第5話
◇
《アルフィン視点》
王太子アルフィンは王宮の執務室で王太子としての職務をこなしていた。
次期国王と指名され、王太子となった時から様々なことを勉強し、少しずつ政務にも関わるようになっていた。
一通りの書類に目を通し、決裁を終えて一息つく。
「殿下。」
そこへ側近が帰ってきた。
婚約者であるオフィーリアに対し、入学のお祝いを兼ねたお茶会の誘いを出していたので、その返事をもらったのだろう。
「これを。」
「ご苦労。」
オフィーリアの美しい文字で書かれた返事は、いつも通りだった。
「…また、断られてしまった。」
これまで何度誘っても、王族の誕生会という大事な夜会以外は誘いに応じてくれたことが無い。
…婚約者なのにな。
それに、彼女が入学したら毎日のように会えると思って浮き足立っていたが、未だ彼女に会えていない。
話せていない。
彼女のいる1年生のクラスに行けば会える。
何か用事を作ってでも…いや、顔を見に来たと言って会いに行くこともできる。
だが、あのクラスには聖女候補であるモモもいる。
周りは多くの貴族令息や令嬢達も。
私が会いに行ったとて、周りの目は王太子と婚約者と聖女候補という並びを面白おかしく噂することだろう。
まるで、今の王宮で起こっている大人達の権力争いのように。
そんな噂で彼女を傷つけることは出来ない。
…会いに行かない方がいいだろうな。
だからこそ、私的な場でのかしこまっていないお茶に誘ったのに…。
君にとっては婚約者である私はそれぐらいの存在なのか。
権力をかざすわけではないけれど、普通の貴族なら断るという考えさえ持たないような王族からの誘いをいとも簡単に断るなど。
私はこんなにも君を愛しく想うのに、君は会いたいとも思ってくれないのか。
幼い頃に出会った婚約者。
幼いあの日、婚約者候補として紹介された宰相が溺愛していると噂の令嬢。
どうせ政略結婚になるし、顔だけ合わせて、すぐに鍛錬に戻ろうと思っていた。
だけど、厳格な宰相である父に連れられて、父のその手をギュッと握っている少女を見た時、今までに感じたことの無い感情が芽生えた。
とても、可愛い。
どうやら、これが顔合わせだと言うことを聞いていなかったのであろう少女。
ふいに、「悪役令嬢」なる不可解な言葉を発し、何かを考え込むその姿さえ可愛らしい。
私は何とも言えないむずがゆい気持ちを隠し、出来る限りの笑顔で彼女に挨拶をした。
そして、彼女も私への挨拶をしてくれた。
この顔合わせに少し納得していないような、それでも、必死に言葉を紡ぐ様子と、その可愛らしい少女が可愛くて、私は彼女に一目惚れしてしまった。
側に仕えていた従者も後で、「あんなに嬉しそうな殿下の笑顔を見られるなんて、少し驚きましたよ。…まぁ、宰相殿は手強そうですが。」と言われるぐらい、私は今までの嘘の笑顔では無く、心から彼女に笑いかけたのだった。
だけど、父上から聞かされたのは、宰相側の婚約拒否。
何でも、「私には王太子妃など務まらない」と言う彼女の意思を尊重したと。
だけど、私とて初めて自分から好意を抱いた彼女を諦めたくは無かった。
「父上、私はオフィーリア嬢以外に婚約者にしたい女性はいません。」
国王である父に素直に気持ちを話し、彼女を切望した。
国王は、そんな風に自分の意思を示すことが無かった息子の初めての願いに、何度も宰相に打診し、断られ続け、最終的には王命としての婚約を取り付けた。
王命として強要するようなことをしなければ彼女を婚約者に出来ないのかな?と、いささか罪悪感はあったけれど、でも、初めて叶えられた願いに浮かれていた。
だけどその後、婚約者である彼女に誘いを断られ続けている。
