第3話 異世界から現代へと逆転生してしまった元最強

 さて、僕は結果的に最強としての称号を世界共々失うことになったわけだけど……。


 最強だった僕が死んだあと、一体全体どうなってしまったのか?


 答えは簡単、おぎゃあである。


 僕は転生を果たしたのだ。しかも、元居た世界とは全く異なる様式の世界だ。


 そこには、魔法が存在しない。日常的に殺し合いが起こることもなく、魔物とか、魔王とか、ドラゴンとか、そういう超常的な存在はいないし、世界を救う勇者を名乗れば痛い奴扱いされるようなおかしな世界だ。


 だけど、代わりに生活様式は前世よりずっと発展している。ボタン一つ押せばお湯を沸かせるし、複数のボタンが付いている箱を操作すれば別の箱にここではないどこかの光景が映る。冷たい箱の中には食べ物を長期保存できるし、馬車や蒸気機関車を用いるよりも速く移動できる自動車と呼ばれる鉄の馬があるし、広大な海や空を飛んで超えることができる偉大な発明まである。


 これを世では、逆異世界転生と呼ぶらしい。異世界転生は現代から文明の未発達な中世に飛ぶんだけど、僕は文明未発達な世界から超文明の発達した異世界に転生したというわけである。


 僕が生きていた前世の時代背景は実に未発達極まりない世界だった代わりに、魔力を用いて呪文を唱えれば火や水をぽっと出せる魔法技術と呼ばれるものが発達していた。けれど、現代に存在している機械や道具は前世で発展していた魔法技術とは全く異なる科学技術と呼ばれるものが使われている。


 この二つの違いは、魔法技術は何もないところから火を出す仕組みを扱うことに対して、科学技術は火の生み出し方や火自体の仕組みを学んで応用するところにある。


 この二つは似ているようだけれど、全く違うものだ。前者は魚の釣り方を教わらずに魚釣りを言われたままにやることで、後者は魚釣りの仕方を教わった上で自分なりに応用していくものだ。後者の方がよっぽど合理的で、万人にとって利便性のあるものなのは確かだ。


 つまり、この世界では単に腕っぷしが良い人間が強いのではなく、それにプラスして頭の良い人間こそが最強というわけだ。


 僕はとにかく、最強というものにしか興味がない。むしろ、これ以外に目指すべき場所を知らないし、他にどんなことに興味を持てばいいのかも分からない。


 なので、僕はまず初めに勉強というものを始めた。


「翔(かける)? また本を読んでるの?」


「うん、これ面白い」


 三歳になった僕は化学読本と呼ばれる分厚い専門書にただひたすら目を通していた。記憶力というのは、幼少期に養えば養うほどに良くなる。とにかく今は、理解できなくても様々な物を覚える努力をすれば、いずれは全てを理解できるようになっているだろう。


 僕の名前は、この世界では東雲翔(しののめかける)という名前だった。そして、今しがた僕に質問をしてきた黒髪ストレートな女性は東雲果歩(しののめかほ)、僕の母親に当たる人である。


 前世では、僕は最強になる道を歩み始めたときから親の存在なんて割とどうでもいいと思っていた薄情な奴だったし、何なら親も世界と一緒に葬ってきたくらいだ。


 しかし、その結果で与えられたのが世界との心中だった。僕が前世で失敗したのは、偏に倫理観というか、一般常識的なのが欠けていたことも原因の一つだったのだと今考えれば思うのだ。


 なので、この世界では特に親を大切にしようと思った。この世界で読んだ絵本に、親は大切にするべきものだと書いてあったからだ。


 それは何故なのかを調べたところ、この世界では両親や友達といった存在を大切にする人が好まれることが一番の要因だということが分かった。親というのは自分を育ててくれる存在であり、育てられたことに感謝をして親孝行なるものをすることも好まれるそうな。


 また、友達という言葉の意味も調べてみた。これは、一緒に仲睦まじく遊んだり、あるいは和気あいあいと喋ったりする人のことを指すらしい。


 残念ながら、前世では最強になることに無我夢中で友達と呼べるような人を作ろうと努力したことがなかったけれど、日々を楽しく過ごせる仲間を作るのは悪くないかもしれなかった。日常的に争いを好まないこの国に生まれたのなら尚更のことだ。


