二人きりになりたい

 人気のない体育館へ。

 昼休みにしては閑静かんせいというか、過疎かそっている。


 アリーナに男子生徒が数人。

 談笑している程度だから問題はないだろう。

 素通りしてステージ側へ入った。

 校長が長話している特等席でもある。今は誰もいない。ここなら静かに話せるな。


「なんか凄いことになった」

「湊くん、なんか人気者になっちゃったね」

「そうだな。けど、とんでもない勘違いな気がするけど……」

「それでもいいんじゃない? だって、みんなから慕われるって中々出来ることじゃないからね」


 一応アイドルの楓が言うと説得力がある。

 言われてみれば、小学校時代から馬鹿にされ、グループの輪から外されていた。中学校の頃も不登校の時期も多かった俺。

 高校生になって環境が変化して、多少はマシにはなったけど……ぼっちなのは変わらなかった。


 ――そうだ。


 思い返して見れば、楓は変なことを口にしていた。



「そういえば、俺と楓って幼馴染なんだっけ」

「そうだよ。忘れたの?」

「……悪い。なぜか思い出せないんだ」

「だろうね」

「え? どういう意味?」


 それ以上、楓は答えてくれなかった。

 単に俺が忘れているだけならいいのだが……。


 思い出せ俺。

 このままでは、なんだか先へ進めない気がしていた。


 とても、とても大切なことなのに俺はなんで、こうマヌケなんだ。


 思考を巡らせていると、ふと気配に気づいた。


 ステージの隅に前川さんが立っていた。しかも、なにか食ってるし!?



『……ボリボリボリボリ』



 お煎餅せんべいのようなものを頬張りながら、こちらを観察しているようだ。って、なにしてんだよッ!! しかも結構、こぼしてるし!!


「ん、どうしたの湊くん」

「い、いや……なんでもない」


 前川さんがお煎餅せんべいをボリボリ食べているとか言えない……。


 そんなことよりも思い出せ、俺よ!!



『……ボリボリボリボリ』



 う、うるせぇ……。



「ねえ、なんかさっきからボリボリ聞こえない?」

「聞こえない! 気のせいだろう! 楓、ちょっと移動しよう」

「う、うん」



 俺は楓の手を引き、体育館を脱出。

 念のため前川さんに尾行されていないか確認しながら出た。

 まだ時間はある。

 今度は校舎の裏だ。


 あそこなら目立ちにくいし、人が滅多に来ない。


 日陰になっている壁を背に、俺は改めて楓の記憶を巡らせていく。……小さい頃だよな。幼稚園の時なのか、小学校の頃なのか……。


 ん、まてよ。

 そういえば、小学校に上がる前に“事件”があったような。


 ああ、そうだ!



『ギュルルルル、ギュウウウウウウゥゥゥ!!!!』



 そうそう、こんな地獄のような腹痛音が……って、なんだァ!?


 視線を音の方向へ向けると、そこには腹を抑えて死にそうになっている体育会系の担任・古村先生が絶望の顔して突っ立っていた。



「せ、先生……どうしたんです!?」

「…………東山か……は、話しかけないで……くれ。先生の腹が……落ちる」


 汗を滝のようにドバドバ流し、必死に耐えている。

 横っ腹を一突きすれば一瞬にしてダムが決壊しそうな勢いだ。


 楓も心配そうに古村先生を見つめ、気遣っていた。


「古村先生、体調悪いんですか? トイレ行きます? それとも保健室行きます?」

「や、やめてくれ!!」


「「え!?」」


 俺も楓も驚く。

 普通、こんな時は頼ってくれてもいいはずだが。


「じ、実は……(ギュルルゥゥゥ!)……保健室の……(ギュゥゥゥゥウゥゥゥ)……は、花澤はなざわ先生に……(ギュルルルルゥゥゥ!!)……通常の三十倍の下剤を飲ま、飲まされて……あああああああああああああああああああ……!!!!!」


 おいおい、保健室の先生が下剤を?

 どうしてそんなことに。


 って、そうだ。

 この状況を利用するしかない!!


「先生、俺と楓、早退したいんですが」

「ダメだ! 理由もなく早退なんて先生は許さんぞおぉぉぉ!?」

「いいんですか、先生。俺がここを通さなかったら……トイレ行けませんよ?」


「東山、貴様ああああああああ、ぐおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 限界に近いのか古村先生は、顔を紫色に変色させていた。やべぇ、魔王が落ちる。それはそれでマズいぞ。


「いいですか!?」

「せ、先生を舐めるなァ!! 分かった! 早退を認める!!」


 いいのかよ!!

 交渉成立だな。


 俺は、せめてもの情けで先生をトイレへ連れていった。

 古村先生はしばらく出てくることはなかった……。


 今のうちにを学校を抜け出した。



「ねえ、湊くん。わたしを連れ出してなにをするつもりかな~?」

「な、なにもしないよ。ただ、学校にいるよりはいいかなって」

「それもそうだね。もっと遊ぼっか! アイドル辞めて自由になったんだし、人生を思いっきり楽しまなきゃ」



 その通りだ。一度しかない高校生活。それを楓と過ごせるのなら、多少学業を疎かにしても悔いはない。

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