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「……良い店だよ、ほんと」

「お疲れ様」

 二組のカップセットを手に持った少女のような見た目をした女がいつの間にか隣に立っていた。片方を俺の目の前に置くと、千葉が乱暴に飛び出していった椅子へ座って、もう片方に口をつけながらにこりと可憐な笑顔を作る。途中で選考から漏れたものの、千葉のお相手候補のひとりであった人間だ。

「あ……魔魅子、いたのか」

「恵吾くん、まったく構ってくれないから他の人とゲームしてたんだよ。気づかなかった?」

「俺にも声かけろよ」

「綱吉くんとサシは面白くないからイヤ」

「……お前も大概嫌なヤツだなあ……」

「ゲームをするには御誂え向きの性格だと思うけどな」

 クラシカルなワンピースに身を包んだ女は人目を惹きつける笑顔で軽く目を伏せてカップの中身を眺めている。

 ――どうしてこうも俺の周りには美男美女に溢れているのか。これがわからない。

 神園魔魅子が俺の目の前に置いたカップの中身を見ると淹れたばかりの紅茶が入っていた。

「これは?」

「私とマスターからの労いの一杯だよ」

「労いって……」

「他のお客さんたちは気づかなかったかもだけど、恵吾くんの様子おかしかったし……慰めてくれてたんでしょ? 綱吉くんはお人好しだからね」

「……そうかよ」

「特に、恵吾くんには甘いもんね、綱吉くん」

「……そうか?」

 女の発言を否定したかったが、否定しきれずに眉を寄せる。女は笑顔をイタズラっぽいものに変化させて俺を見上げていた。

「そうだよ。恵吾くんはカッコつけだから私には何も話してくれないし、マスターは恵吾くんのお父さんみたいなもんだから『そういう話』って余計しづらかったんじゃないかな。綱吉くんだから話せたんだと思う……だから今日の功労者の綱吉くん、この紅茶は遠慮せずに飲んでよ。それとももう一杯奢ろうか? 次はお酒にする?」

「まあ……そこまで言うなら、とりあえずこれはいただくか」

「どうぞどうぞ……でも、相手が祥貴くんだなんてちょっと想像してなかったけど」

 楽しそうにころころと笑い声をあげる魔魅子。女の笑い声を聞きながら、ソーサーに添えられていたスティックシュガーを破り、中身を全量注ぎ込む。小さな結晶たちが紅茶の中へゆるゆると溶け出していく様を眺める。湯気からはほっこりと温かい茶葉の香ばしい香りがした。

 一仕事を終えた気分で紅茶をかき混ぜていると、魔魅子の口からとんでもない言葉が飛び出す。

「ねえ、綱吉くん」

「なんだ」

「……どっちがどっちだと思う?」

「ん……? なんのことだ」

「だからあ、どっちがタチでどっちがネコだと思うって」

 最悪すぎる質問に俺は紅茶をかき混ぜていたティースプーンを取り落としてしまった。それはカランと高い金属音を立ててテーブルに転がり落ちたが気にする余裕もなく、魔魅子を睨みつける。魔魅子は口元を隠しながら困り顔を作って俺を見上げている。困っているのはこっちだ。

「お前なあ、嫌な想像をさせるな……大体、人の色恋をコンテンツとして消費しようとするなど下品にもほどが……」

「だってえ、どっちもタチっぽくない? 私が最低なのはわかるけど気になるじゃない」

「どっちでもなんでもいい。俺にもお前にも関係ない話だろ」

「それはそうだけどお……」

 魔魅子は唇を尖らせながらホットチョコレートを啜っていた。

 ――顔は良いのに、どいつもこいつも難のある……。

 己の顔面が嫌というほど引き攣っているのがわかる。ティースプーンをソーサーに置き、カップを持ち上げて十分に熱い紅茶を口に含む。

 魔魅子の発言は俺の脳内にまったくなかった観点だった。そのため、確かにどちらなんだろうといういらない疑問がぼんやりと浮かび上がってくるが、そんな最低な考えは熱湯と共に飲み下した。




 閉店時間も迫り、流石にお暇するかと店の扉を押し開ける。そこから見える景色は変わり映えのしないものだった。夜だというのに昼のように明るくて、猥雑で、汚さすら感じさせる街だ。見上げた空もどこか煙たくて、真っ黒なはずなのに埃を被った布のように白く見える。しかし。

 ――アイツら、上手くやってるかな。

 今晩だけはなんとなく。人が空に祈りを捧げる気持ちがわかる気がした。


<完>

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サタデーナイト症候群 AZUMA Tomo @tomo_azuma

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