 この際、僕は強くなることや勉強すること以外の楽しみを作ってみようと思った。これもまた、一般常識的な範囲内で一般人という名のモブになる努力の一つだ。


 最強とは異端の存在であり、決して一般人や常識人とは相容れない矛盾した役柄だ。僕からして見れば、有象無象の行動に合わせて、前へ倣えな人生を送るのはスリルとか、迫力とか、特別感とか、諸々の物が足りなすぎて刺激薄になりそうな予感はしているし、率直に言うと吐き気がするほど詰まらないと思っている。


 けど、前世ではモブという要素を欠如させた結果、世界と心中することになったわけで……。どう足掻いても、この世界でも最強の称号を名乗りたいのならモブという仮面は絶対に必要不可欠なものなのだ。


 普段は社会の歯車という型に嵌められたモブ、しかしながら、皆が知らないところでは人類最強の存在として世界各地を渡り歩き、まだ見ぬ強者と切磋琢磨しながら大冒険をする……というのも何だか悪くはない。


 え、そんなことできるはずないって? どうして、そう言い切ることができる?


 実際、僕にはそれを為せるだけの手段を持ち合わせている。何故か、僕の体にはこの世界に存在しないはずの超高濃度なエネルギー、即ち魔力が宿っていのだ。


 魔力を体に通せば、例え赤ちゃんであろうとアメコミのヒーローみたいに空を飛んでいると錯覚するほどの跳躍ができたり、硬い玄関の扉など一瞬にして砕くこともできたりもする。何なら、このまま世界裏側に飛んで行って「ハロー、アイム、スーパーベイビー!」と挨拶することだって可能だろう。


 少なくとも、僕はこの人生においても世界中で好き放題に暴れることができるだけの力は有しているのだ。別に焦ることはない、この世界で最強を振る舞うのはかなり難しいことだけれど、最強としての存在を確立できる方法をじっくりと、ゆっくりと探していけばいいのだ。


 そう、だって僕は最強になること以外に努力を割くつもりなどないのだから。例え命を賭したとしてもなりたいものなのだから、これはもうどうしようもないのだ。


 だから、僕は今の時期はただひたすらに勉強し、そして体を鍛えることで英気を養うことに専念した。勉強して知識をつけるのも大事だけれど、健康的な肉体を作るのもまた、生活習慣病を始めとした色々な病が流行るこの世界で生きていくのに必要なことだと思うし、何より鍛えることは最強へと近づける一番分かりやすい方法だからだ。


 それから三年ほどが経ち、僕は小学一年生になった。


 この世界では幼稚園というものから始まり、小学生、中学生、高校生、大学生、そして社会人となる道を経て大人へと成長していくのが一般的なのだそう。今の時代、学力の無い人間は社会から置いていかれてしまい、社会人になったときに大変苦労するそうだ。


 なので、僕は小学生になってからも勉強と肉体改造を続けつつ、この歳からは健康な精神と肉体を保つためにスポーツを始めたのだった。


 健康な精神と肉体を保つ=最強になるためのロードマップの一つというのは大前提として、スポーツをするというのは友達を作るのには一番手っ取り早い方法だったというのも大きい。モブとしての役柄を成立させるのには、やはり友達の一人くらいは居た方がいいんじゃないかという単純な理由なのだけれど、その付属品として友達を遊んでみたい気持ちもないではなかった。


 知的好奇心から生じる新たな経験は、きっと僕の今後をの人生を豊かにしてくれる。そう信じての行動でもあったのだけれど……、努力の結果、僕は近所の公園でたった一人でサッカーボールを蹴って遊んでいた。


