第2話 転生前、僕は紛うこと無き最強だった。

 僕が生れたのは、王都と呼ばれる大都会からずっと離れた山の麓にある辺境の、それこそ名前すらないような集落だ。


 両親はどちらも農家をやっていて、代々、ある程度物心がついたら子どもでも農作業を手伝うようになり、それを死ぬまでやり続けるのが僕の人生だと生まれた瞬間から定められていた。


 だから僕も漠然と農業をするだけの人生で一生を終えるものかと思っていたけれど、七歳くらいのときに、偶然にも村を訪れた冒険者の男から聞いて「とあるもの」の存在を知った。


「少年、魔力ってのを知ってるか?」


「魔力?」


 二十歳過ぎくらいのおっちゃんは、にこりと気さくな笑みを浮かべると話し始めた。


「ああ、そうだ。簡単に言えば、この世界に生まれた奴は誰でも持ってる超高濃度なエネルギーのことだな。常人には実現不可能な身体能力を得たり、あるいは魔力を物質化することで武器を生成したり、更には魔法などという超常的な力を使うことも可能にする夢の物質だ。凄いだろ?」


 おっちゃんは子供に眉唾物の武勇伝を語るかのように饒舌に、ごっつい髭を弄りながら笑顔で話してくれた。


「じゃあ、皆が魔力を持ってるのにどうして使おうとしないの?」


「良いことを聞くじゃねえか。それはな、使いこなせる奴がそもそも少ないからだよ。武器だって、持っていても扱えなかったら意味がないだろ? それと同じさ。大体、一人当たりにコップ一杯の水も注げないくらいの魔力しか体に入ってないんだ。それでできることって言ったら、ちょっと重いそこらの石が軽くなる程度のことよ」


「じゃあ、意味ないじゃん」


「そんなことはない。魔力ってのは、鍛えられるんだ。俺が言うから間違いない、絶対に強くなれる。昔はな、あの遠くに見えるお山を吹き飛ばして、更に向こうの谷まで割るほどの威力を持った剣技を使える奴もいたって話だ。要は、最強だな」


「最強……」


 何故だかは分からないけれど、僕は最強という響きの良い言葉にとてつもない魅力を感じ取った。最強、最強と心の中で繰り返し唱えていると、何だか僕の閉ざされていたはずの人生に一筋の光が差し込んで別の道を切り開いてくれたような感覚すらしたのだ。


「どうだ、気に入ったか?」


「うん、凄く! ねえ、どうやったら魔力ってのを使えるようになるの? 教えてよ!」


「いいぞ、最低限くらいは使えるようにしてやる。そら、やるぞ!」


「おー!」


 そうして、二時間ほど鍛錬を行った結果、一応は魔力というのを扱えるようにはなった。と言っても、子供が料理場に立ってキッチンナイフをおぼつかない手で持って野菜を切る真似をする程度の児戯に過ぎないものだったけれど、それでも何か新しいことができるようになったことが、そして何より、その最強なる存在に近づけたことが嬉しかった。


 さっきまでは飲んだくれの与太話しか言わないおっちゃんが、僕にとってはたった一人の英雄のような輝きすら放っているように見えて、もしも彼くらい歳を取ることができたら、その時は口髭も幾らか生やすのも悪くないと思えるくらいには。


 そうして、あっという間に別れの時間はやってきてしまう。名残惜しかったけれど、別れなければならないのは仕方のないことだったので、お別れをするつもりだったのだが、最後に彼は僕に言葉を残してくれた。


「いいか、少年。力っていうのは、振り回しても、振り回されてもいけねえんだ。それをよく覚えておくんだぞ」


「どういう意味?」


「ははっ! いつか分かる時が来るさ!」


 彼は陽気に笑いながら言うと、暫くしてから集落を去って行った。この言葉の意味を、僕はかなり後に知ることになるなんて、このときは思ってもいなかったのだ。


 以来、僕はこんな風な考えを抱いていた。


 曰く、「最強とは一体、どのような存在のことなのか?」と。圧倒的な力を持った存在か、他者が自ら傅くほどの威厳を携えた存在か、それとも常に挑戦し続ける者のことか、僕は最強について考えているうちに、本当に最強の虜になってしまった。


 そしてある日のこと、僕は両親にビシッと宣言してやった。


「お父さん、お母さん、僕「最強」になるから」


「最強? 何言ってるんだ? 馬鹿言ってないで畑仕事をしろ。父さん、いつも言ってるよな? 生活は厳しいから我儘は言うなって」


「そうよ。農作物を領主様に納めないといけないんだから。遊んでる暇なんてないわよ」


 当然、両親は全く相手にしてはくれなかったけれど、それでも僕は「最強」と呼ばれる存在になりたくて、仕事の合間に農作物を育てるために使っていた桑を利用し独自に訓練をすることにした。


