第2話 隣にいてくれる存在

 と、いう風に、わたしとラビィは苦い感情も甘い感情も、濃いも薄いも、たくさんのドロップを順調に集めていった。

 

 そしてわたしは、案の定ドロップがちょっとキライになった。

 なんでも、わたしが食べないと意味がないらしく、どこからどう見ても不味そうなやつだろうと、なんだかんだ言いくるめられ食べさせられていた。

 その味はやっぱり見た目通りえぐくて、その日の晩に夢に出てくるほどのインパクトがあった。


 などなど、わたし(とラビィ)の血の滲む努力のおかげで、ラビィの持っていた瓶はゆっくりとそのかさを減らし、きらきらと光を反射するようになった。


 しかし、残り10あまり、といったところでぴたっと新しい感情が見つからなくなってしまった。

 ヒトの感情は複雑だから、細かい違いで新しいドロップをつくることはできるらしいんだけど、それはラビィが嫌がって『もと』を渡してくれない。


「うーん、どうしよ。ほんとに見つからなくなっちゃった」

机に突っ伏して、カラカラと瓶を揺らしながらつぶやく。

「そりゃ、なかなか日常生活で色んな目新しい感情は生まれないだろうね」

机に座って足をぷらぷらさせながら笑った。人懐っこいカワイイ顔してるくせに憎たらしいことを言う。

 キレイな顔をした少年は小さな膝こぞうに頬杖をつき、にまっと笑う。外から流れるそよ風が金色の髪をそっと揺らした。

「じゃあ、映画でも行かない?」


***


「たしかに、映画なら色んな感情があるね」

高い高い天井を見上げながらつぶやく。暖色のライトが独特のムードを演出していた。

「ラビィ?」

くるりと振り向くと、彼はすでに券売機の前にいた。

 わくわくと目を輝かせ、食い入るように上映予定表を見ている。

「ねぇ、ユウカ!どれを見るつもりなの?」

「……どれでもいいよ………」


 結論から言うと、さほどドロップは手に入らなかった。ただ、今回見たのはホラー映画であり、強い恐怖のドロップ以外出にくかったというのもあると思う。ほかのジャンルの話を見たらたぶんまた違う結果が出るんだろう。

