第2話

この世界にヒロインが現れてから1週間後。

私は入学式の日を迎えた。

その日、私は朝から完璧に支度してくれたパルに感謝を伝え、お兄様と共に馬車に乗り込んだ。


「今日から一緒に通えるなんて、とても嬉しいよ。

あぁ、そうだ。

ランチも一緒にとるか?

…まぁ、私は研究室で軽く済ませたりするが、フィアも一緒に…。」


溺愛する妹の入学に、ずっとソワソワと落ち着かず、浮き足立っていた兄。

一緒に通えるのは私も嬉しいけれど、ランチまでっていうのは少し溺愛し過ぎよ、お兄様。


「あの、お兄様の貴重なお勉強の時間を邪魔なんて出来ませんわ。

それに、ランチを共に出来るようなお友達を作れるように、人脈も広げたいんです。」

にこりと笑い、兄の誘いをやんわりと断った。


「お兄様、研究ばかりされているのは知っていますが、美味しい物を食べることも身体には大切ですよ。

だから、たまには食堂で一緒に食べましょうね。」


少し悲しい顔になった兄をすかさずフォローしていると、学院に着いた。


「フィア、新入生はあっちの建物だよ。

私はこちらの建物になるが、何かあればすぐに知らせてくれ。」


「はい、ありがとうございます。

お兄様もお気をつけて。

帰りに、またこちらで。」


あからさまに機嫌のいい兄を見送り、入学式の会場を目指していた。

私達の学び舎はここで、入学式の会場はあっちねと考えながら歩いていると、後ろで声がした。


「…えっ、あっ、痛っ!」

その声に反応して振り向く私の目に映った少女は、私がこの世界にいる意味を…、彼女の意図とは関係なく、ずんと暗くさせている存在のヒロイン・モモだった。


あぁ、こんな顔だったような気がするわね。

キミワタのヒロイン。

こんな出会いだったのかはゲームでは描かれていなかったが、攻略対象者とだけではなくて、実際は聖女と悪役令嬢が出会う場面もあったはずよね。


正直、かなーーーーーり、関わりたくは無い。

でも、見過ごすことは…、公爵家令嬢としてそんなこと出来ないわね。

次の瞬間、私は躓いて転んだ彼女に駆け寄っていた。


「あなた、どうかしましたの?

どこか痛めたのかしら?」


女でも惚れるような澄んだオリーブ色の可愛らしい大きな目で私を見つめるモモ。


「…えっと。

あの…、すみません、私が至らないばっかりに…。

ちょっとまだこの世界のこと、わからなくて…。

初めて見る美しい建物で…。

周りばかりに見とれていたら、恥ずかしい…。

こけちゃった…。」


え?

あのゲームのモモって、こんなにも可愛らしかったっけ?


「あの…。

すみません、お手を煩わせてしまって…。

って、えっ?!

おっ、オフィーリア様?!」


あきらかに私を見てからの行動が…うん、周りから見たら、悪役令嬢がヒロインを虐める図よね。

それに、もしかして、モモは私を知っているの?

だとしたら彼女はこのゲームをプレイしたことがあるようね。


「…えっと、あの、転んだってことだけど、足は大丈夫?」


虐めてませんわよと、周りにアピールする。

あたふたしている彼女に質問を投げかけるが、彼女は聞いていないみたい。


「やだ。

接近したらヤバくない?

っていうか、私なんかが話してもいいのかな?

っていうかさ!

本物よ!

生きていらっしゃるわ。

お話ししてらっしゃるわ。

推しが可愛過ぎだし、お美し過ぎてて、顔面最強じゃん!

無理!」


早口でブツブツと何か言っていて、彼女は落ち着かない。


今、推しって言った?

モモの推しがここにいるの?

周りを見渡してみても、王太子殿下は見当たらないけれど。


この状況、私だってどうしたらいいかわかんないわよ。

だって、目の前にいる可愛らしいヒロインって、この後、私の婚約者の王太子殿下を…。

逆ハーレムルートを目指すんだったら、王太子殿下以外の攻略者も次々と…だよね。


というか、私としては幼い頃よりの婚約者を懐柔されちゃって、婚約破棄される未来が待っている。

そして、愛するお兄様も私よりも、このポッと出の彼女が大切になるゾッとすることが起きるという未来が来るのかもしれない。

(溺愛されてる自覚はあるけど、こればっかりはわからないからね。)

だって、どんなに抗っても、物語のヒロインは私の目の前に現れてしまったのだから。


何か小さく話し続けているモモは私の話が聞こえていない様子。

もう一度、声をかけてみる。


「あの、話、聞いていらっしゃいますか?

