第2章 ヒロインと悪役令嬢 第1話

正式に婚約して、有無を言わさずに強制的に行われた王太子妃教育は受けていたが、その教育は公爵家で受けていたので、私が王宮に行くことは無く、自然と王太子殿下のことを避けていた。

未来のためにも、積極的に関わりを持たないようにしないと。

ゲームの悪役令嬢みたいに、強制力とか何とかで、うっかり好きになってしまうかもしれないものね。


ただ、王族の皆様のお誕生日の際には断ることが出来ない状況だったから、お祝いの夜会にはお父様とお兄様と共に参加した。

国王陛下や王妃様のお祝いに仮にも王太子の婚約者である私が出席しないのは、宰相であるお父様のお立場もあるから、それは仕方ないこと。

当然、会場でのエスコートは婚約者である王太子殿下であった。


「今日も可愛いね。

オフィーリア嬢には淡い色が似合うんだな。

あのさ、次の私の誕生会の為に、君に似合うドレスを贈らせてね。」

幾分か大人になられた王太子殿下の微笑みに、照れそうになるのを隠しながら答える。


「えぇ。

ドレス、楽しみにしていますね。

それであの、殿下…。」


「アルフィンでいいって言っているじゃないか。

呼んでみてよ。」


そのお顔で頼み事なんてされたら、心臓に悪いのよ…。


「ですが…。」


「いいから、ね?」


さすがメインキャラね。

キラキラと輝いて見えちゃう。


「…アルフィン様。」


私の言葉に大満足という表情をされた。

だけど、絆されるわけにはいかないのよ。


「あの、アルフィン様。

あちらにご挨拶なさりたい方が列を作っていらっしゃいます。

私は国王陛下にご挨拶したら帰りますので、アルフィン様は皆様のお話を聞かれた方がよいかと。

侯爵夫人からも挨拶は大切と聞いております。

今日はエスコートして頂き、ありがとうございました。」


「え?

でもまだ…。」


私の腕を掴もうとした手をスルリと抜け、私はその場を後にする。

とても不満そうだったけれど、王太子殿下はすぐに人の群れの中に引き込まれてしまっていた。


とてもじゃないけれど、彼と隣だって挨拶なんてできないわ。

大々的に婚約者ですと貴族の皆様に紹介されるわけにはいかないのよ。

…囮にしてごめんなさい。


王太子殿下との結婚は、どうにか避けたくて行動していた。

まだ婚約だから何とかならないかな?





頑なに誕生日会以外に交流を持たない私に対して、こんなにも不敬を働いているのに、王太子殿下からは定期的に私への恋文らしきものが届いている。


「お嬢様…。

ちゃんとお返事をされた方が…。」

学院に入学する為に私専属メイドとなったパルは王家の蜜蝋が押された書状を握っている。


「だって、私は王太子殿下にはふさわしくないし、そもそも嫁ぐつもりもないし。」


「そんな風に王族をあしらわれるのはお嬢様だけです」と、ブツブツと言いながらも、これまで届いた手紙を収めている箱に入れるパル。


「わかったわよ。

季節のご挨拶ぐらいなら書けるわ。

レターセットをちょうだい。」


彼からの手紙のように愛しいという気持ちを返すことは出来ないけれど、私なりに言葉を紡ぎ、毎回では無いけれど無礼にならない程度に返事は返していた。


どうして、こんなに恥ずかしくなるくらいに甘い言葉が書けるのかしら?

