第22話 回想11


 数時間たって再び目が覚めたエメリアに、蒼太は抱く身体を離していた。


「そろそろ落ち着いたかな?」


 問いかけに頷きが返ってくる。

 その表情は幾分か血色がよくなっていて、生きる力のようなものを感じさせた。

 ……大丈夫だよね。

 一抹の不安が頭をよぎる中、蒼太はエメリアの頭を撫でる。

 ――催眠、解除。消音。

 どうかな、と顔を覗き見ると、とろんととろけた視線を向けるエメリアと目が合う。次第に輝きを取り戻していく瞳が、かすかに揺れていた。


「――ぅ、ぅあ……」


「大丈夫。深呼吸して」


 嗚咽を漏らす彼女の背中をさすりながら、蒼太は落ち着くように魔法をかける。

 淡い花の香りに包まれたエメリアは徐々に深い呼吸を繰り返すようになっていた。身体の震えもおさまりをみせ、しゃくりあげることもなくなっていた。


「よしよし。もう大丈夫だから」


「ん……」


「もうしばらくこうしてる?」


「……だいじょうぶ」


 エメリアははっきりとした口調で言う。ひとまずは、問題ないということだろう。

 彼女の境遇はトラウマになっていてもおかしくない。フラッシュバックしてまた不安定になる可能性もあるため、しばらくは様子見をする必要があった。

 ただせっかく落ち着いたのだからと、蒼太は身体を起こしていた。そして不安定な体幹のエメリアを持ち上げると、ベッドの上で向かい合って座っていた。

 蒼太は笑みを投げて、


「おはよう」


「お、おはよう……」


 軽い挨拶にエメリアはどもりながら答えていた。


「寝る前の話は覚えてる?」


 エメリアはゆっくりと深くうなずく。

 うんうんと笑みを浮かべる蒼太は、彼女の欠けた身体を眺めて、


「さっきも言ったけど、腕と足、治そうと思うんだけど大丈夫?」


 その一言に過去の光景が浮かんだのか、エメリアは一瞬だけ顔をこわばらせていた。

 蒼太はその手に自分の手を重ねる。大丈夫と心の中で唱えながら体温を移していた。


「で、どうする? 何か理由があるなら考えるけど」


 あくまで考えるだけ。蒼太は若干の申し訳なさを心に隠していた。

 五体不満足ではエメリアに任せられない仕事が多くなる。奴隷として、それは許されないことだった。指定された金額をいずれは完済しなければならないし、雇用主は完済できるように仕向けなければいけない。そこに彼女の意思を考慮する余裕を蒼太は持ち合わせていなかった。

 エメリアからの返答は早かった。言葉を聞いた直後に素早く首を横に振る。広がる茶色の髪がキラキラと光を反射させていた。

 ……どっち?

 だめなのか、いいのか。どっちともとれる表現に蒼太は苦笑いを浮かべていた。

 乾いた笑い声にエメリアは、


「あ、あの……お願いします!」


「あ、うん。よかった」


 はあと大きく息を吐く。本当に良かった。ほぼ決まっている話であっても同意がとれていることは今後の関係を築くうえで重要になってくる。

 ただ、エメリアは眉をひそめて、蒼太を見上げていた。口をもごもごと動かして、ためらいがちに様子をうかがっている。

 何かある。懸念事項が。

 蒼太は首をかしげて、


「どうかした?」


「……いたくしないでほしいです」


 ……なるほど。

 蒼太はすぐに返答できなかった。痛みについては知らないし、説明もない。想像を絶する激痛かもしれないし、ちょっとかゆいくらいで終わってしまうかもしれない。

 あいまいなことをいうのもな、と言葉に詰まる。そのせいでエメリアは目に涙を溜めて、それでも気丈に蒼太を見上げていた。


「あ、ごめん。えっと、施術中は眠っててもらうから多分痛みはないよ」


「多分……」


「ぜ、ぜったい?」


 自信のない答えに、彼女は身をすくめていた。

 ……仕方ないよなあ。

 方法が確立している手術ですら、体にメスを入れるのは怖い。麻酔で感覚がなくても恐怖というものはなくなるわけではない。何も知らないエメリアにとって、失った身体を戻す行為が安全かすらわかっていないのだ。不安に駆られるのも無理はなかった。

 ――感覚麻痺。

 魔法をかける。エメリアに見えるように左手の人差し指をちらつかせて、


「びっくりしないでね?」


 一言前置きして、息を大きく吸い込んだ。

 ――エアカッター。

 ぴっ。

 血の小さな玉が宙を舞う。高々と離れ飛んで行った指がくるくると落ちてくる。

 おっと……

 部屋を汚すわけにはいかない。蒼太は落下する指と血液を右手で掴んでいた。


「ひゃあぁ!?」


「ほら、落ち着いて落ち着いて」


 エメリアは軽い絶叫を上げていた。目の前で起こったことへの恐怖で肩を震わせている。

 ……やりすぎた?

 蒼太は手を上下に揺らして、落ち着くように促していた。肉と骨の見えた断面が彼女の目の前を通り過ぎる度に、のけぞる角度が強くなる。


「……どうしたの?」


 エメリアはそのままベッドに倒れこんでいた。目を閉じて、顔を振る。何かから逃げるように、その仕草を可愛らしいと思いながら蒼太は頭上に疑問を浮かべていた。


「こ、こわい……」


 エメリアの声が震えていた。

 瞬間、合点がいく。刃物もなく目の前でひとりでに指が飛んでいた。マジックと事前に説明がなければ蒼太でも驚きを隠せなかっただろう。

 蒼太は落ち着いて、と手を取る。触れてこわばる手を軽く撫で、


「じゃ、治してみるね」


 不格好になった手をエメリアの目の前で開いて見せていた。

 ――再生。

 ジュクジュクと小さな音が響く。切れた指の断面が盛り上がったかと思うと徐々にそれは形をはっきりとさせ、数分とかからず元の姿を取り戻していた。


「うわっ……」


 ん?

 若干引いたような声色を無視して、蒼太は確かめるように手を何度か握っていた。

 完全に元通り。変に引っかかる感じもない。しかし感覚を麻痺させていてもじんわりとした痛みのようなものを感じていた。

 耐えられないほどではない。ただしそれは指だから。これが腕や足になったときはわからない。

 眠らせる必要がある。きっとそれだけで十分なはずだ。

 ――凍結粉砕。

 蒼太は手に残った指の切れ端を粉々にすると手に残った滓を、ベッド横のゴミ箱の上で払い落す。それを見ていたエメリアが目を丸くしていた。

 パチンと、蒼太は手を叩く。準備はできた。後は実行するだけだ。


「じゃあ、治そっか」


 エメリアはただ勢いよく首を横に振っていた。

 ……んんっ!?

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