大変なことになった

 まるでカップルみたいな一時を過ごした。

 とても緊張もしたし、今も顔が熱い。こんな経験は二度とないかも。


 ドリンクを飲み終え、スタパを出た。


「こんなに美味いとはね」

「でしょう。疲れとか嫌なこととか全部吹き飛ぶ」

「確かに。ちょっと高いけどね」

「うん、また奢ってあげる」


 ……そ、それってまた間接キスを?

 それは嬉しすぎるっていうか、俺そろそろ刺されてもおかしくないぞ。不運に襲われないかと心配になるが、しかし誰にだって幸せになる権利はあるはずだ!


 そうだ、俺はずっと平凡な人生を送ってきた。

 憧れのアイドルをずっと眺めるだけの、ただのファンでしかなかった。


 それが今は、少し手を伸ばせば触れられる距離に安楽島 楓はいる。しかも、幼馴染らしい。まだ信じられないけど……早く思い出してやりたい。


 少し歩くとお店の前に停まっていた車の中から人が降りてきて楓の名を叫んだ。



「おーい、楓ちゃーん」

「棚橋さん」



 グラサンの女性が小走りで駆け寄ってきて、楓を心配していた。誰だろう、この美人っぽい人。



「マネージャーの件、大変だったみたいだね」

「……はい。未だに信じられないですけど、警察の方にお話はして早退しました」


 楓がそう理由を話すと、グラサンの女性がこちらを一瞥いちべつした。


「遠くから見守らせてもらったけど、君はいったい……」

「俺は東山です。彼女とは同じクラスなんですよ」

「そうか。君が楓を守ってくれた男子か。ありがとう」


 意外にも礼を言われた。

 てっきり怒られるのかと思ったんだがな。

 ここまで感謝されるとは。


「いえ、それはいいんですが……貴女は?」

「そうだった。申し遅れたね、私は事務所の社長といったところさ」

「しゃ、社長さん!?」

「驚かせてすまないね。悪いけど、これから楓にはいろいろ聞かなければならないんだ。引退のことも含めてね」


 そうだった。本当にアイドルを辞めるのだろうか。本人はもう“辞めた”と断言しているけど。


 困惑していると、楓が深々と頭を下げた。


「ごめんね、湊くん。わたし、行くね」

「分かった。また明日だな」

「うん、明日また教室で」


 楓がなにか紙切れを渡してきた。

 なんだこれは……?

 視線を落としている間にも、楓と社長さんは車に乗り込んでいった。……行ってしまった。


 俺も帰るか。



 * * *



 次の日、学校へ登校中に俺はスマホを覗いた。

 歩きスマホはマナー的によくはないが、緊急事態・・・・だ。


 SNSに『マネージャー逮捕』、『詐欺師』、『安楽島さん心配』、『芸能界の闇』、『事務所の失態』などなどトレンドが楓関連一色になっていた。

 相変わらず引退のことも囁かれているし、事態が悪化しているような……。


 教室へ入ると、クラスの男子共が一斉に俺を見た。


 ……な、なんでそんなにらんでくるかなぁ!?



「東山あああああああああ!!」「お前えええええええええ!!」「殺す、殺す、殺す、殺す、殺す」「安楽島さんと二人きりでなにしてやがった!!」「まさか、お前も詐欺師マネージャーとグルか!?」「ハッキリ言ったらどうだ!」「事と次第によっては東山、お前のケツを掘ってやるッ!!」



 みなさん、大層ご立腹で……。

 うわ、こっち来やがった。


「おい、東山……昨日、お前と安楽島さんらしき女の子のツーショットが出回っていたぞ」「スタパにいたのか!?」「目撃情報によれば間接キスしたとか!」「本当のことを言え!!(血涙)」「事実なら東山、お前を寝取ってやるッ!!」


 まて、さっきから最後のヤツはホモなのか!?

 なぜ俺が寝取られなきゃならんのだ!!


 ――って、そりゃいいや。


 それよりも、コイツ等をなんとかしないと先生に怒られる。


 どうする……?

 事実を話すべきか。

 どのみち、SNSに写真が出回っているんじゃ弁解もクソもないだろう。なら、ありのままを話すべきか。


 そうだ、ウソは返って事態を悪化させるだけ。



「実は……」

「ああああああああああ、聞きたくない!!」「やめろおおおおおおおお!」「本当のこと言ったらぶっとばす!!」「いやあああああああああああああ」「ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ!」



 どっちだよ!?

 ええい、もう本当のことを言ってやる。

 俺は事実を口にしようとした――のだが。


 背後から肩を叩かれて、俺は振り向いた。

 すると、そこには楓が立っていた。


 うお、びっくりした。


「おはよう、湊くん」

「お、おはよう……いつの間に」

「さっき到着したところ」


 俺の手を引っ張ってくれる楓。

 当然、クラスの男子共は……死ぬほど発狂していた。



「うあああああああああああああああああ!!!」「手、手、手をおおおおおおおおおお!?」「マジかよ!! ふざけんな!! ぶっ殺す!!」「安楽島さん、ウソだと言ってくれええええええ!!」「こんなの現実じゃない、現実じゃない!!」「東山、あとでケツ掘らせやがれ!!!!」



 ホモは黙っとれ。

 ――しかし、これは想定外すぎるというか、大胆というか。


 偶然にも俺の席と楓の席は、隣同士だ。


 窓側の隅にある席へ。



「楓……みんなが見てる」

「気のせいだよ。そんなことよりも、正式にアイドルを辞めれそうなの」

「マジ!?」

「うん、ほら昨日のサングラスをかけた女性……棚橋さんとお話をしてさ」

「あの人か。全部話したんだ?」

「もちろん。マネージャーの件とか含めて」


 どうやら、マネージャーのことで謝罪があったらしい。そのことでアイドル業は当面は休止することに。まだ完全に辞めたわけではないようだ。


 このままなら楓はアイドルを辞めて、ただの一般人になるわけか。


 俺はあくまで楓の気持ちを尊重した。


 のだが……。


 それをよく思わないストーカーレベルのファンもいた。

 そう、このクラスの中にもいた。



「ふざけるなあああああああ!!」



 クラスメイトの倉田くんが怒り狂って俺に襲い掛かってきた。って、手に凶器をもってやがる……! 俺を殺す気か!?

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