 どうしてこうなった、と自分に突っ込みを入れてやりたかったけれど、これは僕が招いてしまった失敗が原因なのである。


 事の経緯はこうだ、学校において友達作りの作戦として一緒にサッカーをやろうと持ちかけたまでは良かった。


「ねえ、サッカーやろう」


「いいぜ、やろう!」


「グラウンド行こうぜ!」


 出だしはかなり好調、周囲の子供たちはサッカーという単語に釣られて意気揚々と集合し、すぐにチームは結成されて試合は即座に始まった。あわよくば、このまま晴れて友達の一人や二人ができ、そしていつか、さる超次元サッカー的なノリで青春時代を一緒に駆け抜けるかけがえのないチームメイトになっていくかもしれないと夢想までした。


 しかし、事態はそう甘くは無かったのだ。


 僕はたったの一蹴りでも小学生とは思えないくらいの身体能力を発揮してしまうことが発覚し、開始十分で二十対零という前代未聞の試合をしてしまった。そう、一般的な子供の身体能力があまりに低いという事実を知らなかったことが一番の敗因となっていしまったのだ。


「お前、強すぎるよ」


「つまんねー、俺たち全然ボールに触れてない」


「楽しくねーよ、こんなの」


 周囲から避難轟々、正直に言って針の筵という言葉が一番お似合いの惨状だった。


 だけど、流石の僕であっても確かに大人げなかったと反省はした。サッカーはボールを蹴ったり、奪い合ったり、パス回しをしたりと戦略的な行動が取れて初めて楽しさが湧くゲームなのにも拘わらず、単騎独走による超絶無双プレイで一人だけが楽しんでいたのだから無理もない。


 だから、今度は手を抜きに抜きまくってみたんだけど、これは最悪な結果を生むことになる。


 やっとこさ、二十三対四みたいな試合になったわけだけど、自軍からも、そして相手チームからも容赦ない罵声が飛んで来ることになった。


 曰く、相手チームはと言うと。


「お前、手加減してるだろ」


「さっきはめっちゃ強かったじゃん」


「舐めてんの? 触らせてやりましたってか?」


 片や、自軍からはと言うと。


「お前、さっきの強さならあと十七点は行けただろ?」


「どうして手を抜いたんだよ?」


「取り返せるボールも取ろうとしなかったし、やる気ないんじゃないの?」


 そうして諸々の批難の声を散々聞かされた挙句、この集団をまとめるリーダーらしき子供からの一言で僕の友達ロードは終了することになった。


「もうお前参加するなよ? 分かったな?」


 というわけで、僕はグループ全体から追い出される羽目になった。この時、僕は初めて「相手に自分の実力を合わせる」ことの大切さを学んだのだが、既に時は遅し。一度、壊れてしまった関係性を修復することは難しく、僕が精一杯謝ったとしても彼らとはもう遊ぶことはできないことを悟っていた。


 だから僕は一人、サッカーの練習をするために公園に来てリフティングをしていた。


「ボールを足で扱い、時に頭に乗せ、重心を崩さないようにコントロールする。サッカーの試合に参加するより、よっぽど面白い」


 僕はこの世界にやってきて、幾つか学んだことがある。その一つが、出る杭は打たれるということである。


 最初、この言葉の意味を辞書で見た時は理解不能だったけれど、実はとても単純かつ明快だったのだ。それは、戯れで遊んだサッカーの試合から見てもそうだし、無論、前世で僕が世界中を敵に回したときもそうだった。


 目立つ奴は真っ先に潰される、それがこの世界の真理なのだ。


 そこから導き出される普段の僕がやるべきことは……、やはり平均的であることだ。


 相手の力量を知り、自分がその力量に合わせること。小学生が相手なら小学生らしく、中学生が相手なら中学生らしく、大人が相手なら大人の対応を。


 要は、相手にとって理想の自分を演じることができれば、誰とも衝突することなく平穏な生活が送れるのだと学ぶことができた。これだけでも、僕はサッカーの試合を持ちかけるという行動が非常に有意義だったと評価できる。


 ただ、友達を作る方法に関しては再び八方塞がりだ。さて、次はどうしたものかな……。


 色々と考え事をしながら足や額に当たるボールの感触を楽しんではいたものの、そろそろ家に帰ろうかと思い至った。


 もうすぐ太陽が天頂まで登りきり、日差しも強くなって来た頃だ。今の季節は夏、これ以上に水分補給をせずに遊んでいたら脱水症状が起きて、やがて熱中症になるかもしれない。


