第5話 王子くんは甘くて優しい

 目の前で、佐藤さとうくんが困ってる。

 そうだよね、お菓子の試食に呼んだだけなのに、突然泣き出すんだから。

 けど、彼の優しい言葉に、抑えていたものがブワッと溢れてしまったんだ。


有沢ありさわさん、大丈夫? どこか痛い?」

「ううん、違うの……」


 佐藤さとうくんは眉を思い切り下げて困り顔で私の顔を覗き込んだり、ティッシュを差し出してくれた。


「学校とか、部活で……何かあった?」

「うん……実は、奈々ななを怒らせてしまって……」

飯田いいださんを?」


 私はティッシュで顔を拭いて、お茶を一口飲んでから、今日起きた出来事を話した。


 数時間前。体育館では、バスケ部のミーティングか行われていた。


「全員、一旦集合!」

「「はい!」」


 さかき部長の呼びかけに、みんなは練習の手を止めて集まった。彼女の隣には顧問のたちばな先生もいて、私たちも来月の大会のメンバー発表だって、すぐに気づいた。


「来月の全中地区大会のメンバーを発表します」

「まずはレギュラーね。三年はさかき坂口さかぐち。二年の高井たかい間宮まみや。最後は一年の有沢ありさわ。控えは……」


 控え含めてメンバーと補欠数名の名前が呼ばれた。

 最後まで、奈々ななの名前が呼ばれることはなかった。


「あさひすごいね!」

「同じ一年とは思えないくらい上手いもんね。おめでとう!」

「ありがとう……」


 同じ学年のみんなが声をかけてくれる中、奈々ななはその輪から外れて練習を始めていた。


「では、今からレギュラーメンバーは集まって練習を開始します。他のメンバーはいつものメニューで練習を再開してください」

「「はい!」」


 そのまま、奈々ななと話す機会はなく、帰りの時間になった。

 バスで帰る奈々ななとは、学校を出てすぐのところで別れるけど、片付けも着替えも一緒にして、話しながらそこまで向かうのが日課だった。


「あ、奈々なな。今日これから佐藤さとうくんのところに行くよ」

「メンバーに選ばれたのに、他人の世話してていいの?」


 そう言う奈々ななの声がいつもより低くて。元気がないだけなんだと思ってた。


「大丈夫、練習も今まで以上にがんばるよ!」

「ふうん……」


 ただ、励まそうと。そう思って口にした一言が、奈々ななにはそう聞こえなかったみたいで。


奈々ななも、今回は選ばれなくて残念だったけど、秋には新人戦もあるし、一緒にがんばろうね!」

「簡単に、言わないでよ……」

「え?」


 立ち止まった奈々ななを振り返って見ると、彼女の肩は震えていた。


「がんばってるよ、私だって! あさひなんてちょっと背が高いだけじゃん! なのにそんなふうに上から余裕ぶるのやめてよ!」

奈々ななっ!」


 奈々ななはそのままバス停に向かって走っていった。私は追いかけようと一歩踏み出したけど、そこでバスケ部の先輩に引き止められる。


有沢ありさわ、待って」

さかき部長、でも」

「私、飯田いいだと同じバスだから。今日は帰りな。ね?」

「わかりました……」


 そして、奈々ななを追いかけていった先輩の背中を見送って、私は佐藤さとうくんの家に向かった。


「っていうふうに、奈々ななを怒らせてしまったんだ」


 全部話し終わって、お茶を一口飲んだ。

 話している間、佐藤さとうくんはうんうん、と何度も優しく相槌を打ってくれていた。気がつけば、彼が私の隣に座ってる。


「う〜ん、これは有沢ありさわさんが悪いわけじゃないからね」

「でも、きっと気に触る言い方だったんだと思う。奈々ななとケンカなんて初めてで……どうしたらいいか……」

「俺はあまり飯田いいださんと仲がいいわけではないけど、きっと今ごろ、有沢ありさわさんに酷いこと言っちゃったって思ってるんじゃないかな?」

「そう……かな?」


 顔を上げると、佐藤さとうくんが優しく微笑んでいた。

 彼は私の頭に手を乗せて、軽く撫でてから「大丈夫」と言った。

 それを聞いていると、私は本当に大丈夫な気がして、沈んでいた心が少し軽くなったんだ。

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