第4話
スッキリと目覚めた朝。
朝食を家族皆で食べて、お父様はお仕事、お母様は慈悲事業である孤児院訪問、お兄様も勉強のためにお母様と一緒に行かれるとのこと。
私はまだ早いということで連れて行っては貰えなかった。
でも、いいのよ。
さぁて、今日も大事なポイントを思い出して、きちんと書き留めましょう。
嫌な未来を防ぐ為に、危機を回避した次の出来事。
あれは、お父様はお仕事で、お母様も王妃様とのお茶会に出席し、メイド達が私の世話をしていた日。
「お嬢様、よく寝ていらっしゃるわ。
ちょっとタオルを取り替えてきますね。」
えっと…。
どうして寝ている子に話しかけるのかしら?
私はその話しかけられた声で起きてしまった。
だけど、別にお腹もすいていないし、粗相もしていないから、彼女達にお世話になることも無いし…。
ここは、泣くこともせずに、赤ちゃんらしく大人しくしておきましょう。
あわよくばもう一度寝れるかも…と、ウトウトとし始めた。
もう瞼もトロンとして、あと少しという時、部屋の扉が遠慮がちに、ソーッと開かれた。
あぁ、やっぱりね。
きたよ、きましたよ。
次の分岐点。
こいつは手強いぞ…。
眠りに落ちそうな私の目の前に立つ、私の前でだけ、幼い子どもとは思えないような冷たい空気を身にまとう、私の2つ上の兄、ジョシュアだ。
兄は私のクリーム色に近い金髪とは違い、まるで絵本の中の王子様なのかと思う程の煌めく金髪に私と同じ薄紫の瞳を持つ、正統派な美男子だ。
こんなにも間近に顔を寄せられると、赤ちゃんながらに緊張したほど。
兄は私が生まれるまでは、当然のように両親の愛情を一身に受け育った。
だけど、後から産まれた私に、それまでの愛を奪われたと思っていた。
ってかさ、どんだけ、甘えん坊さんなんだって心配になるわ。
まぁ…、両親が私を周りが引くぐらい溺愛しているのが原因なのだけれど…。
確かに、兄に対して、なんかごめんなさいねという目で私も見ていたから、それが伝わっていたのかもしれない。
そうして私が1歳を過ぎたある日、兄は皆が不在の時に私の部屋に侵入した。
あら、お兄様だわと、夢の世界に旅立つ寸前だった私は、兄へと意識を集中させた。
その兄から出た言葉は…、とても悲しかった。
「…お前なんて。」
本当に3歳児なのか?と疑問に思うほど、美男子で勉強も優秀な兄に言われた。
「僕は我が儘で頭も悪いし、何より可愛げの欠片も無いお前が嫌いだし妹などとは思いたくも無い。
(うん、赤ん坊だから大体は我が儘だし、頭悪いって言われても、そもそも考えられる年じゃないのよ。)
だから近寄るな。
(歩けませんので近寄れません)
話すな。
(話せるわけないでしょう。あぶぶーとか変な音しか発せませんよ。)
僕の近くで息をするな。
(死ねってこと?
っていうか、私に近寄らなければいいじゃない。)
今後一切、僕に関わるな。
(…それは。
それは嫌よ。
お兄様が好きなのに。
…とても悲しい言葉だわ。)」
そして未来が見えた。
兄は成長していて…。
あぁ。
あれは、私が婚約破棄され、断罪された後だ。
その映像の中の兄はとても冷たい、まるでゴミを見るような目をしていた。
「我が儘で男に媚びを売るしか能がないのか。
王太子殿下に婚約破棄されても仕方ないことだ。
断罪され、追放だけだと?