 そのときだ。タイミングを見計らったかのような駄目押しで「ぐう」と腹の虫が鳴り響き、体内にある糖分の欠如を律義に知らせてくれる。お腹も空いて来たし、今日は僕の大好物のスパゲッティだと言うのだから帰らないわけにはいかないだろう。


「そろそろ、帰ろっか」


 最後にボールを高く上げてから日差しの強い光に目を晦ませながらもボールをキャッチし、自宅に帰ろうと公園の出口に向かおうとしたそのときだ。


「やめて!」


「ほら、もっと女の子っぽく泣けよ!」


「ママ、助けてーってさ!」


「この地味野郎!」


 公園の砂場の方を見てみると、そこには三人の同い年くらいの男子が寄ってたかって一人の女の子を虐めていた。彼らは女の子の髪を引っ張ったり、砂場に山ほどある砂を彼女に向って投げつけたりとか、聞いているだけで傷つきそうなほど酷い揶揄を飛ばしたりして笑って楽しんでいた。


 力を振るうことに関して言うならば、それが対等な喧嘩であるならば別に放っておいても問題はないと思うのだ。女の子が滅茶苦茶に強い格闘家で、三人を相手にしたところでものともせず制圧できるのなら、それらはただの子供のお遊びで済む。


 これは何も複数対複数だろうと、一対一だろうと、一対複数だろうと数に関係があるわけじゃない。要は、周囲から見てそれがフェアであるのか、そうじゃないのかっていうところが重視させるべき事柄なのだ。


 今回の場合、明らかに女の子は抵抗のできない不利な立場でいるにも拘わらず、男子たちが一方的に彼女のことを痛めつけて楽しんでいる。これは僕自身の美学に反すること柄であり、同じく他者に対して力を行使することを良しとする者としては見ていてかなり不快な光景でもあった。


 だから、今回は女の子の味方をしてみようと思う。幸い、僕には彼ら三人を打倒する力があるし、場合によっては逆に痛めつけるだけに留めることも、あるいは殺すことだって可能だろう。


 けれど、殺すのはNGだ。この世界での殺人は一般的には道徳に反する行いであり、特に平和主義を掲げるこの国の中では殺人者に向けられる目は非常に厳しいものになる。


 なので、軽く懲らしめる程度に力をコントロールしようと思う。前世で大暴れしていた身の上としては、力の加減に関してはまだまだ分からないことだらけだけど、適切な量の力を出すトレーニングとでも思えば丁度良い。


 これも、最強系のモブキャラを目指すための修行の一環なのだ。


 僕は持っていたボールをその場に置き、虐めっ子たちの領域へと近づいた。


「おい、そこで何やってる」


 僕が彼らに近づきながら声を発すると、虐めっ子たちはこちらに注意を向けた。女の子は目に涙を浮かべながらも縋るような視線をこちらに向けて来る。


 そんな目をしなくても、今すぐに助けるから待ってて。


「何だ、てめえは?」


「俺たちの遊びの邪魔すんなよ」


「見るからに弱そうだし、今度はこいつを虐めようぜ」


 三人ともひょろいガキだ、しかも人の力量を見た目でしか判断できないような愚かな奴らだ。子供というのはその純粋さ故、時に残酷な選択をするけど、これは滑稽というものだろう。


