第3話
私は、オフィーリアとして生きてきた中で、違和感をずっと感じていた。
前世を思い出した今なら、この違和感の正体がわかったような気がする。
そうだった。
この違和感のお陰で、今までずっと、自分の未来を守る為に少しずつ行動を改めてきたんだった。
私が感じた、その最初の違和感は何だったかしら?
…あっ。
あぁっ!
あれか。
…それは、まだこの世界に生まれていない私。
お母様のお腹の中で感じた。
ゲームの設定では、お母様は私の出産で亡くなり、お父様はそんな私を愛することも無く、それどころか疎ましくさえ感じ、必要以上に厳しくした。
お母様を殺したも同然の私のことを、とてもとても憎んでいらした。
そんな風に冷たくされる日々でオフィーリアの性格は歪んでいったし、愛情が欲しくて婚約者である、未来の家族になる王太子殿下への愛に執着していたのよね。
家族の愛情が欲しかったのだろう。
ヒロインへの嫉妬だけではなく、悪役令嬢になる要素は他にもたくさんあったのよね。
でも、考えてみて。
今の私はお父様に愛されているし(愛され過ぎやしないかしらと疑問には思うほど)、そして、お母様にも愛されている。
それにゲームとの違いがある。
お母様が私が10歳になった今も生きていらっしゃるのだ。
あれは…。
私を産むということは、元々体が丈夫では無かった母には耐えられない苦痛に、二度目の出産は兄を産んだ一度目よりも、さらに命がけでの所業だった。
それを知った父は出産に反対していた。
反対されても、それでも母は私を必死で産もうとしてくれていた。
そして、あの時、まだ産まれ出てもいない、お腹の中の私は意識を持っていた。
このままでは、私の未来は…。
急に頭に鮮明な映像が浮かび、この先の未来が見えた。
頬を叩かれた痛みで父の顔を見上げると、そこにはゾクッとする程の、冷たい表情だった。
そして、耳を塞ぎたくなるような言葉が私を竦ませた。
「お前さえ生まれなければ、マリーリカは死ななかった!
愛するものを失った私の気持ちなど誰にもわかるものか!
だからお前なんて諦めればよかったのに…。
マリーリカが生きてくれるなら、子どもなんて望まなかったんだ。」
それは、「どうしてお母様のことで怒られるのですか?」と、何の事情も聞かされていなかった私。
その疑問を使用人達に聞くと、「それなら旦那様に直接お聞き下さい」と言われ、使用人の意地悪とも知らず、素直に、私を憎む父に聞いてしまう場面だった。
憎い私を叩き、これでもかと怒鳴る父の姿。
こんなにも嫌われていたなんてと絶望する私が見えた。
…おぅ。
こりゃぁ、まずいな。
これは、のほほんと、ゆったり~とお腹の中に滞在している場合ではない。
早く、すんなりと、少しでもお母様が痛くならないように外へ出ないと!
赤ちゃんの自分に出来る限りの速度で、母の身体の負担にならないように、これでもか!と身を縮こまらせて、少し先に見える光の方向を目指した。
そして、どうにか間に合ったのだった。
ゲームの設定では、助かることの無かったはずの母は私を胸に抱き、涙を流していた。
父も、「マリーリカが死んでしまうならばと、一度は諦めようとしていたが、許されるならば会いたかった。命を大切にせずに、すまない。」と、母に抱かれた私に詫びてくれた。
優しい父と母が、私という存在を愛しい眼差しで見てくれた。
本当に急いで出てきて良かった。
お父様に嫌われていない。
お父様に疎まれ、使用人にさえ意地悪される未来も来ない。
母譲りのブロンドよりも薄いクリーム色の髪に、父譲りの薄紫の瞳を持った私は、両親の深い愛を得ることができた。
そうなのだ。
私は赤ちゃんの頃から、きちんとした思考を持っていた。
こうしなければこういう未来になると、先のことがわかるのだけれども、ただ赤ちゃんなので身体は思うように動かせない。
ミルクって美味しくもないのに、どうして出されたら平気でゴクゴク飲んじゃうのかしら、とか。
そこのあなた、粗相してしまったようで少し気持ちが悪いのよ、とか。
こんなにも頻繁に娘の顔を見に来ないと死んじゃう病に両親は罹っているのね、とか。
おもちゃなんて赤ちゃんが喜ぶだけの物でしょう…、でも、これ、何だか癖になっちゃうわね、とか。
そんな大人のような考えを持っているとも知らない両親やメイド達の溺愛を感じながらも、赤ちゃんであることを持て余し、でも、何不自由ないその状況に甘えつつ過ごしていた。
あの頃は産まれる時の出来事に多少違和感はあったけれど、何でもわかっちゃうなんて私って天才じゃん!としか思っていなかったわ。
前世の記憶が大事な時にだけ私の危機を救おうとしていたのね。
それに、一度人生を歩んじゃってて、微かに前世の記憶が戻っているものだから、あんな風に色々と大人びて物事を考えていたのね。
そうよね。
何にもわからない赤ちゃんが冷静に物事を見ることなんて出来ないはずだもの。
ミルク美味しく無いとか、前世での食べ物の記憶も少し戻っていたのかもしれない。
…それにこのゲーム、日本のゲームだから、色々ご都合主義で食べ物は美味しいし、トイレとかも普通に日本のトイレだから、その点は助かってるわね。
本当に昔の西洋とかに転生しなくて良かったと、そう安堵した。
無事に赤ちゃんの頃のことを思い出し、これからも思い出したら書き留めないとと思った。
いつか、このことを家族に話さなければならない時が来るかもしれない。
もしかしたら断罪を回避する為に、未来はこうなるんだと、前世の記憶があると、今までもそうやって回避してきたんだと、家族に説明して、我が家の幸せを守らないといけないかもしれないから。
私は説明がしやすくなるように、自分が回避したことの記録としての役割がこのノートにはある。
…でも、今日は赤ちゃんの頃のことだけで精一杯だわ。
10歳の子どもって、まだそんなに体力無いもんね。
それに、貴族のお嬢様なら尚更よ。
何でもメイドや執事達がやってくれるもの。
でも、今のままでは駄目ね。
少し、身体でも鍛えようかしら…。
私はノートを閉まって、眠りについた。
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