第6話

状況を把握していても、こちら側からの婚約破棄の可能性も見出せない中、私は攻略対象以外の、ゲームとは全く関係ない人物と交流を持つことができた。


「えっと、なぜ下位の位の者が利用する食堂へ来られたんでしょうか?

護衛も付けていないなんて、万が一の時、誰もお助けできませんよ?

ご自分の立場がわかっておられますか?」


そう話す、同じクラスのギルバート様。

伯爵家の令息であり、貴族社会を苦手としている為、過ごしやすい食堂を利用している彼。


「わかっていますよ。

だけど、ここは皆が学ぶ学院ですわ。

それに私はただ、美味しい物を食べに来ただけですわ。

同じクラスでもありますし、良かったらご一緒にいかがかしら?」


ギルバート様にとって、私への最初の印象は、とても綺麗な公爵家のご令嬢であり、王太子殿下の婚約者として有名だけど、「実のところは何考えてるのかわかんねぇな」ってくらいのだった。

だけど、平民も利用している食堂のメニューを食べて、ブツブツと言っている令嬢。

王太子殿下の婚約者って、食堂を利用したりするのか?と観察していた彼。


「これは…、何か都合良く日本の食べ物だわね。」とか。

「材料とレシピさえあれば、我が家でも作ってみれるかしら。」とか。


私の周りの探るような目も気にせずに、ただただ美味しそうに食べる姿に、ギルバート様も周りの生徒達も、高位貴族令嬢としてではなく、オフィーリア個人と仲良くなりたいと感じ、1人、2人と少しずつ話しかけてくれるようになった。


「オフィーリア様は食べることが好きなんですか?」


美味しい物を研究しながら、あっという間に食べてしまった私にギルバート様は呆れ顔で、でも面白いものを見つけたように笑った。


「ええ、美味しい物は大好きですの。

出来たら、お父様とお母様にも食べて頂きたいので、どうにか家で作れないかなぁと。

それに、こちらの食堂のチケットをたまたま大量に保有しておりますのよ。」

ふふっと微笑みながら答える。


「お家でですか?

オフィーリア様がですの?」


大きな瞳をこれでもかと開け、尋ねてきたのは、男爵令嬢のアミエラ様。

横で子爵令嬢のシェリル様も、「こちらを…、シェフでは無く自らですの?」と驚いている。


「いや、それよりも、何でここのチケットを大量に持っていらっしゃるんですか?

チケットなんて無くとも…。」

ギルバート様の疑問に、「入学祝いとして、お兄様にプレゼントして貰いましたの。」と満面の笑みで返す。


「入学祝い?…お、面白いお兄様なんですね。」とアミエラ様。


話していると楽しくて、兄の抜群のセンスの自慢や、公爵家でのお菓子作りなど、沢山お話しした。

私が夢見ていた、お友達とのランチが叶った。


…この人達に関する記憶は私には無い。

ゲームのプレイ中にも彼らの気配すら感じられない。

何度も読んだ設定の中も名前も無い。

本当に、この世界にだけ存在するんだろう、普通に生きている人達。


ゲームに関係の無い彼らと友人となり、未来を変えようと頑張らないといけない境遇のことも気にせずに、ただ楽しめる時間が私にとってはかけがえのない時間になった。

せっかく学生生活を送れるのであれば、少しだけでも何も考えずに過ごしてみたい。

だって、断罪されたら、そこまでなのだから。

この関係がどうなるのか、元々無い設定だから、未来はわからない。

だけど、それでも、私が断罪されたとしても、きっと彼らは変わらないでいてくれると、そう信頼できる程になっていった。





そんなある日、あの噂の話になった。


「あのさ、前から気になってたんだけどさ。

王太子殿下の婚約者なのに、毎日のように俺達と居てもいいのか?