 今から自分がどうなるかも想像することができず、きっと頭の中で僕が虐められて泣いている絵を浅はかにも思い描いているに違いない。


「だ、だめ……。逃げて!」


「うるせえ! お前は黙ってろ!」


「ひぃ……」


 こんな状況でも、女の子は僕が虐められないように庇ってくれた。彼女は十分に勇気のある強くて優しい子だ。増々、彼らに好き勝手されると虫の居所が悪くなる。


「やっちまえ!」


「おりゃあ!」


「覚悟しろ!」


 まるで特撮の主人公である戦隊ヒーローにでもなった気分で二人が拳を振りかぶって来た。こんな歳で暴力なんてどこで覚えたのか知らないけれど、大振りすぎて素人丸出しだ。


 これじゃあヒーローじゃなくて、敵組織の下っ端雑魚戦闘員レベルである。


 女の子はもう見ていられないと目をギュッと瞑ってしまい、指示役のガキ大将も終わったなと豪快な笑みを浮かべているけど、何てことは無い。


 僕は振りかぶってきた二人の腹を目にも止まらぬ速度で軽くつついてやると、二人とも蹲ってその場に倒れてしまう。


 恐らく、ガキ大将からしたら二人が勝手にその場に蹲ったようにしか見えてないのだろう。その証拠に、ガキ大将は状況が理解できなくて顔を真っ青にし、額からは汗が滝のように流れ落ちていた。


「お、おい! 二人ともどうした! 何で急に殴るのを辞めたんだ!」


「たぶん、二人はもう動けないよ。悪い事は言わないから、さっさとこの場から逃げた方が賢明だ。勿論、そこにいる女の子にこれ以上は手出しをしないと約束した上で」


「何なんだよ! 急に横から出て来たと思ったら格好つけやがって! 正義の味方気取りか!?」


 聞けば聞くほど、何だか三流悪党の捨て台詞みたいに聴こえてくる。このまま囀らせ続けたらどんな台詞を吐くようになるのか非常に興味があるけれど、僕はそうはしない。


 だって、今ガキ大将の言葉から聞き捨てならない台詞が聴こえてしまったからだ。


「悪いけど、僕は正義の味方じゃないよ。勿論、悪党でもない」


「だったら、何なんだよ!」


「そうだね……。僕は……」


 ガキ大将が恐怖を怒りに変えて振りかぶって来た。自分の部下だけにやらせず、自ら立ち向かって来る姿勢は褒めてあげたいところだ。けれど、実力差を把握せずに向かって来るのは勇気じゃなくて蛮勇だ。


「ただの、モブだよ」


 僕は彼の首に優しく手刀を落としてやる。彼の振りかぶった拳の行き場を失くして空を切り、力が余ってしまったおかげで僕がすっと横にずれると顔面スライディングを決め込んだ。


 実に良い幕引きだった、君は三流悪党としての才能があるのかもしれない。


 僕は砂場で蹲って泣きべそかいている少女にゆっくりと歩み寄ると、すっと優しく手を差し伸べた。


「大丈夫? 怪我、してない?」


「う、うん……。ありがとう」


 僕の小さな手を、女の子の柔らかい小さな手が握り返してきた。彼女の体は羽のように軽く、ちょっと力を入れて引いてやるとすぐに立ち上がらせることができた。


「えっと、あの……。モブ、さん? 助けてくれて、ありがとう」


 彼女は幼いながらも顔立ちは整っていて、少し引っ込み思案そうなところはあるけれどそこもまた可愛らしい。ベリーショートな黒髪とつぶらな瞳がとても綺麗だ。


「ああ、僕の名前はモブじゃないよ。僕の名前は、東雲翔。翔でいいよ」


「私はね、西園寺澪って言うの。よろしくね」


「うん、よろしく。ところで、澪はどうして虐められていたの?」


 せっかく出会うことができたので、彼女の身の上話でも聞いてみることにした。すると、僕が助けた影響からかモジモジとしながら拙くも事情を話してくれた。


「えっと……。私ね、ヒーローが好きなの」


「ヒーロー? っていうと、ア○パ○マンとか、仮○ライダーみたいな奴のこと?」


「うん……」


 澪は可愛らしくも小さく頷いた。女の子にしては珍しいと思う。普通、興味が出るとしたらプリ○ュアとか、ジュエ○ペットとか、そういう可愛い系とかキャピキャピ系かと思ったからである。


 でも、いいじゃない。ヒーローに興味があるなんて、この子はかなりセンスがある。人が力ある者に心惹かれるのは自然の摂理だと思うし、テレビやアニメに登場するヒーローや悪役たちが存分に力を振るって戦っている姿を羨ましいと思うのも、僕からすれば不思議なことではないからだ。


