幸せの味

 ふとSNSを覗いてみると、トレンドに『安楽島失踪』の文字が。その他にも『アイドル引退』だとか『事件?』みたいなのも。

 なんだか事態が悪化しいてるような。


「SNS、凄いことになってるね」

「……安楽島。これマズイんじゃないか?」

「でも、もうアイドルは辞めちゃったし」

「あのマネージャーが来たってことは正式ではないんだろ」


 そうだ。でなければ、あんな剣幕で来るはずがない。とはいえ、マネージャーは捕まってしまったけどな。


「じゃあ、半分引退したってことで」

「それは引退とは言えないんじゃ」


 現役アイドルという付加価値は、とてつもない宝だけど俺はどっちでも良かった。

 安楽島の容姿とかスタイル、それに歌や踊りが上手いところが気に入っている。愛嬌あって可愛くて美人で巨乳とか、最高すぎる。

 ずっと天上の人だったんだけどな。

 今はこんな近くに。


「そんなことよりも、遊ぼ」

「遊ぼって言われてもねえ。俺はいつも真っ直ぐ家に帰っているからな」

「それじゃ、スタパ行こう」


 服を引っ張られ、俺は行くしかなくなった。

 スタパといえばコーヒーショップか。

 行ったことないな。


 街中を歩き……。

 歩き……、歩き……。


 ちょっとマテ。


 さっきから老若男女問わず、すげぇ振り向かれているんだが! 俺ではなく、安楽島が。恐ろしいほど気づかれているぞ。

 中には写真を撮ろうとする者や、話しかけてこようとする者もいた。けど、俺がいるせいか(?)謎の抑止力になっていた。


 てか、写真は無断で撮るなよな。盗撮だぞ。


「安楽島、いつもこうなのか?」

「苗字で呼ばれるとバレるから、名前で呼んで」

「……なぬぅ!? 名前でぇ?」

「そうしてくれないとバレるよ」


 むぅ、そうだな。

 確かに、すでに気づいているような人たちが数名する。このままでは安楽島本人だってバレってファンが群がってくるかもしれない。そうなれば危険だ。


 仕方ない。ここは思い切って名前を呼ぼう。


「か……楓、さん」

「呼び捨てでいいよ」

「だ、だがっ」

「大丈夫。わたしも東山くんのことは湊って呼ぶから」

「マジか!」


 うわ、今のでもドキッとした。

 安楽島――いや、楓からそう呼ばれるとか、それだけで今日はもうお腹いっぱい、幸せいっぱいだ。

 生きていて良かったぁ……。


 感動して泣いていると、楓が笑った。


「あはは、湊くんって面白い」

「今まで女子と会話したことも、ほとんどないからな」

「そうなんだ。じゃあ、わたしが初めてだ」

「いろんな意味でね」


 名前呼びが決まったところで、スタパに入店。中はそこそこ列が出来ていた。期間限定のなんとかフラペチーノを買おうと並んでいるらしい。へえ、あれが人気なのかな。


「スペシャルミックスフラペチーノにしようね」

「美味いのか?」

「すっごく美味しいよ。頬がとろけるくらいに」

「へえ、そりゃ興味深い。……って、六百円もするのか!? 牛丼食えるぞ」

「普通だよ」


 そうなのか……これが普通なのか?

 飲み物に六百円とか信じられないのだが。

 俺のおこづかいそんなにないんだがな~。


 順番が回ってきて、楓が目的の品を注文。俺も同じものを、と思ったのだが……楓はひとつでいいからと止めてきた。


 よく分からなかったけど、店内のテーブル席へ。空いている場所を確保して座った。


「俺の分、ないんだけど」

「あるよ。これが」


 すでにストローに口をつけている楓。それを差し出してきた。って、そういうことかよ。

 こ、これはつまり、間接キスって奴だ。

 楓は死ぬほど顔を真っ赤にしてスペシャルミックスフラペチーノの飲みかけを提供してきた。マジか!


「い、いいの?」

「いいよ。今日助けてくれたお礼」

「助けた? いつ? 誰が!?」

「湊くん、あのマネージャーから助けてくれたよ」


 あれは助けたと言えるのだろうか。

 そりゃ、殴られる寸前で庇ったけどさ。

 カウントしていいものか悩むところだ。


 でも、楓はとても嬉しそうだ。


 こんな幸せそうな顔されては……うん、ここはお礼として受け取っておくか。


 俺は震える手でフラペチーノのカップを手にし、そのままストローに口をつけた。……甘くて頬がとろけるくらいに美味しい~!!


 幸せの味だ……。

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