 僕がしてきたことは単純、ただ愚直に魔力量を上げる訓練をして、武術の基礎を磨き上げること、それだけだ。


 武術の基礎については村にいた親戚の叔父さんに教えてもらった。魔力に関してはとにかく練っては使って空にして、回復したらまた練っては使って空にするを繰り返す、言わば筋トレのような要領で体に負荷をかけ続けるということをした。


 逆に、それ以外の何をすれば最強という頂に立てるのかを僕は知らなかった。そもそも、貧しい農家の家に本とか置いてあるわけないし、冒険者さんや叔父さんに教えてもらえたこと以外のことに関してはさっぱりだったからだ。


 家を建てるときに底が抜けないように土地を整備する、仕事を長く続けられる健康な体を保つためによく食べてよく寝る、そういう基本的なことをするのは大事だと思うのだ。


 どれだけ高い頂に登ろうとしても、まずは階段がなくちゃいけないように。でもその前に、まずは地に足をつけるところから始めないといけないように。基礎と呼ばれるものは、最も高い場所を目指す上では一番重要なことなのだと僕は信じていた。


「五十六、五十七!」


 それは体を無数の冷たい小さな粒が空から降り注ぐ雨の日も。


「百八十八、百八十九!」


 それは筋肉痛で悲鳴を上げている腕へとねっとりとした向かい風が纏わりつく風の日も。


「三百三十三! 三百三十四!」


 遠くの空で神々の怒りを体現したかのような鋭い雷光が鳴り響く日も。


「五百九十! 五百九十一!」


 ときに、全身の血の気が引くほどの雪が体にへばりつき、霜で手足や肺が裂けそうになろうとも。


「七百七十七! 七百八十八!」


 ときに、獲物の振り過ぎで手がタコだらけになり、それらが破裂して持ち手が血塗れになろうとも。


「九百七十八! 九百七十九!」


 あるときは熱に侵されて全身に力が入らず、今に倒れそうになろうとも。


「九百九十八! 九百九十九! 千!」


 僕は相棒の鍬を一日千回振り続け、魔力量を上げる訓練はそれ以上の時間を費やしていった。おかげで体は筋肉ムキムキ、鍬を振り過ぎて目にも止まらぬ速さで獲物を振ることなど容易になったくらいだ。


 その間もちゃんと農作業は続けていたわけだけど、二十歳を迎えた頃、僕は実家を出る事を決意した。こんな農作物を育てることしか能のない実家に居たところで、これ以上は強くなるのは難しいと判断したからである。


「家を出ます」


「ふざけるな! 私たちを置いて家を出るだと!? お前は大人になってもまだ最強などという御伽噺に現を抜かしているのか!?」


「お願い、考え直して! あなたの為を思って言っているのよ!」


「僕の為を想っているのなら、快く送り出して欲しかったよ。じゃあね、二人とも」


「待て! おい! 待てえええ!」


 僕は父の絶叫と母のすすり泣く声を最後に家を出て、完全に彼らとの縁を切った。


 家を出た後は、「最強」になるための修行をしながら冒険者になり、魔物と呼ばれる人に襲い掛かる害獣などを駆除したり、ちょっとした人助けをしながら路銀を稼いで生活をしていた。


 旅に出た僕は世界を巡りながら様々な人物と出会い、言葉を交わし、そして直向きに「最強」とは何かを探し続けていた。


 だけど、「最強」を目指していくうちに僕という人間も含めて、人というのは愚かな生き物だと思うようになった。何故なら、一度地に足を着け、そしてせっせと造りあげた階段を登り始めたら降りられなくなってしまう残酷な生き物だと知ったからである。逆に、一度登り始めた階段をあっさりと降りてしまうのもまた、愚かな行為だと思うようになったからである。


 途中で足を止めればいい、途中で飽きたら下ればいい、そう考える人の方が多い。


 実際、剣術で一番になると言っていた馴染みは自分に才能が無いことが分かると剣を鞘に納めて農夫になることを選んだし、いつかドラゴンスレイヤーになると言っていたとある勇敢な冒険者はドラゴンとの圧倒的なまでの実力差を知り死の恐怖に怯えて家に閉じこもるようになった。


 彼らは現実を直視することで自分の理想とのギャップに気付き、そして自分が楽になれる道を歩むことを決めたのだ。


 確かにそれは賢明なことだし、生きていく上ではほぼ正解に近い解答なのかもしれなかった。生きるためには働いてお金を稼ぐ必要があるし、いつまで続けても実ることがないと分かっている努力を続けるのは時間の無駄だ、愚かな行為だと思うのも仕方のないことだ。


