第2話

ゲームに登場する人物に、ドキドキしながら挨拶を終えて横を見る。

そして、私の隣にいる父は…。


えっ?

何か不満なの?

王太子殿下を見つめるお顔の眉間に皺が…。

子持ちとは思えないほどの麗しいお顔が凍ったような…、冷え冷えとした笑顔が、娘からしても怖い。


一方の王太子殿下は私を真っ直ぐに見ていて、父の顔は見ていないようで気づいていないけど。

殿下の方にいらっしゃる、お付きの方は気づいているようだけれど、宰相のあまりの恐ろしいオーラに目をそらし続けている。

(え、いいの?

謀反とか言われない?)

それでも父は、口からは歓迎の言葉を出し、王太子殿下の婚約者候補としてのこれからを了承したと伝えていた。


…ゲームではわからなかったけど、私たちの婚約は周りから…、家族からも祝福されてなかったのかしら?

最初から。

うん、そうね。

これでは殿下の心がヒロインへ心が傾くのも仕方ない…のよね。

両家にとって、仕方のない婚約だったんだろうなと理解した。


仕方ないにしても、現段階では候補としての出会いだったが、その後、きちんとした手続きを経て婚約者としてゲームに登場していたということは、今後、そのような展開になるのだろう。

宰相の娘だし、国王陛下にごり押しされちゃうのかな。


私は、これから転生してくる聖女であるヒロインと彼との真実の愛に邪魔な存在になるんだろうな。

これから行われるだろう厳しい王太子妃教育を受けるだけ受けさせられて、愛する人が出来ましたのでって婚約破棄されちゃって。

しかも断罪までされるって、悪役令嬢なんて、考えたらものすごく損じゃない?って、チクリと胸が痛んだ。


その後私は、公爵家令嬢として、胸に押し寄せる不安を見せることも無くそつなくその場をこなした。


「今度はお茶会にお誘いするね。」

相変わらず可愛らしく笑う王太子殿下に惚れ惚れするけれど、今後のこと、思い出しちゃったしなぁ…と、ペコリとお辞儀だけした。

そうして、予期していなかった顔見せを終え、仕事がある父を残し、私だけ帰宅した。


出迎えてくれたお母様に挨拶し、「疲れたので少し休みます。」と告げて部屋に引きこもった。

一目散にベッドへ行き、思い切りダイブする。

そして、自分が置かれている状況を憂いた。


「やっぱり、婚約は避けられないのね。

だって、公爵家令嬢ですものね。」


婚約は家同士が決めること。

自由恋愛なんて出来ないってわかってる。

まぁ、お父様もあまり乗り気では無いようだったけれど、国王陛下から言われたら候補にしないといけないものね。


…でも。

とても素敵な方だったけれど、どうせヒロインと結ばれるんだもの。

王太子殿下との、どうしても埋められない距離を感じ、私は私なんだから…と何か強い感情が生まれた。


断罪されるくらいなら、殿方に頼らずとも生きていけるようにならないと…。

この婚約が成立し、原作通りにヒロインとの愛によって婚約破棄されるとわかっていても、運命に足掻いて、私は私として生きていきたい。

強制力があるかどうかは少し怖いけど、それでもどうにかしないといけない。

だって、そうしなければ、私はヒロインを虐めたとして重罰を架せられ、断罪されるから。


ゲームの悪役令嬢オフィーリアは王太子殿下に想いを寄せていたから、急に転移してきて、聖女として崇められ、大好きな彼の心まで奪ったヒロインをあんな風に虐めたり、嫉妬したりしたんだろうな。

厳しい王太子妃教育も愛する彼の為に頑張ったんだろうな。

ゲームではわからなかったけど、今の私なら王太子殿下の横に立つ為に、どんな厳しい現実が待っているのか知っている。


そりゃ、嫉妬するし、マナーに厳しくもなるわよね。

まぁ、断罪されるようなことまでしちゃうのは駄目だけれど。

余程、愛していたんだろうな。


でも、今なら。

王太子殿下を愛していない今の私なら、私は私としての生き方を見つけられる。


だから…。

だから、決して私は殿下を想うことはいたしません。

その日、私は断罪回避の為、そう決意した。





そして感じる違和感。


前世の私って、王太子ルートが推しだったのかな?

そりゃメイン攻略キャラだったから作画も良かったし、声も爽やかイケメンボイスだったから、表紙に大きく描かれるだけはあるなぁって思っていたけれど。

でも、それだけなんだよね。

爽やかイケメン好きでは無かったから。


…うーん、やっぱり違うな。

何か肝心なことが…。


他の攻略キャラでもある私のお兄様が推しだった記憶も無いし、他のキャラは多分1度ずつしかプレイしていないから、微かにしか覚えていないけれど。

それ以外に、私がコミケに参加するぐらい、すっごくのめり込んだキャラがいたのよね…。


えっと…。

んー。

…あっ!

あれだ。

シークレットキャラよ!

このゲームにはシークレットキャラがいたはず!

全部のルートをクリアして、友情エンドも逆ハーレムルートもクリアしたら出てくる人が居たような…。

だって、そのために王太子殿下やお兄様以外の、あまり興味も無い他の攻略対象者を1回ずつプレイしたんだから。

あー、もう。

どうして、このキャラのことだけ思い出せないんだろう?

成長した王太子殿下やお兄様の顔も声も覚えているのに、真っ黒な雲がかかったように、大好きだったキャラの顔も設定もわからない。


でもまぁ、私はヒロインじゃ無いもの。

途中で断罪されてしまう悪役令嬢の私にはそんなキャラ、会うことなんて無いし、関係ありませんものね。


でも、そのキャラ、思い出したいなぁ。

だって、最推しだもん。

遠くからでもいいから、一目見てみたい。

悪役令嬢が攻略できる可能性は…、ううん。

それは無いでしょうけどね。


それよりも、王太子殿下との今後をどうしようかと、考えることにした。

どうやっていくかを考える為にも、思い出したことも全部書き留めないと。


部屋から出てこない私を心配したお母様が食事に誘いに来て下さるまでずっと私は机に向かい、キミワタノートを作った。





そして、何か新しく思い出す度にノートに書き記す日々。


「お嬢様、また何かお勉強されているのですか?」

見つかりそうになる度に、慌てて隠して誤魔化した。

家族に見つかってしまっては大変なことになるわ。

断罪回避の為の大切なノートだもの、守り抜かないと。


そして、1人になり、そのノートを眺めながら、私はまた考える。

このゲームの中の悪役令嬢としての私の役割。

我が儘で、結構きつい性格みたいに描かれていたような気がするわ。

未来の私は王太子殿下に断罪されてしまうほど、ヒロインを虐める嫌な女性になる。

でも…、今までの私は悪役令嬢の役割を果たしていたのかしら?


待って。

私って、あのゲームのオフィーリアみたいに成長しているかしら?

ゲームの設定は何度も読んだから覚えているし、オフィーリアのことは悪役令嬢だけど好きなキャラだったからよくわかっているけど、でも私、あんな風に高笑いなんてしていないわ。

我が儘な振る舞いもしていないはず。


はて?と考える。

そして、今までの人生を思い返してみたら、今の私は決してあのゲームの悪役令嬢オフィーリアではない。

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