第5話

兄を虜にした日のことを思い出し、「あの時のお兄様、本当に可愛らしかったわね。」と呟く。

まぁ、1歳児にそう思われていたと知ったら、すごくご機嫌損ねそうね…。

兄とのことをノートに書き留めながら、「…だけど、鼻血まで出ちゃうなんてね。」と、思い出し笑いをしてしまった。


あれから兄はツンデレってどこにいったのかしらと、それまでの兄と別人になったと皆が思うぐらい、世の中の誰がどう見ても、たった1人の妹を心底溺愛する姿を隠すことも無くなった。

ちょっと束縛が強すぎて、自由がきかなくなったのは誤算だったけれど、でも、断罪後に殺害されることは回避できたと思う。

兄に罪を犯させることは無くなったと信じたい。


何らかの強制力があるのかもしれないけれど、今のところお母様も元気だし、お兄様が溺愛する妹を殺すなんてこと、誰も想像出来ないでしょうし。

もしかしたら、ヒロインにとって関係の無い、私の家族設定は強制力とは関係無いのかもしれないわね。


でも、万が一、お兄様がヒロインに攻略されたら…。

殺されてしまうという、ゾッとする未来を避ける為に、これからもお兄様にたくさん甘えようと決意した。





そして、次に先見が出来たのはデビュタントを控えた7歳の時。

それは、私を溺愛する両親が無駄に買うドレスの購入現場だった。


その日、私のデビュタントの為のドレスを購入するという目的で商会の代表の方を公爵家にお招きしていた。

幼いながらも商会の方から見せられた色とりどりの可愛らしいドレスや靴、そして煌びやかな装飾品に怪訝な顔をする私。

それを余所に、それらに両親は見入っていた。


「フィアにはそうだな…。

あぁ、この形もいいし、このドレスにはこれも似合う。」


「ふふ、そうね。

フィアは何でも着こなしますから、いくつか見繕っていただきましょうね。」


「選べないからな。

もう、全部でいいんじゃないか?」


…はぁ。

自分で言うのもあれですけれど、親馬鹿が過ぎるわ。

頭を抱えそうになりながら、親馬鹿を嘆いていた時、同席していた、まだ幼い兄が口を開いた。


「父上、母上。

可愛いフィアならば、どれも着こなすということは私もわかっておりますが、それでも、このようにフィアを甘やかしていては、フィアが将来、我が儘な令嬢になりますよ。

必要な分でよいので、余計な買い物は…。」


その時、頭に情景が浮かぶ。

あぁ、あれはあの時の事ね。

私を見て、薄ら笑う夜会に参加した時に私へ向けた貴族の令息や令嬢達の言葉。


「ねぇ。

ほら、見て下さいませ。

ふふっ、また我が儘を言って沢山のお買い物をされたらしいわよ。」


「いくらお金があるからって、常識というものがね…。

装飾品が飾ってありすぎて、下品に見えるのにな。」


「我が儘な公爵家のお嬢様だから、少しも周りが見えていませんのではないのでしょうか。

ふふふ…。」


「あんな強欲でプライドの高い残念な妹をお持ちで…。

聡明なジョシュア様も冷たくされるはずだわ。

お家の恥さらしですものね。」


「あんなだからお父上からも疎まれるんだろうね。

宰相殿もお気の毒に。」


夜会の会場で、生地も上等で宝石も沢山あしらった、ゴテゴテしたドレスを身にまとった私を見て、周りからの容赦ない悪口。

その時の私は、そんなの貧乏人の言うことですわと気にもしなかったけれど、私の姿を見て、エスコートすら嫌そうな兄の顔が見えた。


えっとですね。

…こんな未来はよろしくない。


「あの、えっとですね。

…その、お父様、お母様。

お気持ちは大変有り難く、嬉しいのですが、本当に必要な物でしょうか?

(ドレスも宝石もいらない、欲しくない、そんなことで未来を暗くさせたくない。)」


私の言葉にその場が固まる。

でも、明るい未来の為には、ここで引き下がれない。


「私は自分の為にお金を使うよりも他の…領地の政策をお父様とお兄様と一緒に模索したいと考えております。

…ですが、我が家へわざわざ来て下さった商会の方に申し訳なく思いますので、ドレスはお兄様とお揃いの物を一着仕立てて頂きたいと思います。

お兄様、今度のどうしても行かなければいけない…とても、行くのは嫌ですけれども…。

デビュタントでのエスコート、お願い致します。

でも、それ以降の社交の場へは病弱という設定で出席を辞するつもりでもありますので、ドレスが今以上に必要なことは起こりません。

その…、私が言っていることは、難しいことでしょうか?」


「ふっ。

病弱という設定とハッキリ言ったな。

あぁ、いいよ。

わかったよ、フィア。

エスコートの栄誉、ありがとう。

揃いの衣装はフィアの好きな色で作って貰おう。」


両親が甘やかすままに贅沢をしたいと言うかもしれないと思っていた兄は吹き出すことを我慢しながらも、初めての妹のエスコートを快く引き受けてくれた。

いや、きっと私が断ってもエスコートしてくれただろうけどね。

両親は何て慎ましい子なのと2人で手を取り合って成長を喜んでいらした。

この国の宰相、仕事は厳しいって噂を聞くのに、娘にはこんなにも甘くていいのかしら?と心配になる。


商会の代表に至っては、幼い令嬢の言葉とは思えないけれど、見目麗しいご兄妹の衣装を揃いで作って頂けるなんて光栄ですと目をキラキラさせていた。

無駄遣いをせず、我が儘な令嬢の未来を変えられたのかな?と私は安堵した。





あの時、そのままの私が行き着く将来、他の方々から冷ややかな目で見られる未来が見えていたから…と書き記した。


7歳でデビュタントなんて、この世界は早いのね。

他の乙女ゲームもたくさんプレイしていたし、異世界ものの小説も漫画も読みまくっていたから、貴族令嬢って大変ねって前世でも思っていたけど、この世界は子どものうちから社交界を経験しないといけないなんて…。


だったら、尚更、ポッと出のヒロインのマナーとかも気になったんだろうな。

よく小説とかで、婚約者のいる人に馴れ馴れしく…とか書いてあったけれど、この世界でもそれは家同士の問題にも発展するし、貴族としての教えにも反しているわ。

最悪、処刑されるような重要な問題だもの。

それは目くじら立てても仕方ないわね。

そう考えると、オフィーリアって本当に悪役令嬢だったのかな?

自分がその世界にいることでわかるってこともたくさんあるのね。


そして手に取る、クローゼットに大切にしまわれた、あの時のドレス。

成長して、もう着ることは出来ないけれど、何故だか大事にしたいと思った。

「これが断罪回避に繋がるドレスだったからなのね。」と呟く。

私はその大事なドレスを抱いて眠りについた。

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