第14話

「…これで終わったのね。」


家族会議の後、自室にてパルにお茶を淹れてもらっていた。


「お嬢様、今日は本当にお疲れ様でした。

とてもお疲れでしょうから、ラベンダーのハーブティーを準備いたしました。

少し、落ち着かれるかと。」


小さな気遣いにも涙ぐんでしまう。

色々な人の気持ちを知り、触れて、涙もろくなってしまった。


「パルの前では無理なさらないで下さい。

私でよければ胸をお貸ししますよ?」


そう言ってエプロンを広げる姿に笑ってしまう。


「ふふっ。

パルは私にエプロンで涙を拭けと?」


「エプロンぐらい広くなければ受け止められないかと思いまして。」


冗談を言って気を紛らわせてくれようとする彼女に感謝する。


「面白いことを言うわね。

ありがとう。

それに、ずっと綺麗にしてくれて、ちゃんと王太子殿下の婚約者として恥ずかしくないようにしてくれて、本当にありがとうね。

こんな風になってしまったけれど、パルに綺麗にしてもらって、殿下にエスコートしてもらったこと、誇りに思うわ。」


美しいと褒めてくれた王太子殿下の顔が浮かぶ。

そんな私にエプロンでは無く、柔らかいハンカチをそっと差し出してくれたパル。


「泣いて下さいませ。

お側でお嬢様を見てきましたから、お気持ちはわかります。」


「さっきもお父様の胸で泣いちゃったのよ?

これ以上は…。」


そう言いながらも、いつも王太子殿下とのことを心配してくれて、手紙も宝物のように扱ってくれたパルの前でまた泣いてしまった。


「お手紙、燃やしちゃいましょうか?」


「…ううん、まだいいわ。

気持ちの整理が付いた時にするわ。」


「では、それまでまた私が保管しますね。」


パルの言葉に頷き、手紙の箱の蓋をした。

それから、泣き腫らした目を冷やしてくれて、もう一度お茶を淹れ直してくれてから、パルは挨拶をして部屋を後にした。

パルにもたくさん心配させてしまったわね。


そして、キミワタノートを取り出す。


「断罪も無かったし、お兄様もゲームのように変わられなかった。

アルフィン様は最後まで…お優しかった。」

また熱いものがこみ上げてきそうになった時だった。


突然、あの日のように冷たい空気が部屋に流れた。

黒く渦巻く空気。


あれ、これって、まさか。


「オフィーリア。」


「え?」


振り向いた時、目の前に美しい人が居た。

何故だかヒロインであるモモではなく、私の前に現れる、私を求めているその人。


「魔王様?」


「我が名はジャスル・マグノリアだ。

フィア、魔王ではなく、ジャスルと呼んでくれ。」


魔王様が自分の名前を名乗った次の瞬間、私は彼に抱かれていた。


「え?何ですの?」


戸惑う私などお構いなしに話を進める魔王様。


「我が愛しのフィア。

もうこちらの世界での役割は終えた。

だから、そなたを迎えに来た。」


ゲームで王太子と聖女に立ちはばかる設定の魔王、ジャスル様に悪役令嬢オフィーリアは愛を囁かれた。


ねぇ、違うわ。

私、闇墜ちしておりませんわよ?


「私、断罪エンドは回避できまし…って、えぇ?!」


ひときわ大きな風が吹き、私は彼に抱かれたまま、そのまま連れ去られた。

何で?と呟く暇も無く…。





そして家族に知らされるオフィーリアの不在。


「何だと?

フィアが部屋にいないだと?!」


兄ジョシュアに報告しに来た、オフィーリア専従のメイド・パルの顔は青ざめ、泣いていた。

愛しくてたまらない妹がいないだと?

部屋から消えてしまっただと?


パルは「お嬢様の部屋の方から、いきなり風が吹き、急いで駆けつけたものの、いなくなってしまわれていて…。」と、泣きじゃくりながら話した。


どういうことだ?

一体、何が起こっているのだ?


やっと、王太子殿下との婚約を破棄できて、ひと段落できた。

これからは結婚なんてせずとも、ずっと公爵家で過ごして貰おうと思っていた。

婚約破棄となった妹。

今度こそ親同士が決めるような望まない結婚などしなくてもいい。

妹が可愛くて仕方なかった兄。


フィア、どこにいったのだ?

誘拐なんて考えるだけでも吐きそうになる。


「フィア!!」


夜空に叫んでも打開策は見出せないし、執事から事情を聞いた父と母も混乱していた。


フィアがいなくなった翌日から手を尽くして探した。

ギルバートや仲良くしていた令嬢達も心当たりを探してくれたが、何もつかめない。

だって、妹は風と共に消えてしまったのだから、ただの誘拐ではないのだろう。


どこだ?

どこに居るんだ?


家族も親戚も、何なら王家も総動員で探したのに見つからない。

あの後、落ち着きを取り戻し、以前のように友好的に話をすることができるようになっていた聖女様も協力してくれたが、その力でもわからなかった。





そして2週間後、唐突に手紙が届いた。


「は?」


手元の手紙に押された蜜蝋に、妹の居場所が何故ここなんだと思った。

…というか、実在するのか?


「お父様、お母様、お兄様。

ご心配おかけして申し訳ございません。

私は何も心配される様なことは無く、楽しく過ごしております。

一度、私を保護して下さっているジャスル様とお目通しをお願いしたいと思っています。

宜しくお願い致します。」


楽しい…、のか。

健康…、みたいだな。

保護だなんて…、誰も頼んでいない。


ジャスル様?

ジャスル・マグノリアだと?


俺の知ってるその名前の人であり、この蜜蝋にある紋章の持ち主、彼は人かもわからないが、妹が側にいる彼は…。

それなのか?


この世界以外にも色んな世界があることは知っていた。

文献にも載っている。

私が知っているのは、この世界、聖女様が元居たとされる日本という世界、後は詳しいことがわかっていない伝説のような魔界。

妹は何をしているのだ?


…魔王のところで。


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