第23話 回想終

 その後どうにかして説得した蒼太は、エメリアの欠損部位を治していた。

 結果は問題なく、外にでた彼女は軽やかに歩いていた。時折回って見せる姿が年相応で微笑ましい。それだけで助けてよかったと蒼太は思えていた。

 イーレイアさんには欠損のこと以外は包み隠さず伝えてあった。どうあがいても言い逃れができないと思ったからだ。

 奴隷にはそれを証明する焼印がある。それは一生取れることはないし、二の腕という目立つ位置にある。誰が見てもエメリアが奴隷であることは明白だった。

 否定されても仕方がないと、蒼太は覚悟をしていた。最悪宿から追い出される可能性もなくはない。しかしエメリアを見た彼女は顔に難色を示していたが、それでも仕事の領分からはみ出したことをいうことはなかった。

 ……すみません。

 感謝とともに謝罪する。奴隷が普通という価値観であるこの世界では珍しいことでもないとはわかっていても、よくしてもらっている人から拒絶されるのは堪える。

 さて、と蒼太はエメリアに近づいた。


「調子はどう? 痛いところはない?」


「大丈夫です。ありがとう」


 エメリアは屈託のない笑顔を蒼太に向けていた。

 よかった。まだ心中に溜まっているものと折り合いはついていないだろうけれど、一つでも明るいことがあれば人間は笑える。笑えれば明日まで生きていける。心が死んでいなければいつかは乗り越えることができるのだから。

 蒼太は手を差し出していた。それをエメリアは握って返す。柔らかく小さな指にはしっかりとした力がこもっていた。

 ……ごめん。

 これからのことを考えて蒼太は頭を軽く下げていた。彼女が生きるためには、したくないこともさせなければならない。それ以外で蒼太が用意できる仕事がなかったからだ。

 まだまだ遊びたい盛りの子供に仕事をさせるのは良心が痛む。しかし状況がそれを許さない。

 何ができるだろうと自問は尽きない。その答えを万能の魔法は何も教えてくれはしなかった。






「さて……」


 ソウタはゆっくりと目を開けていた。

 長いこと話していた。喉を潤すために、丸い氷の入ったグラスを傾ける。半分ほど入った強い酒を飲み干す勢いで嚥下していた。

 グラスを置いて、ふうとため息をつく。転がる氷がグラスの中でからりと音を立てていた。

 ソウタは目の前に座る二人の少女を見つめていた。一人は興味深そうに前のめりで、もう一人はその小さな体を椅子に深く預けてふてぶてしく。

 その尊大な態度の少女は、薄目を開けてソウタを見ていた。頬杖をついて、軽くあくびをし、


「で、それからどうしたのよ」


「……君は変わらないね」


「変える必要がないもの」


 言われ、ソウタは苦笑する。

 不敬罪で打ち首にされても文句は言えない。それでも彼女は笑って死ぬか、爪痕を残して死ぬだろう。それだけ自分を曲げるのが嫌いなようだった。

 久々に面白いと、ソウタは感じていた。この立場になってからそういったことも少なく、そもそもこんな与太話をする相手もいない。皆が望んでいるのは美談や英雄譚であって、泥臭い話ではなかった。

 あぁ、楽しいな……

 それでも無限に時間は続かない。ソウタは時計を一瞥すると、眉をゆがめていた。

 すでに時間は深夜を過ぎて、もう少しすれば空が白んでくるほどだった。途中起伏のない話にアポロがたびたび船をこぐ様子も見受けられていた。その都度、慌てて目をぎゅっとつむり、手を白くなるまで握る姿はかわいそうを通り越して痛々しい。

 明日の予定もある、ここでいったん区切るべきだとソウタは口を開いた。


「今日はここまでにして、後日また機会を設けよう」


 そう提案すると、カーサは軽くため息をついていた。


「そうね、まだぜんぜん本題に入っていないし。ただ掃除していただけのことを延々と話してるんじゃないわよ」


「……ごめん」


 ソウタが軽く頭を下げると、カーサは蔑んだ目を向けていた。

 ……うーん。

 ソウタは困ったなと思う。笑うのを堪えるので精いっぱいだった。近しい人も遠い人も、こんな雑な扱いをする人はいない。

 マゾヒストではないと思っていたがそっちのけがあるのかもしれない。若いころなら否定もしたが、三十を超えるとそれもすっと受け入れられるようになっていた。

 しかし伴侶とするにはないなとも思う。良くて悪友、それ以上の関係になることを彼女も望んでいないだろう。

 偉くなるのも考え物だなと、ソウタは苦笑する。好き好んで得た立場でないため、捨てられるならば捨ててしまいたいと、今一度強く思っていた。


「二人とも、おやすみ。明日は大変になると思うから覚悟しておいたほうがいいよ」


「どういう意味かしら?」


 ソウタの言葉にカーサは首を傾げていた。

 ……わからないか。

いや、わからなくて当然か。今まで曲げていた道理が元に戻るだけ、正常な感性を持っていればこれから起こることは自然の摂理だった。

 ソウタは二人を見送った後、薄く残った酒を口に含んだ。

 主上としての仮面をかぶり直して、寝床に戻る。今日は女を抱く気にはなれなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る