第10話
ついに、この日がやってきた。
朝から甲斐甲斐しく支度をしてくれているパルには何だか申し訳ないな。
「お嬢様、今日もとてもお綺麗ですわ。」と支度してくれても、今日やるべきことを知れば、私のことを想って泣いてしまうかもしれない。
パルの涙には弱いのに…。
「パル、今日は適当でいいわ。」
「何を言っていらっしゃるんですか。
お嬢様をより輝かせることが出来るのは私の特権なんですよ?
さぁ、大人しくしていて下さい。」
パルのお陰で今日も完璧な出来上がりになり、鏡の中の自分に「しっかりするのよ」と言って姿勢を正した。
玄関でお兄様が待ってくれていた。
「おはよう、フィア。
今日はその…大丈夫か?」
誰も信じることが出来ないと、そう不安だったけど、今のお兄様を見たら、私への愛が感じられ、涙が出そうになる。
「つっ、辛いのか?
辞めておくか?」
涙ぐむ私に、慌てる兄。
「ううん。
お兄様が一緒に居て下さること、改めて嬉しいなと噛みしめてしまったの。
大丈夫よ、お兄様。
行きましょう。」
「そうか。
ならいいが。
私はいつだってフィアの味方だ。
それも、とびきり最強の。」
笑顔の兄は私の頭を撫で、馬車にエスコートしてくれた。
父も母もきっと何も言わずとも心配して…、そして、応援してくれている。
私は今日、穏便な婚約破棄に挑まないといけない。
愛する人達を守る為。
そう決意して、足を踏み入れた学院長室。
お兄様が学院長に話し合いの場を申し出てくれていて、そして、恐れ多くも学院長室に通されたのだ。
それは家族での話し合いを終えてから3日後の今日。
学院長室には王太子殿下、そして人目もはばからずに殿下に寄り添うようにいるモモ。
そして、この話し合いに完全にただ巻き込まれただけの哀れなギルバート様。
会わない内に随分と親しくなった様子の2人に、顔が引きつる。
「オフィーリア、久しぶりだね。」
はぁ…。
よく言えたもんだ。
久しぶりだねって言いながら、何故2人は離れないのかしら…。
「…はい。
王太子殿下、ご機嫌麗しく。」
「オフィーリア様、お会いして、そして、お話したかったです!
フィンともオフィーリア様のことを色々と話していましたのよ。」
ニコニコとするモモ。
え、まだ婚約者でも無い、あなたの立場で愛称のフィンって呼んでいいの?
私だってアルフィン様って呼んでいたのに。
まぁ…呼ばないようにしてただけなんだけどね。
それに、私の話って?
どうやって断罪しようかとか?
目をパチクリさせてしまった私。
だけど、そんなモモを窘める様子も、注意する様子も無く、ただ微笑む殿下を目にして、2人の仲を思い知らされた。
私の背後から咳払いをした兄。
「聖女様、いくら聖女様と言え、婚約者がいらっしゃる王族を愛称で呼ぶとはいかがなものでしょうか。」
お兄様が冷たい目線を2人に向けた。
「えっと…。
お兄様、話を聞きましょうよ。」
さりげなく兄を窘めるように隣に立つ。
冷静に…ですわよ、お兄様。
「ジョシュア殿、そう言うな。
それは私が許可している。
モモは何も悪くない。」
ん?
2人以外の人間が固まった。
今、王太子殿下は婚約者を差し置き、聖女との仲を認めたのだろう。
グッと拳に力を入れた兄を制した。
「お兄様っ、大丈夫です。
どうか、収めて下さいまし。
私は王太子殿下の婚約者ではありますが、これまで極力、殿下のことを避けておりましたし、殿下のことをお慕いしておりません。
だから、何も傷つきませんから。」
この状況で強制力の影響を受けなかった兄を心から嬉しく思う。
お兄様は私の味方で居てくれる。
どんなに嬉しいことか。
1歳の私に感謝。
「おにいたま」って無理して呼んだ甲斐があったわ!
