第13話
両家は婚約破棄に同意し、正式な婚約破棄の書類に国王がサインをしようとした時だった。
「父上、嫌です…。
私は…、私は…。」
アルフィンが婚約を拒否し、涙を一筋流した。
そして、自らの境遇を悟ったようだった。
「…宰相殿、もう言えなくなってしまう前に聞いていただけないでしょうか。」
王太子殿下の気持ちと、これからを悟った父は、「えぇ。あなたの言葉を聞いておきましょう。」と耳を傾けた。
「私は本当に、心からオフィーリア、いえ、フィアを愛していました。
だから、フィアには幸せになって貰いたいのです。
私ではその役目は果たせそうにありませんので…。
彼女の幸せを心から願っています。」
「殿下、ありがとうございます。
必ず、伝えます。」
その言葉に、「ありがとうございます。」と言い切る前に冷静な表情の王太子に戻った。
側で一部始終を見ていた王妃は息子の運命を不憫に思い、涙した。
「レイファント、お前も辛かったな。」
「サーシア…。
子を持つと人は弱くなるな。
王家の必然を理解してくれてありがとう。」
国王陛下と宰相は、子どもの親として握手をした。
さて、娘にきちんと話さなければ。
恐れ多くも、頭を下げる国王と王妃に一礼し、宰相の執務室へと2人は戻った。
「父上、これで良かったのですよね?」
何かを知っているだろう父の行動に納得しなくてはいけないのかもしれない。
だけど、妹を想うと…。
考えがまとまらないような様子の息子に父は話す。
「ジョシュア、人にはどうしても抗えないこともあるものだ。
国の為にはこの結果が良かったということだ。
穏便に婚約破棄が出来たということで、この件はよしとしよう。」
「はい、肝に銘じておきます。」
「さぁ、ジョシュア。
フィアを甘やかしに帰ろう。」
すぐにでも馬車に乗り込みそうな父を息子は引き留めた。
「いいえ、父上はお仕事を終えてからでしょう?
ですので、フィアのことは私にお任せ下さいね。」
にたりと笑うと妹溺愛のジョシュアは王宮を後にした。
「ふっ。
また負けてしまったな。」
小さい頃、表情も乏しく、自分の息子なのに何を考えているかわからない時があった。
だが、フィアを愛するようになって変わった。
またしてもフィアとの時間を取られてしまったと、父は笑った。
◇
~ダリア公爵家~
兄から先に家に帰るよう言われ、疲れた私はお風呂で癒やされ、騒動を察したパルが準備してくれた甘い香りのオイルに癒やされていた。
やっと婚約破棄できたのよね?
強制力って、これ以上は無いかしら?
今の私に断罪される要素は無いものね。
散々頑張って動いてきたもの。
断罪エンドは回避できたはずよ。
父と兄の帰りを待ちながら過ごしていると、扉がノックされた。
今日一日、ずっと私の為に動いてくれた兄。
「お兄様、おかえりなさいませ。」
「フィア、ただいま。
2人の婚約は正式に破棄となったよ。
国王陛下も了承されてサインを頂いた。
今までよく頑張ったな。」
頭を撫でられ、「子どもじゃありませんわ」と言いながらも、断罪無しの婚約破棄が成功したことに安堵した。
お兄様も優しいお兄様のまま。
妹を殺してしまうような、悲しいことをさせずに済んだ。
胸の奥がジワッと熱くなる。
そして、夜。
仕事を終えて帰ってきた父に皆が呼ばれた。
「お父様、今日はありがとうございました。」
「あぁ、当然のことだ。
王宮での話だが、フィア、お前には少し辛い話かもしれないが、聞けるか?」
「…はい。
大丈夫です。」
私がそう答えると、母が私に寄り添うように横に座ってくれた。
その様子を確認した父が話をしてくれた。
「まずは、今まで公爵家令嬢として、王太子殿下の婚約者という重要な役割を務めてくれて、ありがとう。
私達はお前を誇りに思うよ。」
父の言葉に、本当に終わったんだと感じた。
父は話を続ける。
「このようなことになってしまったのは、聖女の力が関係していると王家も私も考えている。
実は、ジョシュアが帰った後、もう一度レイファントと話をして、王家に伝わる話も詳しく聞いてきた。」
聖女の力という名の強制力。
それから父は王家だけに伝わる書物に記録されている、前回の聖女様の話をしてくれた。
学生時代から付き合いのあった国王陛下に、王族専用の図書館に連れて行ってもらっていた父はその書物を読んだことがあったらしい。
えっと。
…すごいな、お父様。
そこに書かれていた虹色の光。
当時の婚約者と婚約破棄してしまった話。
しかも、当人同士が望んだ婚約だったのに…だなんて。
私は断罪回避のためにこの婚約を望んではいなかったにしても、王太子殿下は私への想いを伝えて下さっていた。
愛も伝わっていた。
だけど、前回と同じようなことが今、王太子殿下に起こっているとのこと。
うわー。
王家に伝わるような重要な書物にまでなってるの?