通常は王宮で行われる王太子妃教育も体調が万全では無いので馬車に乗って来られないということで、例外的に公爵家で教育を受けているという。
王宮に来てくれたら、勉強で疲れた彼女に甘いお菓子でも渡そうと考えていたのに、それも出来ない。
それに、私との婚約を歓迎していない彼女の父である宰相とそのご子息に至っては、私からの誘いを彼女に伝える前に断ってきたりと、妨害までされている。
…不敬に当たりそうなことだけどな。
彼女を溺愛している父と兄は手強かった。
それでも、王族の誕生会という公的な夜会には参加してくれて、エスコートは私の役目だった。
年に数回会える彼女。
見る度に美しくなっていき、煌びやかなドレスも宝石も彼女の美貌に霞んでしまうほどだった。
次はドレスを贈らせて欲しいという言葉に微笑んだ彼女。
そんな彼女に毎回惚れ直している。
彼女に気持ちを伝える為に定期的に様子を伺う手紙を書いていた。
贈ると約束したドレスについてとか、君に会いたいとか、部下には絶対に見られたくないような言葉を綴る。
彼女からも5通に1通くらいは返事が届く。
内容は私の手紙とは多少温度差があるものの、私の宝物だ。
「お返事が届くだけ良かったじゃないですか。」
「そうだな。
まぁ、相変わらず会うことは断られているがな。
変な噂が立たないよう、オフィーリアと聖女候補を頼む。」
私は会いに行きたい気持ちを抑え、彼女の学院での生活を優先した。
なのにだ。
婚約者との逢瀬は叶わないのに、聖女様候補といわれる彼女との公務はこなさなければいけなかった。
それに、彼女は異世界から来て身寄りも無いので、王宮の客室に滞在している。
同じ王宮に住んでいるのだから、会う必要も無いのに、顔を合わせてしまう。
「王太子殿下、おはようございます。」
「あぁ、おはよう。」
興味も無い女性と挨拶だとしても話をするなんて、苦痛だな。
嘘の笑顔も貼り付けないといけないし。
朝の挨拶を思い出すと憂鬱になる。
挨拶だけでも億劫なのに、公務も一緒に行うこともあり、顔を合わせる機会も増える。
「殿下、聖女様候補のモモ様との打ち合わせをお願いします。」
「わかった。
たしか、次の式典の準備だったな。」
愛しいオフィーリア以外はどうでも良かったが、聖女様候補となると周りも騒がしくなる。
私は聖女様候補の彼女と結ばれることを否定していた。
それが認められないなら廃嫡も目論んでいたが、現状の王家側の貴族としては聖女との婚姻をという声が多いのも知っているから、穏便に今をやり過ごすしかできない。
何故、オフィーリア以外と結婚しなければいけないのか。
王太子を返上しても、オフィーリアとの未来を選びたいのに。
何故、誰も私の気持ちは尊重してくれないんだろう。
「疲れた。」と言う言葉と共に吐き出した王太子殿下の溜め息も、静かな夜に消えた。
◇
《この世界の外で》
だけど、ゲームの為に動く彼女の策略には誰も抗えない。
「この世界の王となる者と聖女が結ばれるのは必然なのよ。
そうしないと、この世界の均衡が保てない。
滅んじゃうのよ。
婚約破棄されて、傷つく悪役令嬢を癒やして甘やかして、堕落させるのは…あの人だもの。
…約束もしちゃったし。
悪役令嬢のことを好きな王太子には辛い役割をさせてしまうけれど、この世界を保つには必要なことだからね。
だって、それがこの世界のハッピーエンドだから。」
「エイエイオーッ!」やる気満々のかけ声が聞こえてきそうな勢い。
オフィーリアが感じた違和感。
シークレットキャラの存在。
ゲームの強制力。
全てが整っていくように仕向けられていた。
そして、その全てを見守る人の姿もあった。
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