第21話 回想10


 翌朝。

 快調な目覚めと共に蒼太は隣を見る。

 安らかな笑顔で眠る少女の顔に思わず頬が綻ぶ。

 留置所では軽い書類を交わし、それで終わっていた。後は宿に戻って追加で一人分の料金と、迷惑料を多めに支払ってその日は眠っていた。

 少女は最低限の治療を施して、魔法で眠らせていた。痛み等は無いはずだが、時折苦悶に満ちた表情を浮かべていたため心安らぐ香りの魔法を使っていた。

 未だ痛々しい欠損が残る少女に、蒼太は今後のことを考えていた。

 少なくとも今の生活を送ることは不可能になった。収入が足りないし、仕事をしている間少女を放置しておくことはできない。何より奴隷である彼女に仕事をさせなければならなかった。

 奴隷には買戻しをさせなければならない。二足三文にもならない金額で買ったとはいえ、簡単には手放せないようにそこそこの金額が設定されていた。

 仕事の内容は決まっていないため、ある程度何をさせてもいい。職人なら見習いに、農家なら小作に。もったいないがそれこそ娼婦でも問題にはならない。

 ……するつもりはないけどね。

 そんな弱みにつけこむようなやり方は好きじゃない。どうしたいかは少女と話し合ってちゃんと決めることにしていた。


「ん……」


 しばらくたって、少女が身じろぎをしていた。薄く開いた目を残ったほうの手で軽くこすっている。

 ……起きたね。

 ――催眠。

 蒼太は彼女の意識がはっきりする前に魔法をかけていた。なるべく自我を薄くして、問いかけに冷静に答えてもらうためだった。

 懸念していたのが、説明する前に暴れられることだった。そうなるのも仕方ない目にあっているし、目が覚めたら知らない男性が目の前にいる。そんな状況で冷静でいろというのは不可能だ。

 同情するが、変に暴れられてせっかく築いてきたイーレイナさんとの関係を崩すことを蒼太は避けたいと思っていた。


「おはよう」


「……」


 返事はない。催眠がしっかり聞いている証左だが、蒼太は虚しさを覚えていた。

 仕方がない、切り替えようと、蒼太は口を開く。


「君の名前は?」


「……エメリア」


「エメリア。今日から僕が主人だ、そこは大丈夫かな?」


「……はい」


 たっぷりと溜めてから、エメリアは頷いていた。感情の薄くなった表情にも困惑と不安が色濃く出ていた。

 悪いことをしている気分だ、と蒼太は苦笑する。少なくともいいことではない。


「僕の名前は蒼太、葛城 蒼太。今後ともよろしくね」


「はい、ソウタ様」


「……様、様かあ」


 慣れない呼ばれ方に蒼太のほうが困惑する。

 呼び捨てでも構わないと言おうとして口を閉じる。仮にも雇用主なのだからそれはどうなのか。自分はよくても彼女が呼びにくいだろう。


「さん付けにしない?」


 折衷案として提示した答えに、彼女は首を縦に振る。

 そして、


「私は何をすればよろしいでしょうか?」


 うつろな目で蒼太を見ていた。

 さてここからと、蒼太は気合を入れる。


「わかってると思うけど、今の身体がどうなっているか把握してる?」


「はい。左腕が肩から、右足は膝から下がありません」


「うん、まあ、そっすね……」


 痛々しい内容をすらすらと言わせたことに、蒼太は申し訳なさから顔を赤くする。

 しかしエメリアは気にした様子もなく、


「申し訳ないですがまともな仕事ができるとは思えません」


「あ、大丈夫。希望するならそれは治すから」


「治す……?」


 エメリアは一瞬だけ目を見開いて、すぐに戻していた。あまりに非常識なことをいうと催眠状態でも感情は表に出てくるらしいことに、蒼太は思わず笑みを作る。


「そう。正直なことを言うと、こうして助けたことですら迷惑かもと疑っている。僕には君がどういう経緯で奴隷になったかわからないしどれだけ傷を負っているか把握することもできない。それでも死にたくないと願ったことだけは嘘じゃないと信じてる」


「……はい」


「だからといって恩に着ろという訳じゃない。君のやりたいことを僕は応援するし、そのために必要なことなら出来る限り用意するつもりだ」


「それは、ソウタさんに何が得になるのですか?」


 問われ、蒼太は困って天井を見上げていた。

 結局のところ、ただの自己満足に過ぎなかった。ちょっとかわいそうな女の子がいて、それを助けることが出来るのが自分しかいない。出来過ぎた物語のような展開に心浮かれていた。

 どれだけ力があろうとも誰かに認められなければ自己顕示欲は満たされない。暴走しないように真っ先に魔法で封じ込めた感情は完全ではなく、時折このように顔をのぞかせていた。

 ……ちょっとくらいはね。

 役得、そう思わないと心がきしむ。そういう意味では彼女を助けた意味の半分は既に満たされていた。


「僕はね、俗にいえばちやほやされたいんだ。一目置かれてあがめられて、頼りにされるそんな存在にね。仲間も彼女もいっぱい欲しい。そんなつまらない人間なんだよ」


「……はあ」


「だから、君を助けた。軽蔑してくれてもいいけど、どうせなら利用してやるくらいの気持ちで来てくれたほうが嬉しいな」


「なぜですか?」


「利用されるくらいには価値があるって思えるから」


 彼女はただただ首を傾げていた。それほど難しいことを言ったつもりはないんだけどな、と蒼太は頭をかく。

 まあいいか。蒼太は彼女の頭を軽く叩いていた。


「そろそろ落ち着いたかな?」


「……いえ」


「えっ? あ、そう……」


「より混乱しました」


 魔法のせいか、言葉に乗った感情がストレートに突き刺さる。

 時間も経って、いつも起きる時間に近づいていた。少しの焦りが頬を引くつかせる。

 何がいけなかったのか。悩んでいると、蒼太の胸にこつんと当たるものがあった。

 見下ろした先にはきれいな茶の毛並みが広がっている。


「……だから落ち着くまで抱いてください」


 片方だけ残った手が蒼太の腹に回り、力強く締め上げる。

 ……そっか。

 未来の事よりもまずは今を考えるべきだった。蒼太はその頭に手を当てて、ゆっくりと撫でおろす。


「ごめんね。しばらくお休み」


 こくりと頷く。泣くことすら許されない状況でエメリアはかすかに肩を震わせていた。

 

 当然、その日の朝食は逃した。少女が再び目を覚ますまで、蒼太はベッドの中でその体温を感じていた。

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