「それで、どうしてヒーローが好きなことと、虐められることに関係があるの?」


「あのね、さっきまでライダーの変身ポーズの練習をしてたの。そうしたら、それを見られて……。そうしたら、もっと女の子らしくしろって言われて……」


「なるほど、そういうことか……」


 サッカーに夢中で気付かなかったけど、まさかそんなことをしていたとは……。こいつらが女の子らしく~とか言っていたのは、つまりはそういうことだった。


 別に女の子がライダーに興味を持とうが、逆に男の子が、女の子が見たり着たりするような可愛らしいものを好きになろうと問題ないと思うんだけど、世間様は偏見の目に溢れているらしく平均的じゃない人は容赦なく弾かれる。


 最強を目指している僕からすると、少しばかり同情的な気持ちになる。このままだと、自分の好きな物を否定して生きていくことになってしまうことが不憫でならないのだ。


 ならば、彼女の行為を正当化できる何かを与えられればいいんじゃないだろうか?


 少し考えて、僕は彼女にとある提案をしてあげることにした。


「なら、女優さんとかを目指せば良いんじゃないかな?」


「じょゆうさん? って何?」


 彼女は頭の上にハテナを浮かべながらピュアな感じで聞いてきたので、僕の知っている範囲の知識でなるべく分かりやすく答えてあげることにした。


「正義のヒーローの役をやったりして、テレビの前の皆に希望を与える仕事のことだよ。女優さんになるには演技力が必要だし、変身ポーズを練習すればいい特訓になると思うんだ」


「そうなの?」


「そうなの」


 細かいことは、ぶっちゃけ理解していなくても問題なんて無い。要は、彼女が自分の行いを肯定できるような都合の良い理由さえあればいいのだから。


「取り敢えず、やってみようよ」


「う、うん……」


 僕は暫く、彼女の変身ポーズの練習に付き合うことにした。因みに、倒した三人の虐めっ子はいつの間にかいなくなっていたので、きっと退散したのだろうと思われる。


 目障りな奴らもいなくなったことだし、これで気兼ねなく、変身の練習をすることができるぞ。


「さあ、練習を始めようか。その変身のポーズってどうやってやるの?」


「えっとね、まず右手を胸の前で斜めに構えて、それに沿って左腕を伸ばすの」


「こうかな?」


「それで、これを時計の針みたいにぐるっと反対側に持ってくるの。そのとき、左腕が小さくなって、右腕をピンと伸ばすの」


「こう?」


「それで、ここで右手に変身ベルトが現れるから、それを腰の前に付けると同時に「変身」って叫ぶ」


「こうだ」


「それで、最後にベルトの左側にあるレバーを右側に持って来て、前で腕を十字に交差させて、グルっと回して腕の位置を前後で逆にして、最後に両腕を腰の方にグッと持ってくる」


「なるほど、そういうことか」


 大体、理解はできた。実際は本物を見た方が覚えるのは早いと思うけれど、たぶん次はちゃんとできると思う。


「じゃあ、一回やってみて良い?」


「うん。でも、できるの?」


「やってみなきゃ分からないよ。とにかく、挑戦あるのみだ」


 生まれ変わっても性根は変わらず、やる前から諦めるというのは好きじゃない。どんなに不可能だと言われていることだとしても、まずはやってみないと事の可能不可能を判断することはできないのだ。


 できなければ素直に諦めればいいし、諦めたくないなら続けるのもありだ。どんな結果になろうとも自分の責任になるけれど、本人が満足しているのならそれも良いだろう。


 そして、やるからにはどんなことにも全力だ。例え、お遊びの変身ポーズだったとしても、僕は全力投球で極めてみせる!


 まず、左手を伸ばし、右手を胸の前に。このとき、二つの腕の方向は平行にして指先までピンと伸ばす。そして、反時計回りに腕を回すとき、ここは敢えてゆっくり移動させる。しかし、腕や指先はずっと伸ばしたままにするのがポイントだ。


 ここ! ここで変身と叫ぶのだが、そのとき右手に出現するはずのライダーベルトを正面に見せるときの手首の動きは機敏でなければならない。


「変身!」


 そして、腰にベルトを装着してからがまたポイント!