 ふわふわと漂うラビィを横目で見る。怯えているようなしぐさを見せているけれど、瞳の輝きを隠せていない。

「ラビィ」

「うん?」

青い深海の瞳がわたしを捉える。好奇心できらきら光っていた。

「また来よーね」

ふわりと笑う。ときどき見せる、大人びた顔だった。

「うん」

細い小指がぴんとたてられる。

「約束だよ」

そっと指をからめた。その指は不思議と、ささやかな熱をはらんでいた。

「もちろん」


***


「ひゃーぁ、観覧車って大きいんだねぇ!」

ラビィは楽しそうに笑った。興奮して腕を振るから、シャンシャンと鈴の音がやむことを知らない。

「ん、ゴンドラ来たよー。乗ろ?」

七色のストライプが入った特製シャツをまとった店員さんにチケットを手渡し、キリン柄のゴンドラに乗り込む。私に重なるようにして、ラビィも乗った。

「あ、そういえばラビィって当たり判定あるの?」

目の前に座った彼はきょとんとして首を傾げた。

「あたりはんてい?ボクが物体に触れられるかってこと?」

うなずく。彼はんー、と顎に指をあてて考えるしぐさをしてみせた。

「まぁ、どっちとも言えるかな。例えばこういう乗り物に座って身を任せることもできるし、机の上だって乗れてるでしょ?」

「たしかに、言われてみれば」

頭をかいて人懐っこく笑う。その表情は言うなればとても『妖精的』に見えた。

「でもボクが座っているところにそのまま他の人間が座ることもできる。人間はボクの存在を感じられないんだ。君以外はね」

彼は私の目を見てほほ笑み、頭をなでた。

「君はトクベツ」

……密室だからか、なんだかあつい。


 残りわずかの『感情ドロップ』を集めるために遊園地を訪れることにした。

 遊園地と言えばきらきらのあふれる、夢の世界。そりゃあ日常世界で見えない感情も顔を出すでしょう!ということでやってきた。

 正直、ラビィと来てみたかった、ていうのもあるけれど。


 想像以上に彼は楽しんでくれていた。見るのもすべてに目を輝かせ、かわいい笑顔を見せてくれる。その中でも、観覧車に乗ったときの反応が一番良かった。


 徐々に小さくなる景色に見入っているラビィは、きらきらしてまぶしかった。表情がくるくるかわり、もともと大きな目はいっそう見開かれる。

 どんな顔をしてても、ラビィはやっぱり人形のように綺麗だった。

「見て、ユウカ!あれ、さっき乗ったメリーゴーランド!もうあんなに小さいんだよ!?」

「これからどんどん小さくなるよ~」

「わぁ、ボクはそんなに高く飛べないや。人間って案外スゴいんだなぁ」

こんな美少年に言われるとべつにわたしは何もしてないけどいい気分になる。キレイっていうものの影響力はやっぱりすさまじい。


 もうすぐ頂上、といったところで、わたしはふと思った。ラビィは目の前でいっそう頬を紅潮させ、きらきらと輝きを放っている。

「……ね、ラビィ?ドロップの『もと』、ひとつちょうだい」

「?どうぞ」

ラビィはくたびれた肩掛け鞄から瓶を取り出し、『もと』をころりとわたしの手の上に転がせた。

 しばらくそれを手のひらの上で転がせながら眺め、そしておもむろに親指と人差し指でつまみあげた。

 ぱっとそれを掲げる。ちょうど、きらきらした少年をガラス越しに見つめるようにして。

 ビル群を越え、まっすぐ日光が差し込んだ、その瞬間だった。

 ドロップは未だかつてないほどまばゆく輝き、光は様々な色を孕んでいた。そのあまりのまぶしさに圧倒されると同時に、胸の奥がパチパチ弾けているのがわかった。

「きれい……」

おもわずつぶやいたところで、ころん、とドロップが手のひらを転がった。

 どきどきと胸を高鳴らせながら、手の中を覗き込む。

「わ、きれい!」

金色のように輝きを孕む琥珀色で、赤やピンク、空色がところどころに散りばめられている。

 ママが持っているダイヤのネックレスよりキレイに見えた。

 ドクドクと心臓が叫んでいるのが聞こえる。じゅるりと唾液が口の中に満ちていく。

【はやく、食べたい……っ!】

 そっとつまみ上げ、口元へ近づけたその瞬間、ラビィが「待って!」と手を伸ばしてきた。

 目を向けると、真っ赤な顔を小さな手のひらで覆う彼が目を背けていた。夕焼けの日に染め上げられたかのような頬にときん、と心臓が鳴った。

「……っそ、それはっ、だめっ!」

「?なんで」

青い青い瞳がうるうるしていて、泣きそうに困り眉をしている。―――自分の胸がうるさく鳴いていることがわかった。

「は、恥ずかしい……」

消え入るような声に、ぞくっと首筋をなでられたような不思議な心地よさを感じる。

 ニッと笑って、ころっと口に中にドロップを放り込む。ぺろり、と口端を舐めてほほ笑んだ。

「あっ!」

彼の声がまっすぐ私に伸びる。

  きらきら パチパチ

頭の奥が熱く燃えるようにたぎる。まぶしい光が徐々に意識を飲み込んでいく。

 目の中まできらきらして、息詰まるほど美しかった。

 舌を愛しむように絡みつく甘み、鼻に抜ける爽やかな香り、弾ける舌ざわり。すべてがぞくぞくとわたしをなでた。

「はっぁ、おいしっ……!」

惚気た頭からハッとすると、目の前の少年が顔を真っ赤にしてわたしを見ていた。


 心臓が、きゅっとつかまれる。その目に、その髪に、その指に、すべてにきらきらした「何か」がつまってる。

 今『もと』を出したら、多分間違いなく新しいドロップができた。きっと桃色で、赤みを帯びた、星柄の……まぶしいドロップ。


 けれど、この感情はどうにもカタチにできない気がして、口の中でほどけるドロップといっしょに意識を飛ばした。

 ―――――遠く、遠くの彼方へと。


***

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