第6話
侯爵令嬢としての教養の授業を終えて、部屋に戻り、こっそりとまたノートを取り出す。
そして、これまで書き記した一通りの回避ポイントを思い返してみて、改めて考える。
何故、突如として、こうしたらこのような未来があるよと頭に浮かぶのか…。
直面していたあの頃はわからなかったけれど、こうやって前世と繋げて思い返してみると、幼い頃から私は自分の行動を断罪の無い、私にとって良い方向へと制してきたのね。
ことある度に鮮明に未来が見えて、現状のままでは最悪の事態に陥ってしまう危機を感じ、断罪されない未来への対策を無意識にとってきた。
だけど、キミワタの世界(ダサいサブタイトルは記憶から消しましたわ)の悪役令嬢への避けられない未来があるのかもしれない。
婚約者候補を避けられなかったように…。
でも、悪いことしないように行動してきたよね?!
それでも婚約者候補となって、きっと正式な婚約者となる未来になってしまった。
そこにはゲームとしての強制力というのが働くのかもしれない。
でもさ、私、王太子殿下とも極力、交流してこなかったよ?
それでも、どうしても婚約者になって、ヒロインに嫉妬するようになって、断罪されちゃうのかな?
そう考えると、自分の未来が怖い。
自分が対応できないことが起きたら、どうしたらいいんだろう。
これって、今から本気で断罪後の修道院を調べて、どうにか人としての暮らしを過ごせるように先回りした方がいいのかな?
この時代に、施設のパンフレットとかあるのかしら?
でも、何もしていないのに、家族と離ればなれになるのは…。
ううん、私だけなら耐えられる。
悪役令嬢としての未来もどうにか受け止められる。
だけど、何の罪も無い、大好きな家族が私のせいで…罪を着せられるのは本当に嫌だ。
今は婚約者候補ではあるけれど、そこにゲームに強制力があるのであれば婚約もそろそろだろうな。
でも、婚約破棄…か。
もしも婚約者となってしまったら、どうにかして穏便に婚約破棄して頂いて、目立たず、ただ穏やかに過ごせるかな?
私は次の課題に頭を悩ませた。
私に今できるのは、取りあえずは必然的なデビュタント以外の社交をしないこと。
婚約者候補として正式にお披露目なんかされたくないもの。
だから、面倒だった夜会などの公爵令嬢としての公の場も、殿下に誘われるお茶会も体調不良(設定だけれど)としてお断りして、私は身を隠した。
そのうちに、王太子殿下の婚約者候補はいないのかと噂もたったほど。
今考えて見ると、私以外に候補がいないのは、私が婚約者になるって決まっていたから?
拒否権無いのはさすがに引くなぁ。
婚約者なんて、なりたい人がなればいいのに。
どうか、目に止らないでよ!と願った。
そう…願っただけよ。
だけど、その日はやってきてしまった。
あれほどまでに娘を溺愛していたお父様でも断れなかったのだろう。
夕食後、お兄様と私は父の部屋に呼ばれた。
「ジョシュアも聞いてくれ。
そして、フィア。
私もフィアの気持ちを蔑ろにできないとずっと拒否していたが、ついに王命とのことで、どうしようもなくなった。
あらゆる手を尽くしたのに、こんなはずでは…。」
あらゆるって、聞いちゃいけないような気がするのは、気のせいってことで。
でも、どうして王族の皆様は私を気に入って下さっているのかわからない。
そして、どんなに頑なに拒んでも、やっぱり婚約は避けられなかったんだと思った。
「実は今日、正式にアルフィン王太子殿下とフィアの婚約が結ばれたんだ。」
そう告げた後、今にも泣き出しそうなお父様。
お父様が泣かないでよ。
泣きたいのは私なのに。
だけど、受け入れるしかない。
「…かしこまりました。」
涙を堪えるので…、不安を抑えるので必死だった。
こうなることはちゃんとわかっていた。
だって、そうならなければゲームは始まらないもの。
わかってはいたけれど、途端に押し寄せる不安。
お兄様は初めて取り乱した姿を私達に見せた。
「父上っ!
