第3話

女神が人知れず祝杯をあげていたのは、魔界に連れ去られた私はジャスルから聞かされた話によって、今の私が生きていた世界がキミワタを任された女神によって左右される世界だと知った頃だった。


そして、私に「愛している」と囁いてくれるこの魔王様は、現在を生きている私の家族がいる世界を守る為に、そしてその世界の均衡を保つ為に、クリアポイントでもある、あの虹色の光を放つための魔力を彼女に授けたらしい。


それは…王太子殿下と聖女様の心を強制的に操った力。

だけど、それがなければ、お父様もお母様もお兄様も、パルも大事な従者達も、そして、私の心の許せる友人達も消えてなくなっていたかもしれない。


私の世界を守ったのだと、「ほら、フィア。褒めていいぞ。」と言わんばかりのジャスルの顔を見て、私はこれで良かったのだと思うことにした。

一応、誇らしげな彼の頭をなでなでしておいた。


そして…、どうやら私達の心を操ってしまったことの罪悪感に苛まれた女神がキミワタの世界の平穏と、1番の犠牲者でもある王太子殿下と聖女様のこれからの幸せの為に、ポイント達成で貰えた力を使っていこうとしているらしいと聞いた。

私も2人には必ず幸せになって欲しいから、女神が悪い人じゃなくて良かったと安心した。


「ほら、ここに。

これからフィアの家族を見守っていくと、手紙に書いてある。」

女神から私への謝罪の手紙が届いていた。


…どうやら、女神はこの手紙をしたためた後で、魔界への連絡手段を探っていたそうだけど、その時に私は連れて来られちゃったらしい…。

じゃぁ、この手紙はどうしてここにあるのかしら?と考えたけど、魔王様のことだもの。

きっと女神も気づかないうちに手に入れて来ちゃったのよ。

…きっと、私を安心させる1つの材料として。


「この世界の為にあなた達の感情を無視してごめんなさい。」と書き始められた手紙を手渡されながら、私は悪い方向に向かわなかったことに感謝さえしていた。


「…女神様ったら。

もういいのに。

だって、誰にもどうすることが出来ないような、仕方のないことだったんですから。

そうじゃないと、私達は世界もろとも消滅していたのだから。」


ゲームの世界だとわかっているけれど、生きている私たちはただの人間だから。

それが分かっていたからこそ、どうやっても補正される強制力を感じて悲しかったし、王太子殿下の心を守れなくて悔しかった。

婚約破棄前提の世界と知って、自分の役割を全うさせられていたと、強制力という謎の力に抗う力が無い自分が情けなかった。


だけど、どうやったってゲームの世界だから、現状では被害を最小限に抑えられたことで良しとしなければいけない。

女神が私の大切な家族を見守って下さっているのであれば…。


「あ!」

たくさんの事実に(ジャスルの溺愛っぷりに若干引きながら)、理解するだけで精一杯で忘れてた。


「フィア?

どうした?」


「ねぇ、ジャスル!

私、家族の誰にも何も言わずにここに来たわ。」


「あぁ、そうだな。

俺が連れてきたからな。」


私の焦りとは相反して、ジャスルはしれっと答えている。

そんな悠長な事じゃ無いのに。

だって、絶対心配を掛けているわ。

だから、ジャスルに現状を分かって貰えるように話した。


「あのね、誰にも行き先を伝えて無いのよ。

…しかも、突然消えたのよ?

きっと今頃、みんな心配しているわ。」


私を溺愛してくれている家族の憔悴した顔が浮かぶ。


「ふむ。

そなたを連れてくることが最優先だったから、何も書状を残していなかったな。」


え、バカなの?

魔界の王でしょ?

恋に盲目なの?

私の重すぎる信仰心で得られた魔力だから、重~い愛情になってるの?

…じゃあ、悪いのは私か…。

じゃなくて!


「大変だわ。

きっと大騒ぎしてる。

…でも、まぁ、昨日の夜に来て、今は…そうね、1日くらい経ったかしら?

まだ大丈夫ね。

朝に気づいたぐらいかしらね。

でも、不在を続けられないわ。

ねぇ、ジャスル、すぐに戻らないと。」


その言葉に、「そうだな。戻るとするか。」とでも言ってくれるだろうと、そう思っていた。

…だけど、違った。

そこに居たのは、私の言葉に顔が引きつった魔王様。

そして、ジャスルがとんでもないことを言い出した。


「…フィア、すまない。

そなたのいた世界と魔界とでは時間の進み方が違う。」


「…え?」


何を言っているのかわかりません。

ポカンとしていると、何とも歯切れが悪い説明を始める彼。


「…その…だな。

そなたのいた世界で考えたら…。

今は…そうだな。

大体、2週間ぐらい経った頃だろう。」


「にっ!

…2週間!?」

あまりのことに、頭がクラクラした。


「フィア!

大丈夫か?!

おい!

ルイス!」


そうして呼ばれた魔界の宰相であるルイス。


「ジャスル様、どうされましたか?」


「…俺が失念していた。」


「はい?」


頭を抱えて倒れている私を見たルイス。


「奥様、大丈夫ですか?!」


違う、まだ奥様じゃないわ。

ずっとそういう風に呼ぶから受け入れそうになっちゃうけれど。


「…ルイス。

今すぐに2つの世界の時間軸を合わせろ。」


「え?

時間ですか?」


「今…。

フィアの家族に心労をかけている。」


その言葉に嫌な予感がしたルイス。


「ジャスル様、まさか…。

ま・さ・か!とは思いますが!

もしや、奥様のご家族に無断で連れてこられたのですか?」


ルイスが一瞬でこれでもかというような冷たい表情になり、魔王に尋ねた。


「その…まさかだ。」


「はぁぁぁぁぁ…っ!」


地響きがしそうなぐらいの、大きな大きな溜め息をついたルイス。


「っ、全く!!

そんなことじゃないかと思ったんだ!

ジャスル、お前はどうして1番肝心なところが抜けているんだ!

貴族の…それも公爵家のご令嬢を勝手に連れてくるなんて、誘拐だぞ?

犯罪だ。

これ以上、俺の仕事を増やすな!」


あれ?

こんな砕けて話していいものなの?と、クラクラする頭を抱えながら思った。


「はぁ、頭が痛い…。

やっぱり、お前が自ら迎えに行くと言った時に止めておけば良かった。

信じられん!」


「…すまないが、すぐに知らせを出してくれ。」


バツが悪くなったジャスル。

いやいや、だから、あなた魔王様よね?


「…ルイス様。」


ショックで痛む頭と、重い身体を起こし、ルイスにお願いをした。


「できたら、私が手紙を書きたいのですが。

きっと、私からの手紙の方が安心すると思うんです。」


ジャスルを叱り飛ばしていた、さっきまでの顔とはガラリと表情を変え、優しい声で応えてくれた。


「かしこまりました。

すぐに手紙の準備を致しますね。」


私には優しい笑顔を向けるルイス様なのに、部屋から出る時に、もう一度、ジャスルを冷たく睨みつけていた。

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