そして、何がいけないの?というような2人の顔にさすがに苛立つが、これで私は断罪される前に婚約破棄できる道が見えたと安堵した。
隣でギルバート様もふざけるなというように敵意を表していた。
「お兄様、ギルバート様、収めて下さいってば…。」
私の言葉に、一呼吸し、何とか怒りを抑えた兄が口を開く。
「王太子殿下。
殿下の婚約者の兄として、学院中を駆け巡る噂話に対し、殿下の言い分をお伺いしたく、この場を設けていただきました。
噂話のように、仮にもこの国の貴族の最上位の王族であらせられる王太子殿下は、我が妹との婚約を蔑ろにし、我が公爵家を馬鹿にされているのでしょうか?」
お兄様、直球勝負は辞めて下さいませ。
そんな正論を、この頭がお花畑達にぶつけても、どうせ強制力でどうにかなっちゃうんですってば。
そこで、モモが口を開く。
「ねぇ、フィン。
ジョシュア様がモモの味方をして下さいませんのは怖いです。
誰もがモモの味方のはずなのに。
ジョシュア様、話せばきっと私の存在意味を分かって下さいますわ。
聖女は私ですのよ。
さぁ、ジョシュア様、こちらで私とお話して下さいませ。」
お兄様に近づこうとしたモモ。
これは、さすがに駄目。
本能で感じる。
これでは、強制力で兄までおかしくなってしまうかもしれない。
そんなの、嫌に決まってる。
兄のその手を握ろうとしたモモの前に出て、兄を庇うように立った。
「触らないで下さい!
…私のお兄様には触れないで下さいませ!
お兄様は、私の、私だけの愛するお兄様です。
いくら聖女様であろうと、関係ありません。
大事な兄に触れて頂きたくございません。」
これ、自分がヒロインってことわかっててやってるわね。
聖女の力に自信をつけたのね。
でも、私は家族を守るから。
私はお兄様の前に立ち、自分の気持ちを話すことにした。
決意と共に。
「王太子殿下、モモ様、ご無礼失礼致しました。
ただ、王太子殿下と親しくされているご令嬢が他の男性に触れるのはいかがなものかと、殿下でしたらおわかりですよね?
それに、ご自分の好いた方が他の男性に触れるという嫌な想いを、王太子殿下に感じさせぬよう、動いたまでです。
どうか、お許し下さいませ。」
その言葉に、王太子殿下は何も言えない。
だって、モモを愛しているなら、今の行動は看過できないはずだから。
それなのに、モモは悪びれる様子も無いから、これは…もしかして、王太子ルートじゃなくて、最悪な逆ハーレムルートを狙っているの?
そんなこと、させませんけれどね。
私はヒロインの身勝手さを無視して、本題に話を戻す。
「実は先日、父より王宮でのできごとを聞きました。
モモ様が王太子殿下のお命を聖女の力で救われたとのことも。
婚約者であったとしても、私では何もできませんでした。
そして、その話を聞き、殿下を救う為に聖女の力を発現されるほどの、お2人の愛に感動致しました。
ですから、この場は、とても良い機会ですわ。」
ニコリと微笑み、私の2人を賞賛する言葉に嬉しそうに寄り添い合う彼らに…、王太子殿下に「さよなら」を言う。
「王太子殿下。
私としては表面上だけの婚約者としての、私のこの立場を返上させて頂きたく存じます。
この国の未来は殿下と聖女様、愛し合っておられるお2人が担って行かれるのがよろしいかと。
私としましては、正式には殿下側からの打診にはなるのではと、いつかいつかと待っていましたが、今のこの状況を見ると、周知の事実でございますわね。
王太子殿下、私との婚約破棄をお願い致します。」
私の話を聞いていた兄もギルバート様も、「王太子殿下側で無く、オフィーリアから?」って顔をしていた。
だけど、愛する2人の邪魔をする時間がもったいないじゃない。
早くこの婚約から解放してあげなければいけないものね。
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