 それよりかは将来でもっと稼いで豊かな暮らしができるように別の向いていることを探すか、あるいはもっと別の手段を地道に模索するのもありなのかもしれない。


 けれど、僕の場合は違ったんだ。むしろ、僕はこう考えてしまった。


 何故、今まで築き上げてきた努力を灰燼に帰してまで別のことをしなければならないのか、と。


 僕のしてきた努力は一つ一つがあまりに小さな一歩で、僕が目指している「最強」なる存在までは遥かに遠いものかもしれなかったけれど。それでも、着実に歩いてきたその道のりは既に千歩、万歩、あるいはそれ以上の距離を踏破するに値するものであり、これは「なれないから」「到達するのは不可能だから」程度の理由で諦められるようなものではなかった。


 本当に愚かだと思うよ、「到達できない高み」を目指し続けるなんて。自分自身、ここまで滑稽なことがあるのかと思ってしまった。


 それでも、僕は諦めなかった。諦めず、ただ愚直に基礎を積み上げ続け、直向きに努力をし続けたのだ。


 本当にそれだけだ、他に特別なことなんて何一つしていない。


 特別なことなどする必要がない、と言った方がいいのかな。積み上げたものは着実に高みへと近づいていたのだから。


 家を出てから五年が経ったある日のこと、その日は暗雲が大空を覆う先行きの見えない未来への不安を体現しているかのような空模様だった。空気は肌を凍てつかせるほどに冷たく、今にも雨か雪でも降りそうな予感がしていた。


 今の僕の職業は、冒険者と呼ばれるものだ。人からの依頼を引き受けて事件を解決し、それに見合った報酬を頂く。依頼の内容は掃除から選択から、魔物退治や護衛任務と様々だったけれど、僕は最強になるべく魔物退治を中心に依頼を引き受けるようにしていた。


 最強になる以外のことは必要ない、それが僕の唯一無二の信念だからだ。


 僕は冒険者として仕事を受けるべく、王都にある冒険者組合という仕事を斡旋してくれるお役所を訪れていたのだけれど、入り口から顔を真っ青にしながら入って来た一人のおっさんが放った声で、ここにいる皆の顔もまた彼の症状が伝染したかのように蒼褪めることになる。


「ドラゴンだ! ドラゴンが来た!」


「どら、ごん、だって?」


「どら、ど、ドラゴン!?」


「ドラゴンだああ!」


「逃げろ! 俺たちに勝てるわけねええ!」


 酒を飲んで酔っていた奴の酔いは一気に吹き飛び、ちょっと前までは勇敢だと言われた冒険者も尻尾を巻いて冒険者組合を飛び出し、組合職員もすぐに避難勧告を出すべく慌ただしく動き出した。


 ドラゴン。別の言葉だと竜と呼ぶこともできる存在。手の平サイズの蜥蜴を数十倍以上の大きさに拡大し、そこに翼を生やして超高温の炎の塊を吐き出す怪物。体の鱗は魔力の障壁によって強化されているため通常の武器では歯が立たず、基本は三十人規模の魔法による集団戦闘で迎え撃つ。


 ただ、その三十人というのも王国最強と呼ばれる魔法使い三十人分という意味であり、実際は千人以上の死者を出してようやく勝てるか勝てないかといった相手になる。


 やがて、組合内はもぬけの殻となり、建物の外ではけたたましいと感じるほどの警報音が王都中に鳴り響いていた。王都は阿鼻叫喚の地獄と化し、群衆は家族や友人すらも足蹴にして逃げ惑うばかり。吹き抜ける風が運んでくる音すらも、大地の大いなる嘆きのように聴こえてくる。


 ふと遠くの空を見てみれば、彼方空の向こうから黒い大きな物体がこちらに向かって一直線に向かって飛んで来るのが確認できた。


 一対の翼に黒い竜鱗(りゅうりん)を鎧のように纏い、金色の双眸を輝かせながら大空を飛翔する巨獣、間違いなくドラゴンだ。


 あんなのを見たら、誰だって逃げ出すに決まっている。


 奴がここに来るまであと四分程、ここに到着したら人間狩りが始まるだろう。竜の吐き出す地獄の炎によって王都中が煉獄の赤に染まり、肌を焼き焦がす熱気と肺を内側から焼く黒煙によって足を止められた人間から瞬く間に捕食される。