まぁ、大丈夫なのでしたら私はこれで。

転ばないように、今度からは前をちゃんと向いて歩いてちょうだい。

次も私が手を差し伸べられるとは限らないのだから。

ほら、ちゃんと立って下さいまし。」


関わらないようにしなければと、精一杯の冷たい態度をとり、淑女にあるまじき汚れた手足をハンカチで払いながら、彼女の可愛らしさに、ついほだされた形での初対面を果たした。


あ、そうだ。

淑女としてはちゃんと名乗っておかないとね。


「私はダリア公爵家のオフィーリアでございます。

間違っていなければ、聖女候補者様…ですよね?

父より、お噂はお聞きしております。

お目にかかれて光栄に存じます。」


自己紹介はきちんとしなければならないわね。


「きゃあっ!

オフィーリア様が、私に挨拶なんてっ!」


だから、虐めているように見えるから、挙動不審な行動をしないでよ…。

私も自己紹介しているんだから、された側も自己紹介しなさいってば。

口に手を当てて、何かアワアワしている彼女。

それなら、こちらが勝手に挨拶したという形でこの場を収めないとね。


「失礼ながら、モモ様でいらっしゃいますか?」


周りからは、「うわぁ~、オフィーリア様があんなに下手に出てるのに、挨拶もまだだよ。」とか、「名前も名乗れないの?」とか。


あぁ、もう!

…ふぅ。

ため息をついた後、周りに向けて話した。


「皆様、この方は聖女様候補ですのよ。

1週間前に異世界よりこちらに来られたばかりと、先日、王宮から発表があったでしょう?

困っていらっしゃことがあれば、優しく教えて差し上げるのも私達の務めです。」


私の言葉に騒ぎが収まった。


「…あっ、名乗るのが遅れてしまい、ごめんなさい。

私は立花萌々です。

モモと呼んで下さい。

あの、オフィーリア様、庇ってまで下さって、本当にありがとうございます。」


そう言って笑った顔はさすがヒロイン。

私でも惚れてしまうって。

だけど、あなたのゲームの世界の悪役令嬢という、その役目を果たすことが出来なくてごめんなさいね。


その後、王家から付けられた従者に呼ばれた彼女は、ペコペコとこちらへ頭を下げながら、最後まで慌ただしくその場を去って行った。


あれでいいのかしら?





夜、自室にて今日の出会いを思い出す。

そして噂する周りの生徒達のことも。


「…ねぇ、パル、人の悪意とか私には難しいことだわ。」


「それはそうですとも。

お嬢様には悪意なんてとんでもないし、抱くことすら難しいのではないでしょうか。」

パルはお見通しのようだった。


私が断罪される原因となる彼女との出会いに身構えてはいたけれど、でも、今は憎いとも妬ましいとも何とも思わなかったわ。

…悪役令嬢では無くなったってことかしら?

そうだったらいいのになぁと考えながら、家族が待つダイニングへと移動し、入学のお祝いをして貰った。





「フィア、入学おめでとう。

これは私から。」

父から兄と揃いの懐中時計を貰った。


「お兄様と色違いなんて嬉しいですわ。

時間を確認する時だけでは勿体なくて、いつも見てしまいそうです。

ありがとうございます、お父様。」

満足げな父と、私と持ち物がお揃いになって嬉しい兄。


「私からはお化粧品のセットよ。

これから、もっと美しい淑女になる為に、お肌も綺麗に整えるのも嗜みよ。

私が使い方を教えてあげるわね。」


「お母様と同じ物…、嬉しい。

お母様のような肌を保つ為、頑張りますわ。

教えて頂けるのもとても嬉しいです。

ありがとうございます。」

母と同じ大人の女性同士になったようで、くすぐったかった。


そして、兄。


「…父上も母上も凝り過ぎです。

ごめん、フィア。

フィアが1番使う物は何かと考えたのだが、女性の好みなど全く検討もつかなくてな…。

私からはこれだ。」


差し出された封筒。


「これは?」


明けてみると、学院の食堂のチケットの束がいくつも。


「友達と食べたいと言っていただろう?

急いで買いに行ったんだ。

…洒落た物じゃなくて悪いな。」


自分にはセンスが無いと項垂れる兄に、私は感謝を伝えた。


「お兄様、とてもとても嬉しいです。

今朝話したことなのに、すぐに準備して下さって…。

私のことを考えて下さり、ありがとうございます。

私、食べることが大好きですし、お友達との時間も、お兄様との時間も楽しみです。

ありがとうござます!」


息子のプレゼントのセンスに少々驚いた両親だったが、私がとても喜んでいるからいいかと、微笑ましく見て下さっていた。


あの悪役令嬢には贈られることの無かったプレゼント。

父の2人の子ども達への愛が詰まった懐中時計も。

こうやって生きてくれている母との女性同士の時間も。

妹の好みを一生懸命考えてくれる兄の驚きのプレゼントも。

ゲームのオフィーリアと私は違うと実感した。

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