愛しているだの、幸せ者だのって…そんなの今だけよ。

だって、まだ彼は真実の愛に出会っていないから…。

彼とヒロインが出会うゲームの舞台は学院。

16歳になる私は、この春から1つ上の王太子殿下(お兄様は2学年上ですわ)を追うように学院へ通うようになっている。


ということは…。

もうすぐなんだな。

ついにきたのね。

ついに、ヒロインがこの世界に転移して来る。

異世界転移者として、そして聖女様となるヒロインも私と同じ学年という設定。

彼女は日本からこの世界に転移し、いずれ光属性の聖女の力を発現させる。

そして、全ての者から賞賛されるのだ。

本当にヒロインだけが幸せいっぱいのゲームなのよね。


私も貴族の血を引いているので、一般の人よりも魔力はある。

学院では魔力についても学ぶ。

まぁ、私の魔力なんて、聖女様とは全然比べものにもならない程の力だけど。


聖女様は身分を問わず、とても貴重な存在であり、未来の国母になれる。

国母になれるというよりは、この世界の中で最大限の治癒力を使える聖女が現れた場合、王家の血筋との婚姻が求められることから、必然的にその代の王妃へとなるはずだから。

お兄様はそういった文献を読むのが好きで、私にも教えてくれたことがあった。


だから、聖女が現れてしまえば、王太子殿下と私は釣り合わないということだ。

王太子殿下はヒロインである聖女と…。

まぁ、今までもできるだけ避けてきて、うっかり好きにならないように気をつけて、後々傷つかないようにしてきたもの。

彼がヒロインと結ばれるのは歓迎するけど、ゲームみたいな断罪をされないことを願うわ。


キミワタノートを読み返しながら、私はゲームが本格的に始まる、あの学院へ通う覚悟を決めていた。





その日は入学準備を進めながら、聖女様に王太子殿下は差し上げますので、どうか穏便にっ!と祈っていた入学式の一週間前の夜だった。


「ジョシュア、フィア、話がある。」

王宮から帰ってきた父に呼ばれた。


「父上、そんなに慌てて、どうされたのですか?」


「まぁ、お父様。

はい、お水をどうぞ。」


ありがとうと水を一気に飲み干した父。

余程、急いで帰って来られたんだろう。

1度深呼吸し、咳払いをしてから話し始めた父。


「まだ正式に発表はされていないが、今朝、王宮裏の森で女性が発見された。」


「「え?」」


…ついに、来たのね。

ゴクリと息をのんだ。


「父上、その方って…。」


「その女性が発見される少し前に、とても強い光に森が包まれたそうだ。

彼女はまだ戸惑っているそうだが、聖女の文献によく似た状況だ。

自分は「タチバナモモ・立花萌々」という日本人だと言っているそうだ。

(そりゃ日本人よね。

だって、ここ、日本のゲームの世界ですもの)

服装も見たことも無い衣服らしい。

(あんな短いスカートはこの世界にありませんものね。

いっそのこと流行らせようかしら。)

王家としては、聖女が現れたと考えている。

だが、まだ力を確認していない為、聖女という確定では無いので聖女様候補だが、急いで王宮で調査をしているところだ。

調査が終わり次第、このことは近日中に発表される。」


「聖女って伝説では無かったんですね。

文献で読んでも実感が無かったものですから…伝説か何かと。」

兄が信じられないというように呟いた。


「あぁ。

実際に3代前の王妃様もそのように現れたそうだから、伝説ではないんだ。

…ただ、今のこの時代に現れたとなると。」


2人の視線が私へ向かう。


「父上、私が読んだ文献では、聖女は王族との婚姻をすることが慣例となっていました。

しかも、国王陛下になられるような王族に。

その場合、フィアとの婚約は…。」

私を気遣うお兄様。


「お兄様、お気遣い頂き、ありがとうございます。

でも、王太子殿下との婚約が無かったことになるのでしたら、お父様もお兄様も喜ばしいことでは?

