第7話

学院中であること無いことの噂話はまだまだ聞こえてくる。

次から次になんて、よく皆様思いつくわね。


まぁ…、お兄様と歩いているとそんな噂聞こえてこないから、兄の睨みが恐ろしいのでしょうね。


「ずっと一緒だったらフィアを守れるのに。」


「ふふっ。

お兄様が守って下さっているということだけで心強いですから。」


「噂話ばかりする奴らに牽制はしておくが、私が一緒じゃないときは、友人達と行動するようにな。」


「はい。

皆様も私の盾になると張り切っておられますわ。

ありがとうございます、お兄様。」


行き帰りは兄と、休憩時間や昼食はギルバート様達と過ごし、だいぶ嫌な噂話を聞かなくていいようになってきた。


だけど、噂話が真実になっていっていると感じる出来事があった。

婚約者である私に優しかった王太子殿下から手紙が届くことがパタリと無くなったのだ。

少なくなったどころではなく。


まぁ、私が数通に一度ぐらいしか返事をしなかったこともあるかもしれないけれど。

それでも優しい言葉で、私の様子を伺う手紙がよく届いていたのに。


王太子殿下からの手紙を大切に扱ってくれていたパルも、「どうかなさったのでしょうか?」と心配していた。

何か状況の変化があったんだ。


そして、再び聞こえてきた新しい噂話。


「王太子殿下は聖女様と恋仲になられた。」

(候補ですけど)

「婚約者様をエスコートされず、聖女様と夜会に参加されていたそうだよ。」

(だって、誕生会じゃなかったから断ったんだもの)

「婚約者様は嫉妬して、学院の中で聖女様にきつく当たってるらしいよ。」

(え?知らないわよ。

話してもいないし。

…そう言えば、この頃はモモさんの視線を感じないな。)

「王太子殿下と昼食も取られていないし。

まぁ、学院に居場所が無くて他の方々と昼食を取られているのでしょうね。」

(ただ食べたい物を食べて、好きな人達と過ごしているだけよ。)

「まぁ、王族と聖女様ですもの、これ以上邪魔されてもねぇ。」

(そうねぇ、それに関しては同意見ですわ。)


王太子殿下と聖女様候補のモモのことに面白いように尾ひれがつき、再び学院中を騒がせていた。

そんな噂話を聞きながら、当事者である彼らのことを想う。


きっと、私がこの世界の悪役令嬢じゃ無ければ、お友達くらいにはなれたのかしら。

2人とも嫌いじゃ無いもの。


王太子殿下の優しい笑顔が思い出された。

モモの一生懸命な可愛らしい笑顔も。


仲が悪かったわけではない。

一方的に私は避けていたけれど、それでも私に愛情を持ってくれていた。

エスコートしてくれる彼に見とれそうになることだってあった。


そして、何故だかモモは、攻略対象者では無い私を推しって言ってくれていたのに。


波風を立たせないように、気をつけて過ごしていたのに。

何が起きているのかしら?

これがゲームの強制力ってことかしら?

恐ろしいように、ゲームの展開通りになっていく私の生きている今のこの世界。


「フィア、大丈夫か?」


「お兄様…。」


「だいぶ噂も減ったと思ったのに、また新しい噂とは、勝手な奴らだな。」


「でも、だいぶ具体的になったような気がします。

それに…、王太子殿下もモモさんも学院をお休みされてますし。

何かあったんでしょうか?」


「それは私も気になっていた。

2人揃って休んだりしているから、妙な噂が立っているんだろうからな。

だが、父上からは何も聞いていないし、2人とも公務があったんだろうとしか推測出来ないな。」


「…そうですね。

何かあったのならお父様が教えて下さるはずですもの。」


聖女様候補のモモはこのところ学院に来ていない。

…そして、王太子殿下も。

王宮で何かあったのだろうか?


そして、不在だった2人が揃って学院に姿を見せたその日、私は決定的な場面に居合わせてしまった。


「先生のところへ課題の提出に行ってから食堂へ行きますので、先に向かわれて下さい。

日替わりランチの注文、私の分までお願いします。

すぐに無くなってしまいますから。」


「オフィーリア様ったら。

わかりました。

お待ちしておりますね。」


提出期限が迫っていた課題を無事に提出し、皆様が待っていてくれる食堂へと足を進めた私が中庭に人の気配を感じ、足を止め、柱の後ろに隠れた。


あれは…。


「モモ。

君の聖女としての力の発現を祝い、お披露目会を開きたいのだが、その時は私にエスコートさせてくれるかい?」


あれって、王太子殿下とモモ?

待って。

え?

聖女としての力?

いつの間に発現していたの?


「私も自分に本当に力があったなんてびっくりしました。

聖女なんて恐れ多いって思っていたし。

でも、それでフィンの怪我を治療できたんですから、嬉しいです。

お披露目会、嬉しいし、楽しみです。

でも、エスコートしていただくのは…、私でよろしいのですか?」


王太子殿下を見つめて、頬を赤らめながら幸せそうに話すモモ。

ゲームのイベントが発生していたのね。

あのスチルか。

2人が話しているのは私の知らない情報ばかりよ。


怪我の治療?

それって、光属性の治癒魔法が使えるようになったってことよね。

お父様から何も聞いていないわ。

お兄様も知らない様子だったし。

まだお披露目前だから箝口令が出ているのかもしれないわね。


きっと、彼女の力について神殿での鑑定が終わったから、お披露目会が決まったのだろう。

王太子殿下が主催されるようね。


だけど、婚約者をエスコートせずにってことは…。

何より、彼女が王太子殿下のことを愛称で呼ぶってことは、そういうことなんだろう。


「モモと私と揃いのデザインでドレスを作らせて貰っても?」


揃いのデザイン…って。

この中庭のシーンもゲームにあったわね。

モモは確実に王太子殿下のルートに進んでいる。


「お揃いですか?

とても嬉しいです。」


微笑み会う2人を目の当たりにし、断罪が計算よりも早く行われるかもしれないと、身震いした。

ちょっと待ってよ。

確か、断罪までにはまだ時間があったはずなのに。

ゲームの通りなら、モモが聖女の力を発現させるまで、あと半年はあったはずだもの。

冬の日に、白い雪と暖かい虹色の光が美しく描かれていたスチルを覚えているもの。


それが、こんなにも早いのだ。

まだ初夏なのに。

私がゲームに逆らうように生きてきたせいで、何かがズレてしまっているのかしら?


でも、そんな要素…。

もしかして、私が王太子殿下を避けていたから、彼の心がいとも簡単にヒロインへと傾いたのかもしれない。

ゲームの中では婚約者として大きな顔をして、王太子殿下のことも愛称で呼んでいたし、何よりいつも一緒に居ようとしていた悪役令嬢オフィーリア。

オフィーリアからの愛情が無かったから、ヒロインが王太子ルートを進めやすくなったのかも。


でも、聖女の力の発現に繋がる暗殺未遂までこんなに早く起きるって…。

何だか、誰かが早く物語を進めようとしているような感じがする。


「早くこちらへ来い。」


あの日聞こえた声を思い出す。

あの声は私がどこかに行くことを望んでいるようなことを言っていた。


早く進んでいく物語。

早くこちらへ来い。

早く…って?


とにかく、聖女の力について、お父様は絶対に知っているはずよ。


私は楽しみにしていた昼食もあまり喉を通らなくて、皆様に心配をかけてしまった。

だって、それどころじゃないもの。

そして、その日の授業を終えると帰宅を急いだ。

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