たまには王太子殿下と…とか無いのか?」


(とっくに敬語じゃないくせに)と思いながらもギルバート様に少し本音を話す。


「えっと、そうね。

今は婚約者だけれども、今後、どうなるのかわからないじゃない。

だって、聖女様候補がいらっしゃるのよ?」


「だけど、正式な婚約を結ばれているんですよね?」


「それはそうだけど。

でも、これまでの王家と聖女様の経緯もあるもの。

婚約破棄も十分にあり得るのよ。

そうなった時、もしかしたら家を追われるようなことがあった時、自分の食事くらいは作れるようになっておきたいのよ。

まぁ、働き口については、王太子妃教育としてマナーを十分に叩き込まれているから、困らないとは思うんだけど。」

自分で言いながらも少しチクリと胸が痛む。


「王太子殿下と聖女様候補の…そのお噂、お聞きになられたのですか?」

アミエラ様が私を気遣ってくれる。


「噂ねぇ…。

噂だけならいいけどさ。」

ギルバート様の眉間に皺が寄る。


「ねぇ。

そんな顔しないでちょうだい。

えぇ、もちろん知ってるわ。

公爵家の情報網を侮らないでね。

ちゃんと、わかっているのよ。」


私の言葉に皆が押し黙る中、シェリル様が口を開く。

「オフィーリア様、私たちはあなた様の味方です。

お辛いことがあったら、いつでも話を聞きますからね。」


そう言うシェリル様の言葉に他の2人も頷いた。

そんな皆様に私は笑顔を作った。


「大丈夫です。

彼女が現れた時から、わかっていたことですから。」


ヒロインはヒロイン。

悪役令嬢は、どう足掻いても、ここまで来たら強制力が働いていると確信しなければならない。

オフィーリアは悪役令嬢として、王太子殿下から婚約破棄をされてしまう。


このように友人達と平和にランチタイムを過ごしていたくても、婚約破棄を受け入れて2人を祝福しようとしても、どうしても、私の役割は悪役令嬢。


学院には、お父様である宰相を疎ましく思う貴族の令息や令嬢も通っている。

まだ断罪されてもいない今でも、そのような貴族側の方々からはあからさまに避けられ、そして、心無い言葉を掛けられる。


「聖女様が可哀想。」

「いくら婚約者と威張っていても、聖女様が1番だと気づかないなんて、頭も悪いのね。」

「王太子殿下が可哀想。

さっさと聖女様と結ばれたいだろうに、あいつが邪魔しているんだろう?」

「立場をわきまえれば、こんな風に平気そうに授業も受けられないだろうに。

家の恥さらしだよな。」


聞こえてくる、謂れも無い、そして、私以外の家族も傷つける言葉。

私だって好きで婚約者になっていないわ。

聖女様が王太子殿下に相応しいのだって知っている。

自分の立場欲しさに横柄に振る舞ってもいないもの。

だけど、噂話が好きな学生達の口を封じることは出来ない。


「大丈夫。

こんなの気にするな。」


「言わせておいたらいいんですのよ。

だって、1つも正解じゃ無いですもの。」


「私達が盾になりますから、今まで通り、食堂でランチしましょうね。」


友人達の言葉に、つい気が緩み、溢れる涙。

私だって婚約者になりたくなかった。

私だって自分の置かれている立場はわかっている。

私だって聖女様候補の彼女の重要性もわかっている。

私だって…。


気遣ってくれる友人に申し訳なく思い、そして、何も出来ない自分に不甲斐なさを感じた。

家に帰り、疲れた身体でリビングに進むと、私よりも先に帰宅していた兄に体調を心配されてしまった。


「…お兄様。」


「どうした?」


「私、もう婚約など破棄してしまいたいです。」


兄に初めて弱音を吐いてしまった夜だった。

兄は疲れている妹を抱きしめてくれた。


「お前が傷つかない方法で婚約破棄できるよう、父上と相談するから、今日はもう休め。

フィアは友人と楽しく過ごしていたら、それでいい。」


兄の優しさが嬉しかった。


「お兄様、大好きです。

ありがとうございます。」


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