5

 考えごとをしている時はタバコを吸うに限る。二本目のタバコに火を着けて、引き続き千葉の不可解な言動について思考していると、視界の端が不意に明るくなった。

 テーブル席はボードゲームをするためにある程度光量のある照明で照らされているが、それ以外の場所は意図的に暗くなっているため、俺が見つめていた場所もそれなりに暗かった。そんな場所で、僅かな光に眩い金髪を煌めかせて佇む人間がひとり。それ自身が光を放っているかのような見た目の男。千葉はテーブルに顔を伏せているためその神々しい存在に一ミリたりとも気づきそうにない。

 ソイツは人差し指を立ててその美しい唇に触れ、言葉には出さず「静かに」と俺に指示を出してくる。その所作さえも絵画にされて後世に遺されるかのような美しさで胸焼けがしたし、そんな気取ったヤツの指示に従うなんて真っ平ごめんだとも思った。

 しかしだ。俺はブルーグレイの瞳にチラチラと輝く紅色を見つけた瞬間に、ある種の爽快感を得た。それは、パズルの最後のピース。ファミレスの子供用間違い探しの最後のひとつ。数学の証明問題にQ.E.D.と書き添える行為。

 ――なるほど、『王子様』ね。

 前提条件が覆ってしまえば、千葉の不可解な言動の理由はすべて説明がついたように思えた。俺はずっと、千葉の相手が俺の知らない女だと思い込んでいたから訳がわからなくなっていたのだ。

 俺自身の出した結論をまだ心から信じられずにはいるものの、しかし答えがこの男であるなら理屈は通る。

 爽快感を得ながらもまだまだ困惑する心を抱えつつ、ひとまずこの男がどのような手に打って出るのか見守ることにした。

 男は薄暗い場所から俺たちのテーブルへ静かに歩み寄ると美しい微笑みを浮かべて口を開く。

「――千葉くん、どうして電話を折り返してくれなかったんだい?」

 舞台役者のように朗々と放たれる言葉。艶やかな男の声が聞こえただろう千葉は、微動だにしなかった体を一度ビクつかせ、再び硬直する。千葉の周りの空気がピシャリと冷え、緊張感が漂う。目の前の男――東雲祥貴はそんな千葉の様子を知ってか知らずか、特に表情を変えることもなく千葉の正面にある椅子を引いてそこへ座った。

「何度も電話をしたのに連絡がないから、何かあったのかと心配したよ」

 千葉は未だ沈黙を保ったままだ。そうなると気まずいのは俺だ。既に二本目のタバコもフィルターまで吸い切ってしまっている。火種を灰皿で押し潰して消すと、苦し紛れにほとんど空になっているカップに手を伸ばし、紅茶の最後の数滴で口内を湿らせた。

 フィジカルも芯も強く、御伽話の王子様のようにキラキラしていて綺麗な人間。東雲祥貴は千葉の語った人物像にぴったりの人間だった。腕利きの千葉と張り合うことができる実力を持つ刑事で、何かと競い合うような間柄。東雲祥貴は千葉にとってライバルに近い存在で気心の知れた友人――のはずだったが。

 ――友人だと思い続けていた人間と肉体関係を持ってしまって気まずくなった……って大学生か何かか、コイツのメンタリティは。

 そのように内心呆れそうになりながら、一方で千葉の発言を思い返すともう一点、興味深い事実が浮かんでくる。

 東雲祥貴という男、千葉の評価の通り、ブレないメンタルの持ち主で尚且つ相当な遊び人だが――そんな男が『悲しそうな顔』をしていた、だと?

 目の前に座る美術彫刻のような美しい男は笑みを絶やさないまま白いジャケットの内ポケットから小さなアトマイザーを取り出してテーブルの中央へ置く。

「千葉くん。君、香水を忘れて帰っただろう。この中に入っているものが最後で新たに調達しなくてはいけないって言っていたから……ないと困るだろうと思って連絡したんだ」

 俺でもわかる。これは千葉と会うための口実だ。香水くらいの忘れ物なら次に用事のある時にでも渡せばいい。連絡を無視されているのなら尚更だ。しかしこの男はわざわざバーまで足を運び、千葉に見つかれば逃げられるかもしれないと思って静かにこのテーブルに近寄り、千葉が逃れられない状況を作った上で声をかけている――東雲は本気で包囲網を敷きにきているのではないか? 今朝『悲しそうな顔』を見せていたのも、本気で千葉をモノにできたと思ったのに、昨晩の出来事を『ないモノ』にされてしまったからではないか?

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