 ここはさっきのゆっくりとした動作との緩急をつけることで、格好良く魅せることができる。つまり、ここはラストスパートで駆け抜けるみたいに素早く!


 そして、最後の両腕を腰の横に持って来る動作は再びゆっくりにすることで変身スーツを装着する壮大さを演出することができる。


「こんな感じでどうかな? ……あれ?」


「ふわあぁ……」


 澪の目はとてつもなくキラキラと、まるで本物のヒーローを見たみたいな憧憬の眼差しをこちらに向けていた。流石に、ちょっと気合いを入れ過ぎてしまったかな?


「かっこいい……。もう一回! もう一回やって!」


「ええ、もう一回? いや、流石にこれ以上は疲れたし、お腹も空いたからそろそろ帰りたいんだけど」


「もう一回! ねえ、お願い。もう一回!」


 あえて嫌そうな顔をして見せたんだけど、彼女はそれに対抗してつぶらな瞳を潤ませながら上目遣いで、かつ媚びるような猫なで声でお願いしてきた。彼女、本当に演技の才能があるんじゃないかと思いつつ、僕はそれを了承することにした。


 このまま愚図られて機嫌を損ねる方が、返って厄介そうだと思ったからだ。


「……あと一回だけだよ?」


「うん!」


 僕が承諾すると彼女の笑顔が満開になるくらい喜ばれたので、不思議とこちら側まで嬉しくなってきてしまった。


 その後、彼女は「もう一回!」というおねだりを案の定、何度も繰り返してきて、三十回くらい変身ポーズをやる羽目になった。喉はカラカラ、体はヘトヘトな状態になりながらも家に帰った時には既に午後一時を回っていて、「ただいま」と言ってリビングに入ると母さんが心配そうな顔で駆け寄って来た。


「翔、あなたどこに行ってたの? いつまでも帰って来ないから、心配したのよ?」


「ごめんなさい、母さん。でもね、聞いて。実はね、女の子が虐められてたの」


「公園での話?」


「うん。それでね、その子を助けてあげたら、ライダーが好きだって言うから変身ポーズを一緒に練習してたの」


「あらあら、それは良い事を聞いたわ」


 てっきり、昼までに帰ってこなかったことを怒られるのかと思っていたけれど、むしろ母さんは嬉しそうな顔をして僕の肩を抱いた。


「怒らないの?」


「怒るわけないでしょ? 悪いことなんてしてないんだから。むしろ、翔にやっと友達ができたのが嬉しいの」


「友達?」


「そうよ? だって、翔ってば友達できた? って聞くと、いつも友達になったけど辞められたって言ってたでしょ? だから、もしかして何か嫌われるようなことをしてるのかな、とか。もしかして、友達できないんじゃないかって心配してたのよ。だから、お母さんちょっと安心したわ。あなた、歳不相応に知識もあるし、活発でしょう? それを受け入れてくれる人がいて良かったわ」


「友達、か……」


 そうか、澪とは既に友達になっていたのか。でも、確かに言われてみれば、一緒に遊んでいたわけだし、別に仲が悪くなったわけでもない。彼女がどこに住んでいるのか知らないし、どんな時間に遊んでいるのかも分からないけれど、何故だかまた会えると、そんな気がしていた。


「うふふ、嬉しそうね」


「え、そうかな?」


「そうよ。そんなにんまりしちゃって、可愛いんだから」


 僕、そんなにもにんまりしてたか? 見た目は七歳かそこらでも、精神年齢は三十歳くらい高いから正直照れるんだけどな。


「ささ、早くご飯にしましょうか。手を洗ってきなさい」


「はーい」


 母さんがいつになく嬉しそうだったからか、それとも僕が嬉しかったからなのかは分からないけれど、その日に食べた大好物のスパゲッティは格別に美味しかった。

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