…まぁ、公爵家としては王家に嫁いだ方が良かったのかもしれませんが。」

あっさりと受け入れている私に驚いた父と兄。


「私としては、そもそも婚約自体を回避したかったのだが上手くいかなかった。

それに、仕方なくでも婚約してしまった以上、王家を取り巻く状況が変わってしまったことで、愛しい娘が傷つくのは見たくない。

だが、お前は厳しい王太子妃教育も文句も言わず立派にやり遂げたのに、今更だなんて。

だから…。」


「お父様、教育は楽しかったですし、未来の為の教養になりましたわ。

そして、王太子殿下とは必要以上の交流を避けてましたし、形式以上の感情はありませんので、傷つくなんてありませんわ。」


兄も続ける。

「それでもさ。

どうにか婚約を無かったことにさせられないかと、学院でも策略を練っていた程、望まない婚約だが、聖女が現れたからって、こうもあっさりされると…。」


私が頑張ってきたことを知っている家族が私の心配をしてくれる。

兄は妹を蔑ろにされているようで悔しいのだろう。


「策略って、お兄様…。

でも、私のことを心配して下さり、ありがとうございます。

今まで王太子殿下にはよくして頂いておりましたが、この状況ですもの。

全然大丈夫ですわ。

お幸せになられることを願いますわ。」


だって、そういうストーリーだしねと頭の中で王太子ルートの幸せそうなスチルを思い出す。


「ふはっ。

こうもあっさりしていると、健気に手紙を出し続けている王太子殿下も不憫だな。」


「もう、お兄様ったら。

笑わないで下さいませ。」


シリアスな話の最中なのに、平気そうに兄とじゃれ合う私を見て、父は少し安堵したのだろう。


「話を戻すとだな。

今後どうなるのか、このまま聖女認定されるのか。

これからの動きを観察するとしよう。

フィア、彼女もお前と同じ年齢だそうだ。

この世界に慣れる為にも、フィアと同じ学年の生徒として入学してくる。

特段接触することは無いと思うが、もしも何かあれば、私達に必ず言うように。」


「はい、お父様。

王太子殿下とも今まで通り、距離を取っておきますわね。」


ニコリと笑う私に、また兄が吹き出した。

この兄がどうか変わりませんように。





部屋に戻り、意図せず跳ね上がっていた心拍数。

覚悟していたはずなのに、実際に現れたと聞くとこんなにも不安になるのね。

息を吐いて、心を落ち着かせる。


とうとう、ゲームのヒロインが現れたんだ。

彼の私への執着心もそこまで。

そこまで…なんだよね。


「だから、好きになりたくなくて会わなかったから。

これできっと、私の心は守れるかな。」


悪役令嬢になりませんようにと、強制力への不安を胸に、入学準備を進めた。


その時、扉を叩く音がした。

「フィア、私よ。」

そこにはお母様がいらした。


「お母様?

どうされたんですか?」


「えぇ。

外出から帰ってから、お父様から聖女様になるかもしれない女性のこと、聞いたわ。

少しだけいいかしら?」


私のことを心配して尋ねてきてくれた母。

2人分のお茶を用意して、パルが下がった。


「ねぇフィア、あなた無理していない?」


「無理…ですか?」


「えぇ。

あなたが避けていたとはいえ、幼い頃より知っている婚約者とのことよ。

慣例とはいえ、言ってしまえば、後から来た知らない女性に横取りされるってことでしょう?

世間はそのように見ると思うし、辛い思いをするかもしれないわ。」


娘の今後をこんなにも心配してくれている。

ゲームの設定では、今、この瞬間に存在していなかった母。

こんな風に優しくされたことが無い、悪役令嬢オフィーリア。


ゲームの彼女を想うと、とても悲しくなる。

そして、今の私はこんなにも幸せ者だ。


「お母様。」

私を真っ直ぐに見つめている母。

そんな母にもまだ私は自分が前世持ちだとは言えず、ただ、少し簡単に話した。


「実は少し予感していたところがあって、婚約に乗り気では無かったのです。

この婚約は上手くいかないだろうと、幼心に不思議と感じていました。

だから、そのように行動し、王太子殿下には申し訳ないほど、避けてしまっていました。」


「…そう。

フィアにはそんな不思議なところが昔からあるものね。

あなたがそういう風に不安に感じていたのなら、そうなるのかもしれないわね。」


私が話すこと以上に詳しく聞き出すこともせずに、私を信頼してくれている母に涙が出る。


「何も相談せずに、婚約者に会いたくないなどと我が儘ばかり言って、本当にごめんなさい。」

でも、まだこれ以上は話せない。

そんな私の様子を見守り、抱きしめてくれる母。


「いいのよ。

結局、不安が当たってしまったんだもの。

…まぁ、王太子殿下はあなたのことをとても好いていらっしゃるから、どうにかされるかもしれないし。

あの方のフィアを想って下さる気持ちだけは、私は信じているのよ。

まだ今後は決まってはいないけれど、あなたはあなたが思うようになさい。」


母の十分すぎる優しさに触れ、私は少し不安が晴れた。

きっと、断罪エンドも回避できるはずよ。

これからも、家族の幸せを守るように行動しようと、久しぶりに一緒に寝た母の腕の中で思った。

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