、彼女の顔写真付きで過去に起きた出来事や能力の詳細が記されている。
上野百合、政府が管理する極秘の研究施設で生まれ育った異能力者、チルドレンの一人。五歳前後ほどまでは研究施設で管理されて育てられたらしいけれど、方法は不明だが研究施設から脱走。ファイルには、あくまで予想ではあるが内部で手引きをした裏切り者がおり、既にその人物は適切な処分を受けたらしい。それから、約八年間行方不明になっていたが、名の知れていない事務所で女優業を営んでいることが調査で分かり、今から一年前くらいには「黒鉄翼」としてテレビにも一度だけ出演しているらしい。
異能力の詳細は、視認できる相手に力を使うとチルドレンかどうか判別できるというもの。この力の活用方法として挙げられているのは、世界中に散らばったチルドレンの捜索・保護・そして研究素体として運用するための取引きを行うこと。
効率良くチルドレンを確保するためにも、何としても政府の手で保護する必要があるが、現在は消息不明で全力で捜索中。なお、ここに使われている写真は推定年齢から予測して出した顔写真である。と、一番下の行に書き足された感じで書かれていた。
「問題なのは、上野百合が異能力者の探知装置になってるってところだ。僕たちは誰にも正体を知られてはならない。これは大前提だ」
「いざとなった時に逃げる口実になるしね」
「捉え方の問題だよ。自分たちの身を守るためと言えば格好悪くはないだろう?」
「確かに。何だか、私たちがやましいことをしてるみたいに聞こえるのは心外かも」
「だろう? ともかく、僕たちは彼女を味方にするなり、口封じをするなり、何かしらの手を打たないといけない。彼女の能力の範囲が分からない以上、僕たちもまた危険だ」
「異能力を持ってる人自体が少ないわけだし、確かに見つかる可能性は高まるかも」
「だから、情報が流れる前に捕らえる」
「結局、捕まえるんだ。だったら、助けた時に確保しちゃえば良かったじゃん」
「あの時は資料を持って撤収するので精一杯だったし、迎えだって来ていたじゃないか。それに、仮に確保したとしてどうするの? 彼女は有名じゃないとはいえ女優、普通に誘拐犯になるのは僕たちだ」
「まあ、あの人を傷つけてまで女の子の身柄を拘束するっていうのはなんか違うよね。翔の言う通り、匿うような場所もないし」
そう、どの道を選ぶにしてもあの場では逃す以外の選択肢は無かった。あの後ろに隠れてた人は唯ならぬ気配を漂わせていたし、あそこでドンパチしたら助けた彼女のことも巻き込んでいただろう。
連れて帰る、というのはシンプルなプランに見えて色々な障害が山積みな実行不可能に近い提案だったわけだ。
「あれから色々と調べてみたけど、黒鉄翼は一部界隈でしか知られてないマイナーな女優みたい」
「そうなの? 体は汚れてたけど、結構な美人だったと思うけどな?」
「ほら、これがネットの画像」
「うわあ、やっぱり美人じゃん! この人、本当に有名人じゃないの?」
「ああ、不自然なくらいにね」
栗色の髪を靡かせて佇む彼女の姿は、背景になっている普通の街中ですらも特別な場所に見えてしまうくらい神々しい。
地上に舞い降りた天使、とでも言えばいいのかな。澪の言う通り、調べる前まではこの人が有名人じゃないことを本気で疑った。
一応は上野百合でネット検索をかけてはみたけれど、浮上すらしてこなかった。
試しに、黒鉄翼で検索をかけたらヒットはしたものの、詳細なプロフィールなどはなく、過去に出演した作品の一覧と一度だけ出演したというテレビ番組の情報くらいしか出てこなかった。
どう考えても、情報が意図的に隠されているとしか思えなかった。
「でも、もっと不自然な点がある」
「上野百合さん、誘拐事件で検索に引っかからないね。名前を黒鉄翼に変えても、結果は同じ。私からして見ても、おかしいね」
そう、一番不自然だったのは彼女が拐われたという事件が表沙汰になっていないことだった。あの様子を見るに、かなり長い期間……ちょうど、テレビ出演してから消息が分からなくなっているようなので、少なくとも九ヶ月くらいは経っているはずだ。
なのに、捜索願いすらも出されていないというのは幾ら何でもおかしい。
「これは、あくまでも推測の域を出ないけど……。もしかしたら、警察は政府関係者とグルなのかも。黒鉄翼の情報が社会に流れないように情報統制を徹底して、秘密裏に彼女を確保する気だったのかもしれない」
「じゃあ、あれをやったのは国ってこと?」
「そこまでは分からない。けど、彼女を捕らえることを目的に置いているのは確かみたいだ。詳細は、調べてみないと分からない」
……と、澪には言ったけれど、僕個人としては国が加担していないに一票を入れたいと思っている。いや、正確には情報統制をしたのは間違いなく国なのだけれど、今回の実行犯は国とは関係ないのだと思う。
確かに、国は今すぐにでも上野百合という貴重な研究素体を保護したいとは思っているのだろうけれど、だとしたらあんなぞんざいな捕らえ方をするとは思えないのだ。それに、相手は非合法な手段を平気で用いるようなチンピラ集団だし、いくら研究素体のためとはいえ犯罪にゴリゴリ手を染めてる真っ黒集団とつるむとは思えない。
考えられるのは、第三者の存在。上野百合を狙っているのは、何も国だけの話ではないという可能性だ。何にせよ、今必要なことは……。
「ともかく、上野百合ともう一度会おう。話はそれからだ」
うん、一番それが手っ取り早い。こちらから彼女に会いに行き、事情を伝えて協力してもらうのだ。
「でも、もう上野百合さんは信頼できる人に預けたんだし、もう接触は無理なんじゃないかな?」
「そうでもない。実は、偶然だけれど手掛かりを得た。藤崎先生だ」
「藤崎って、担任の? 確かに、強そうではあったけれど……。何かあった?」
「あの忍び寄るような気配の漂わせ方は、彼女を保護した第三者と凄く似てた。それに、あの女の子はフジって呼んでたし、これは藤崎先生の苗字とも一致する。偶然に、だけれどね」
「じゃあまさか、あの担任の先生が上野百合さんを匿ってる張本人の可能性があるってこと?」
「調べてみるに越したことはない。幸い、担任の先生ならやりようはある。先生はまだ学校にいるだろうし、行こうか」
「え、今から?」
「善は急げ、だからね」
そんなわけで、高校生活初日に僕たちの「最強」になるための活動が始まろうとしていたのだった。
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