笑わせるな。
お前は公爵家の恥さらしだ。
聖女様を貶めようとしたお前など妹でも何でも無い。
私自ら息の根を絶ってやる。」
あぁ、私はよりによって、実の兄に殺されるのね…。
できれば仲良くなりたかったのに。
それに、妹を手にかけるなんて駄目。
これじゃお兄様の心まで壊してしまうわ。
だから…。
今から未来を変える。
現実に戻り、未来を変えたくて、私への悪口を後悔して泣きそうになっている幼い兄の指を握った。
だって、気づいていたから。
口では疎まれていても、理由をつけながらも私を気に掛け、会いに来てくれてはいた。
本当はとても優しいのだ。
今日、こんなことを言ったのは、昨日のお父様との会話のせいよ。
娘を溺愛するあまり、私がつい興味を示してしまった兄の人形を父が私に譲りなさいと言ってしまったのだ。
あのお人形、お兄様がとても大切そうに抱っこされていて、どんな障り心地なのか、少し気になっただけだったのに。
あれは私も悪かったわ。
兄はいつも私に、「お母様が作ってくれたんだよ。」と自慢していたのに。
「お父様っ。
これは僕の大事な…。」
父に必死に訴える小さいお兄様。
なのに、そこへ追い打ちをかけるように、母も兄を宥めてしまった。
「ジョシュア、また作ってあげるから、ね?
フィアはまだ小さいのよ?
お兄ちゃんだからわかるわよね?」
兄がその大きい瞳いっぱいに涙を溜めていたのを見てしまった。
だから、少しの腹いせに文句を言いに来たのだろう。
まぁ、ちょっと両親が言い過ぎたと思う部分もあるし、私もさっきの言葉に心の中で言い返しちゃったけど。
だけど、本当はとても優しい、少し愛情表現が不器用な兄が心から大好きだ。
この、ツンデレちゃんめ★とか、いらないことも考えてたけど、本気で嫌われる前にどうにかしなくてはいけない。
私はどうにかしようと、精一杯に発し慣れていない言葉を紡いだ。
「・・・おにぃ・・・たま?」
それは私が話した初めての言葉。
溺愛してくれる両親でも大好きなおもちゃでも無く、そこにいる、ただ1人の兄を呼んだ。
次の瞬間、兄は壊れてしまった。
「…くっっっっっっっ!」
兄は誰が見ても心配するくらいの赤面、そして表情を歪めた。
そして、バラ色に頬を染め、とてつもなく興奮した兄。
「僕を…。
このお兄様を最初に呼んでくれたのか?
お父様よりもお母様よりも…先に?
そんなにお前は…。
ううん、フィアはお兄様が好きなのか?」
兄の問いかけに、初めて愛称で呼ばれた嬉しさに、幼い私は満面の笑みで微笑んだ。
そして、兄は鮮やかに鼻血を吹き出し、悶えた。
「ジョシュア様!
お気を確かに!!」
いつのまにか戻ってきていたメイド達が兄の様子に狼狽える。
そんなメイド達に兄は、「…僕は…幸せだ」と天使の笑顔を見せ、鼻血を垂れ流したまま倒れた。
えぇ…?
ちょっと、やりすぎたかな?
あの量の鼻血って、大丈夫なのかしら?
出血多量とかにならなければいいけれど。
えっと…。
顔はいいのに、何だか残念なお兄様…爆誕ってことね。
そんな状況でも、とても大好きな兄が運ばれていくのを見ながら、私は幼子らしく、眠気に逆らえず、目を閉じた。
そして、メイド達からの報告に納得がいかない両親に至っては…。
私が眠っているのを揺り起こし、問いただした。
「フィア!お母様は?!」
「いや、おっ…お父様は?!
呼んでくれよ、フィア!」
兄にしてやられた感の両親。
そんな両親の姿に優越感に浸る兄。
また鼻血を出さないように鼻を押さえながら、私の顔を見ては身悶えている残念な兄の指を握り、私にはこの先、どうしてもあなたが必要なのよと念を送った。
きっと、お兄様は私を助けてくれるはずだから。
さぁて、念のためにもう一回やっときますか。
「お…、おにいたま!」
「あーーーーー、もう、死んでもいいです、幸せです…。」と再び意識を失う兄と、大げさなくらいに泣き崩れる両親の姿をよそに、これで断罪フラグ1つ折りましたぁ!と、鼻息を荒くしていた。
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