フィアの気持ちを尊重するという話だったのでは無かったのですか!
フィアが嫁ぎたく無いと言っているのに、あんまりです。
結婚なんてせずとも、私が養うとお伝えしたじゃないですか!」
「お、お兄様…。」
そんな先のことまで考えて下さっていたのね…。
だけど、無理なのよ。
「ジョシュア、オフィーリア。
王家の決断に逆らえる程の貴族はこの国にいないのだよ。
この婚約が私の気持ちに反していても、我が領地の民のことを考えると、謀反を起こすことは…。」
あぁ、これが抗えない運命というゲームの強制力なのかな。
「お父様、わかっています。
わかっていますから、顔を上げて下さいませ。
私も公爵令嬢ですもの。
結婚は自由恋愛とは思っていません。
政略結婚も仕方が無いと心得ています。
ですが、政略結婚であっても、幸いにも私はアルフィン殿下と面識もございます。
アルフィン殿下はとてもお優しく、私の意見を尊重して下さるはずです。
きっと、殿下となら私は未来を築けます。
だから、お父様もお兄様も、哀れな娘とは思わないで下さいませ。」
いずれ断罪されてしまう運命としても、どうにか抗って、大切な家族だけは守りますわ。
私はその決意に満ちていた。
「大丈夫です。
なるようにしかなりませんが、私は、誰よりも幸せになってみせますわ。」
黙って父の話を聞いていた母。
母も兄の気持ちが痛いほどにわかっていた。
そして、公爵家令嬢としての結婚をちゃんと受け入れようとしている娘の姿に、母は私を抱きしめながら涙した。
父も、兄も…。
兄に至っては今にも王太子を暗殺しそうな底冷えする冷たい雰囲気だったけれど、何とかその場を収めた。
そうして私は婚約者候補から、正式に婚約者になってしまった。
◇
「受けてくれて感謝する」と、頬を赤らめたアルフィン殿下と顔合わせをしたのは、さすがに断れず、王宮に向かった日だった。
「これからよろしくお願い致します。」
初めて会った時よりも緊張せずに話が出来た。
こうなったら、どうにか運命を変えなければ。
自分の将来では無く、大切な家族が没落しない未来を模索し始めた。
それでもとても厳しく、運命だとしても抗いきれない王太子妃教育については私の意思は関係なく、体調(設定だけど)も関係なかった。
体調を崩しがちで王宮に来られないならばと、公爵家に講師の先生が来られて、ただただ完璧な王太子妃になるようにと教育が行われていた。
こんなにも王太子妃って苦行なの?というくらい、最初は本当に投げ出してしまいそうなぐらい、苦痛でしか無かった。
でも、苦しい中にも、私にとって、学ぶことは楽しかった。
手を鞭で叩かれても、背筋を伸ばせと定規を背中に入れられても。
何故王太子妃がここまで…と泣きそうになりながらも。
だんだんと、学べることの嬉しさの方が勝り、他人の目からしてみれば、どんなに厳しくても、何でもそつなくこなす王太子の婚約者として存在した。
「オフィーリア様は本当に学ぶことに対して貪欲ですのね。」
特に厳しかった、マナーを叩き込んでくれた侯爵夫人から、もう教えることはございませんと、授業の終了を告げられ、やり遂げた嬉しさに、心の中で「イェーイ!」ってガッツポーズをし、身悶えた。
「この知識は使えるわね。
もしも追放されて市井に降りたとしても、婦女教育くらいの働き口はあるわ。」
そういう風に、ゲームに従い、婚約破棄され、断罪された未来のことを打算的に考える程、私は自分の為に頑張った。
断罪され、修道院に行かずに、もしも平民となっても、厳しかった教育を生かせればマナー講師でも、どこかのお屋敷のメイドでも、どうにか生きていける。
家族への断罪は絶対に回避しなければいけないけれど、私だけの罪なら、どうにかできる程の自信をつけていた。
それに、ゲームで私を殺してしまうお兄様に至っては、かなりの妹溺愛具合なので、「どうにか殺さないで。ちゃんと居なくなりますから。」とお願いしたら何とかなるかも?
うん。
どんとこい、断罪!
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