キミワタっていうゲームの強制力が?
しかも同じような状況なら、その聖女様も何かしらのゲームのヒロインなんだろうな。
難しい顔をしていた私に、「聞くのは嫌か?」と、心配してくれた兄。
「大丈夫ですわ。
少し頭の中で整理していたものですから。」
ゲームの強制力のこと考えてましたなんて言えません。
そして、父の話が続けられた。
「どうやら、その当時の国王陛下と聖女様も突然変わってしまったらしいし、戻ることは無かったらしい。
聖女様と王家の血筋との婚姻が望ましいのではなく、どの時代に現れても同じようになっていることから、運命という必然なのではないかと語り継がれている。
自分たちでは抗えない。
どうしてもこうなってしまう。
それが、この時代にも起きた。
アルフィン殿下がそうなったということは、次期国王は彼だろう。」
優しく私に寄り添っていた母が口を開く。
「それは…。
王太子殿下にとって、心を変えられてしまったという辛いことではないの?」
ゲームの強制力の為に、彼の心が守れなかった。
「レイファントも親として辛そうだった。
私もジョシュアやオフィーリアがもしもそうなれば、とても辛く感じると思う。」
「そうなのね…。
王妃様もお辛いでしょうね。
私、今まで通りお茶会に参加しますわ。
きっとお話相手が必要ですわね。」
お母様、今そこ?!
まぁ、お母様達、とても仲が宜しいものね。
「まぁ、レイファントが言うには辛いことばかりとも言えないと。
運命で結ばれた2人だから、曾祖父と曾祖母は幸せそうだったと前国王が教えてくれたらしい。
…しかし、抗えない運命なんてものが本当にあるのだな。」
父がため息をついた。
しんみりとしてしまった雰囲気。
今、生きている人間なのに、そんなにもゲームって大切なのかしら。
誰よ、こんなことしてるの。
王家に伝わる話が現代でも起こったことに、それぞれが心を痛めていた。
断罪エンドは回避できても、何だか…嫌だな。
皆が何とも言えず黙っていると、「そうだ」と呟き、兄が父に話を促した。
「父上、フィアに王太子殿下の伝言を。」
親として、友として、同じく辛い気持ちでいる父。
ふぅと溜め息をついてから。
「うむ、そうだな。
実は、王太子殿下は話し合い中に一度、以前の気持ちをというか、彼自身を取り戻された。
そして、自分の運命もわかっていらっしゃった。
その上でお前に伝えて欲しいと。
…聞けるか?」
少し驚きはしたが、ちゃんと聞いておくべきこと。
「…はい。
是非、お願いします。」
そして父から話を聞き、アルフィン様が最後に私に伝えてくれた愛と幸せを願う心に涙が溢れた。
「殿下は最後までフィアとの未来を考えて下さっていた。
廃嫡されてもいいと。
レイファントも息子の想いに次の策を考え、ウォイド王子に聖女様との婚姻を持ち掛けようとしていたぐらいだ。
全て、うまく運ぶはずだった。
だけど、あの力が発現しなければ殿下は助かっていなかったかもしれないというのも事実だ。
皆が辛い想いをした。
私たちは、今後、お2人が前回の聖女様達みたいに幸せになってくれることを願おう。」
「はい、お父様。
大切なことを伝えて下さってありがとうございます。
そんな風に想って頂けて、私は幸せ者だったのですね。」
「当たり前だ。
可愛いフィアなのだから。
しばらくゆっくり休むといい。」
父に抱きつき、暫く泣いた。
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