第18話 回想7
掃除と修繕の依頼を終え、蒼太は他の依頼もこなしていた。
安くて重労働であっても数をこなせばそれなりな金額になる。仮設トイレの購入金額には遠く及ばないため大赤字であることは変わりないが、蒼太は完了のサインをもらった束を手に緩い笑顔を作っていた。
収穫はあった。この世界のことを何も知らないという、収穫が。
元の地球と同じと考えるのは止めた。この世界で生きるならば、子供よりも物を知らない事を自覚しなければならない。
無知は悲惨な状況を引き起こす。ならばやることは一つと、蒼太は心に決めて斡旋所へと向かっていた。
夕方の斡旋所は午前と同様に人の姿であふれていた。違うのは立て看板ではなく小屋の中に多く人がいること。また汗や血の匂いであふれかえっていたことだった。
危険な依頼には多くの報酬が用意されている。一攫千金を求めた人々はその証拠をきつく握りしめて今か今かと立ち並んでいた。
並んでいると言っても行儀よく一列にではなく、カウンターに群がっていると言った方が正しい様相だった。一人身奇麗な蒼太は最後尾だと思うところから前を眺めていた。
徐々に人が掃けていく。それに合わせて後ろからも人が押し寄せて、蒼太は押し潰されながらも前に進まざるを得なくなる。若干の息苦しさは視覚や嗅覚によるもので、魔法でも消す手段がなかった。
まるでバーゲンにでも来たみたいだ。行ったことないけど。
流れに身を任せているといつの間にかカウンターまでたどり着いていた。横合いから差し込まれる依頼書が先に処理され、うつけていた蒼太の真裏からは舌打ちの音が響いていた。
「すみません、お願いします」
前の処理が終わり、そのタイミングで自分の依頼書を出す。忙しなく働く男性は握りつぶすようにそれを掴んで目を通していた。
「……はいよ」
特に何も言われることもなく、淡々とカウンターの上に小銭が置かれる。
その合計金額をみて、あれっと思い、蒼太は尋ねていた。
「表示より多くないですか?」
その声に男性は眉間に皺を寄せ、
「依頼人の評価で増減するに決まってるだろ。早くいけ」
ったく、と悪態をついて手で払うような仕草をしていた。
邪険に扱われたことを蒼太は気にしてはいなかった。それよりもいい評価を得られたことへの感動で頭がいっぱいになっていた。
良かった。嬉しい。言葉足らずな感想が頭に浮かぶ。得た報酬は実際よりもずっしりと手の中で重さを感じさせていた。
同時に罪悪感もあった。魔法を使うことは今更止められない。しかし金銭のコピーまではやりすぎだった。今はまだ生活の基盤が整っていないため頼らざるを得ないが、いずれは自立すべきと考えていた。
どちらにせよ、仕事初日は紆余曲折ありながらも上々の成果があった。朝よりも軽くなった懐を弾ませながら蒼太は宿へと帰宅していた。
日々依頼をこなし、帰る生活を続けてはや一ヶ月が経過していた。
慣れ親しんだ宿は依然として継続している。顔馴染みになった女将、イーレイアさんの作る夕食は異国情緒がありながらも絶品で、時折サービスまでしてくれる。創作物ではよくご飯がまずいとあったりするが、地球のコンビニや安い丼物屋よりも圧倒的にクオリティーが高く、まともなものが食べられることに満足していた。
ベッドメイクもよく、ものが無くなったりもしない。少しくらいの要望なら聞き入れてくれるなど快適過ぎて宿から抜け出せない危惧すら感じていた。
紹介してくれたあの人には頭が上がらないと蒼太は思う。なかなか会いに行けないが機会を作ってお礼に行かなければと考えていた。
山のようにあった依頼はひと月の間にほとんどが終わっていた。たまに追加でお願いされることがあり、蒼太は快く受けていた。どうにか生活出来る程度の報酬しか得られないが、懐より心に潤いがあった。
小銭だがある程度は貯まったお金をもって蒼太は買い物もしていた。ただその多くが本の購入に消えていたのは仕方の無い出費と現実から目を背けていた。あまりにこの世界の常識を知らなすぎるため、得る手段として人に聞くか本を読むしかなかったのだ。
この世界には多種多様な種族がいる。そしてそれ以上に多くの猛獣やモンスター、魔物と呼ばれる物がいた。ゲームのように自然発生はしないが人々は狭い土地に点々と寄合を作り、外敵からの脅威に晒されながら生活を送っていた。
必然と依頼もその手のものが多くなる。討伐や採取、キャラバンの護衛など街の外での仕事は危険度が高い。怪我くらいなら珍しくもなく、無茶をすれば簡単に死んでしまう。
だと言うのに、何故か人同士の争いが終わらない。千年戦争は何ら誇張ではなく、それ以上続いている可能性すらあった。
……ありえないだろ。
共通の敵がいる。それも束になっても敵わないほど強大な敵が。それを前にして悠長に味方を削るような真似をしているのがこの世界の人類だった。
愚かだ。そう思うのは簡単で、蒼太は首を横に振る。
何も知らずに頭ごなしに否定するのは止めたのだ。そこに至るまでの歴史を、政治を、風俗を尊重し理解しよう。ここはここを生きるものたちの世界であって、まだ部外者である自分は口出しする権利はない。
その為に書物を漁り、依頼を完了する日々を送っていた。街の外の仕事と違い中の仕事は安い分、人との交流が多くある。顔馴染みも増えた。それこそ仕事中に挨拶を交わしたり、直接指名で仕事がきたりするなど。
直接指名の場合、指名料が別途かかる。それは斡旋所に中抜きされない報酬になるため蒼太にとっても嬉しい限りだった。また依頼者も今まで真剣にやってくれる人がいなかった依頼を優先的に、またしっかりとこなしてくれる蒼太が助かる存在となっていた。やる人がいないだけであってやらなくていい仕事ではないからだ。
今日も仕事が始まる。蒼太はいつものように軽い足取りで宿を出発した。
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