 ドラゴンは一度眠ると百年は起きないとされている代わりに、一度起きればかの巨体の数倍以上の量の食べ物を胃に収めるまで暴れ続ける。


 この王都は何もしなければ、一時間と経たずに滅びることになるだろう。


 今こそ、僕の修行の成果を見せる時が来た。


 僕は魔力によって、漆黒の剣を一本創り出す。自分の身長の半分くらいの長さの刀身を持つ、とてつもなく細いけど切れ味はどんな剣より勝る一級品だ。


 そして、足先に魔力を集中させると僕は宙へと高く飛び出し、そして空を蹴ることで自らがドラゴンの待つ空の戦場へと赴いた。


 向かってきた竜はこちらの存在に気が付くとホバリングによって滞空し、宙へと浮かび続ける僕のことを黄金の瞳が睨みつけた。


『人間如きが、我と同じ戦場に立とうとはな。甚だ図々しい、身の程を弁え……』


「どこを見ている? もう終わってるぞ?」


『……は?』


 ドラゴンが間抜けな声を上げた時には、僕は既に彼の背後にいた。極限まで鍛え抜いた隠密能力と縮地と呼ばれる相手との間合いを詰める歩行術を組み合わせた必殺の一撃で勝負は決したのだ。


 どうして何も言わせずに剣を振り抜いたのかって? 僕はドラゴンの戯言なんて聞きたいとも思っていなかったからだ。僕は最強以外に要はない、戦闘以外のことは全てがどうでもいいのだ。


 僕の魔力を込めた斬撃は容易くドラゴンの魔力障壁を打ち破り、この世の何よりも硬い漆黒の鱗を切り裂いて標的の首を地面に落とした。


 やがて飛行能力を失った本体も重力に従い落下し、王都の城門前に大きな落とし物をすることになってしまった。


 いつの間にか暗雲は晴れて青空が顔を出し、やがて太陽の光が僕を祝福してくれているかのように降り注いだ。どうやら雨が降るという僕の予想は、外れてしまったらしい。


 その後、僕は王都を救った英雄として王宮へと賓客として招かれ、『ドラゴンスレイヤー』と呼ばれるドラゴン討伐の証となる栄誉ある称号を授与された。


 そこからは、まるで閉ざされていた視界が開けたかのように最強へと至る道の先が見えた気がした。


 僕は王国最強の冒険者として祭り上げられ、他のドラゴン退治以外にも、誰も勝てないような強大な魔物や世界一を豪語する他国の武人と一戦を交えることができる機会を多くもらえるようになった。これも偏に、ドラゴンスレイヤーとしての異名が世界中に轟いたおかげである。


 それから十年が経過した頃のこと。


 僕は最強の頂へと到達した。卓越した剣技を持ち、この世界の体積にすら収まらないほどの魔力を手に入れ、遍く存在を圧倒的な力で蹂躙する存在となった。


 どうやって最強になったかを判断したかと言えば、僕に勝てる相手が世界からいなくなったことを判断基準にしている。最強とは最も強い者のこと、どの存在も僕を倒すことができないのならば、僕はこの世界において最強ということだ。


 僕がどれだけ強くなったのかと言えば、そうだな……。たった一人の力だけで星一つを塵芥すら残さず消し飛ばすことだってできるくらいと言えば伝わるかな。こんな力を有する人は他にいない、僕は幼い頃から憧れていた最強の頂をようやく手にしたのだ。


 僕の強さは唯一無二。何者にも負けず、何者にも劣らない。


 そんな僕だからこそ気付くことができた三つの流儀がある。


 一つ、最強とは常に孤高であることだ。独りよがりで、並ぶ者など誰もおらず、僕の前を行く者もいない。この世界に唯一無二でしか存在を許されないからこそ、最も強いと書いて最強と呼ぶのだ。


 二つ、最強とは常に未完成であることだ。最強の頂に立っても、それは終わりではなくむしろ始まりに過ぎない。次なる頂を目指し、歩みを止めることなく進み続けるからこそ、他者は自分に追いつくことはできない。僕は最強であるために、常に未完成の状態でなければならないのだ。


 そして三つ、最強とは常に最強なのだ。どんなに不利な地形で、どれだけの数が相手で、どれほどの理不尽が襲い掛かろうとも全てを跳ね除ける。僕の目指した最強は小細工なんて通用しない、最も尊い頂に君臨し続ける絶対的な存在でなければならないのだ。


