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「俺も正直予想外というか……そんなショックそうな顔されるとも思ってなかった相手で……」

「相手も遊び慣れているということか?」

「大分遊び人やで。俺と変わらん」

「……相当だな。なのに『悲しそうな顔』?」

「そう」

 千葉は最低な男だが、それでも進んで人を傷つけたい人間ではない。女と遊ぶ時は尚更、禍根を残さず楽しむがモットーになっているようだった。そのため、今回のことは千葉としても想定外の出来事で頭を悩ましているということだろう。

「お前、記憶のないうちに相当相手をたらしこんだのか?」

「そうとしか考えられへんけど、記憶がないからわからん」

「本当に最悪だな……だが、お前が記憶を飛ばすほど酒を飲んでもいいと思える相手なんて珍しいな。どんな人間なんだ、ソイツ」

 相手がどんな人間なのか純粋に疑問だった。しかしその話題を振った途端に千葉は再び動揺を見せ、身を固める。千葉にしては珍しい反応だった。しかし一瞬後には考えを整理するように何度か頷きながら口を開いた。

「……うーん……強い?」

「強い?」

 女の形容として出てくるのは珍しい言葉が飛び出る。自立心のある、しっかりとした人という意味で『強い女』という表現が使われることはあるが――日本古来の男尊女卑観の表れた言葉ともいえる――ともかく、そういう『強い女』であるならば尚更、千葉との関係を割り切るか、悲しい顔などせずに制裁を与えそうなものだが。

「うん、強いなあ……」

「それは芯が強いという意味で?」

「間違いなく芯は強いな。フィジカルも、やけど」

「……お前にフィジカルが強いと言わせるのは相当だな。格闘家か何かか」

「格闘家ではないけどトレーニングはめっちゃやってるみたいやな。俺も見習うところはあるかも」

「へえ……」

 千葉が素直に褒めるのは本当に珍しい。尊敬できるところが相手にあるという態度だ。この男は親しくない相手には弁えるが、互いに少しでも心を許した途端、露骨に優劣を決めてかかり、優位を取ろうとする部分がある。そんな男が、だ。

 普段ならベラベラと口が回ってうるさいくらいなのに、千葉にしてはなかなかはっきりと物を話さないし、相手の話は特に慎重に語ろうとする。

 そんな千葉を見て俺は、ある可能性に思い至る。そして思い至った瞬間に、千葉にしては珍しい『年齢相応の人間味』を垣間見た気がして手が震えた。

「千葉……お前、もしかして……」

「まって! 言わんといて!」

 恐る恐るといった具合で口を開いたため、俺が何を語ろうとしたのか察したらしい。だが本人にとってはその事実は認めたくないものらしく、額を押さえていた手をパッと伸ばして、俺の目の前で素早く力強く振った。

「言わんといて、って……だが、いつもならそんな失敗をしても『やらかしたわあ』と笑って終わりじゃないか。今回だけそんな態度なのは明らかに変だぞ。どんな相手なんだよ」

「下手くそな関西弁喋んなや……いや、確かに変かもしれんけど……マズイんやって」

「何がマズイ?」

「マズイもんはマズイねんて……」

 事情を説明するのに苦心しているらしい。千葉は勢いよく振っていた手を再び自分の額に戻すと項垂れる。おそらく、この状態は俺に言えないことがあるということだ。

「まあ……言いづらいなら言わなくていい……とは最初に言っただろう」

「ごめん……」

「しかしお前が惚れた腫れたねえ……世の中まだまだ面白いこともあるもんだな」

「だから言わんといてって言ったのに! まだ惚れたかどうかは確定してないから!」

 叫び声に似た声色で目を剥くと、千葉は勢いよくテーブルに突っ伏した。すけこましでいつも余裕ぶって人を上から目線でジャッジする男が、情けない振る舞いをしているのは可哀想だが正直面白い。

「それだけ言いづらい事情があるってのもおかしな話だが……相手はお姫様か何かか? 身分違いの恋のせいで俺には事情を話せない、としか考えられないほどじゃないか」

「茶化すなや……いや、確かに御伽噺のお姫様――いや王子様バリにキラキラしてるけど」

「強くて、キラキラしてて王子様……?」

 謎すぎる。本当に謎が深まる。

 千葉の発言から察するに、フィジカルの強さと御伽噺の王子様の煌びやかさが同居する稀有な存在に『恋をした(仮)』らしいが――果たしてそんな存在が俺たちの身の回りに存在するのか。もしどちらの要素も併せ持つ女がいるとすれば過酷な訓練を重ねた関西の歌劇団トップスターか何かだ。そんな人間など、俺たちの界隈に出入りしているとは到底考えづらい。

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