 要点をまとめると、最強への旅路は始まったばかりだ。誰かに抜かれた時点で最強ではなくなるし、一度でも負けを認めればそこから最強を名乗ることは許されない。


 どんな屈強だろうと、どんな逆境だろうと、どんな吉凶だろうと全てを己の力でねじ伏せて前に進み続けなければ、最強を名乗ることはできないのだ。


「だから、僕はこれからも最強でなければならない。そのためには、もっと鍛錬を積まなければならない」


 僕の歩みが止まることはなく、むしろ止められるものなら止めてみろとまで宣言したいくらいのものだ。


 最強の頂の、更にその向こうに行くために、僕は今日も強者を求めて地道な鍛錬を続けるのだった。


 しかし、人生はそう甘くはなかった。


 何とビックリ、光栄なことにも僕は世界中から指名手配されることになってしまったのだ。


 原因は、これまで最強を目指してきた業とでも言い換えればいいのだろうか。


 僕という人間が、各地で人類を滅ぼし得るほどの力を持った凶悪な魔物やドラゴンを狩り、時の英雄と言われた存在すらも成す術なく地に伏せられる存在であることを危険視した各国は同盟を結び、僕を討伐するということを決定したのだ。


 当然、休まる時などありはしない。


 王都などの大都市は勿論のこと、周辺の街や村、あるいは大森林の中にあるようなほんの小さな集落の一つに至るまで、全てが僕たちの敵となり、そして襲い掛かって来た。そこら中に指名手配のチラシが張られ、一生を遊んで暮らせるほどの賞金額に目の眩んだ金の亡者たちが死神の如く命を刈り取りにやって来る。


 日夜どこかを逃げ続けては戦闘を行い、こちらが休んでいることなど気にも留めない敵さんは休む暇を与えようとしないで懲りずに襲い掛かって来る。


 今まで散々助けてあげた国や街もあったはずなのに、最強というのは実に罪深い生き物だと身を以て思い知らされることになった。


 考えてみれば、国一つすらたった一人で相手できる輩を生かしておく方が危険というものだろう。僕の気まぐれで国や世界が滅んだら、それこそ皆には迷惑なことだろうし。


 僕自身は別に勇者にも、魔王にも、当然、神様的な存在にもこれっぽっちも興味はないのだけれど、それを言って信じてくれる人間が一人もいないくらいには交友関係は手狭だし。どう頑張っても、僕は処刑されるか、処刑し続けるかをしないと生き残れそうにはなかった。


 そして、僕はとうとう世界の果てまで追い詰められて、全方位を敵に囲まれることになってしまった。地上だけでなく空からも、あるいは地中からも。僕を逃がすつもりなど無く、当りを見渡しても、見渡しても、人、人、人……。どこにも逃げる場所なんてありはしなかった。


 僕の方は、別にこのまま休みなく戦い続けても魔力は十分に残ってはいるが、残念ながら僕だって人間の範疇にはある。飲まず食わずの睡眠なしで一ヶ月も戦い続けられるほど化け物じゃないと思いたい。


 僕はとうとう、世界を滅ぼすことでしか助かる術はないと悟った。けれど、降伏すると言う選択肢は一切、頭の片隅にすら現れなかった。


 僕は、諦めるってことが性に合わない生き物らしかった。


 最強を目指すと決めた少年時代のときから、それはずっと変わらない。


 欲しいものの為なら、例えこの命を賭けようとも手に入れて見せる。


 だから、僕は……最強の称号を抱えたまま、全員と心中して見せると決めた!


 僕は自分の体内に秘めている魔力の全てを集めた。漆黒の光が体を覆い尽くし、そこから紡がれた黒い光の糸は更なる力の奔流を編み出し、やがて世界は深い闇へと包まれていく。


「な、なんだあの力は……!」


「奴を止めろ!」


「一斉攻撃!」


 壮観だった。炎が、激流が、紫電が、あるいは隕石が、ありとあらゆる攻撃手段が僕たちの身へと、まるで神々の天罰でも降り注いでくるかのように襲い掛かって来た。


「……光栄だな。こんな僕一人のために、これだけの攻撃を浴びせてくれるとは」


 こんなにも盛大な歓迎パーティーを開いてくれたことに心から感謝をしつつ、やがて自分が積み上げて来た大いなる力を世界に向けて解き放った。


「———!」


 僕が技の名前を叫ぶと同時に黒い極光が世界に存在するあらゆるものを焼き尽くし、そして滅ぼし尽くした。


 死の間際にして、僕はようやく例のおっちゃんが言っていたことの意味を理解した。


 僕はやり過ぎたのだ。過分な力を好き放題に振るってしまったことで、僕は世界全てから狙われ、結果的に心中を選ばざるを得なかった。


 最強を目指し続ける、その意志は変わらないけれど……。次はきっと、もっと上手く人生を謳歌してくれることを切に願いたい――。


 次、何てものがあれば……。だけどね?

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