6= 急激で誇り高い昇進
「えっ……?ぼ、僕が兵長、ですか……?」
夜、呼び出されて何かと思えば、そこに居たのは錚々たる面々で、それに威圧されていれば急にそんな事を言われて思わず聞き返してしまう。
どうしたと言うんだろう。
兵長?……それも僕が?
いやいや……。
何かの冗談かと思いつつも、目の前に並ぶのは冗談にならない顔ぶれで、その一人一人が睨みつけてるのかってくらい鋭い眼光を隠そうともせずに向けてくるものだから、思わず背筋がぞわっとしてしまう。
「……そうだ、
すると、その中に居た長塚中尉がそんな風に言ってきた。
この顔ぶれの中では中尉である兄さんでさえ霞む様な並びで、どうして僕がこんな所に呼ばれているのか、どうして急に兵長なんて言うのか、やっぱり嘘であってほしいとさえ思ってしまうくらいだった。
どうして僕が?なんてとても聞ける空気でないのは分かっている。
けど、本当に何かの間違いで、役立たずの僕が変に兵長なんかになったりして大勢を犠牲にしてしまうのはとてもじゃないけどやりきれない。
「……気持ちは、嬉しいです」
だから、精一杯気を使って気を使って、声を出すだけでいっぱいいっぱいなこの空気の中で、何とか言えた言葉がこれだった。
「けど、僕では力不足だと……思います」
昇級の辞退。
それは……回り回って忠誠心の無い行為と思われたっておかしくなかった。
だからだろうけれど、ただでさえ落ち着かない視線が、今度は物音一つしない沈黙も相まって、泣きそうになってしまうぐらいキツイものに変わってしまっていて、とにかく誰か早く発言して欲しくて心の中で一生の中で一番と言えるくらいに強く願ってしまう。
心なしか背中の痛みも戻ってきている様な気もするし……これはかなり……かなり、精神的にやられる……。
「ほう。君を兵長にと見た
「とっ、とんでもないです……っ!」
何とか沈黙地獄は免れたけれど、その代わり発された言葉は更に地獄の底の様な寒気のする鋭いもので、僕は必死に取り繕うとわたわたと両手を胸の辺りで左右に振る。
でも、こんな空気感でとてもじゃないけど僕の何を買ってくれたのかなんて聞けなくて、押し負けて居る事しか出来ないでいると、さすがに可哀想に思ったのか長塚中尉が優しめの口調で話してくれた。
「昨日のお前の討伐数を見て、
確かに、僕の隊の兵長は負傷して戦場にもう出られないだろうとは聞いたけど……本当に昨日の討伐数だけで、僕を兵長にして良いんだろうか。
だって……兵長と言えば、あの大型を討伐する様な実力者がなるものだろうし、怪我でもしない限りはほぼずっと前線に居なくちゃいけない。
こんなの、二日三日で死ぬのがオチだ。
それ程までにもう戦力が致命的なのかと思ってしまう程、それは僕には余りにも無謀な決定に見えた。
……が、
「その怪我で一日も経たずに平気に立ち上がる丈夫な体。たった一日で上位に食い込む程の討伐数を見せた脅威の成長具合。これだけでは不足と言うのかね?」
「……いえ」
そうまで言われたら、「でも……」なんてうだうだと言える訳が無かった。
「ならば、もう一度聞こう。……我等は君を兵長にと思っているが、君は?」
「……有難く、お受け致します」
****
あの後、すっかり和やかに酒の席を囲んでいた人らを横目に、独り大きく深いため息をついていると、すぐに長塚中尉に見つかってしまった。
「いやぁ、凄い昇進じゃないか。兵長だなんて。……俺もうかうかとしてたら、中尉なんてすぐ抜かれちまうんじゃないか?」
相変わらず酔うと粘着質な絡みが更に酷くなる。
肩を組んだまま左右に揺られて、キツく香る酒の匂いも相まって不快そうな顔になりそうなのを何とか抑え、僕も話す。
「そんな事言ってる場合じゃないですよ……僕が兵長なんて、とてもこなし切れるのか分かんないですよ」
「でも、実際昨日の討伐数は凄かったじゃないか。昼に集計見てビックリしたぞ」
すると、そんな風に言われる。
僕は倒れてしまったので見ていなかったけど、そこまで揃って驚く程凄かったんだろうか。
確かにあの日は調子に乗って前線まで出て行ってしまったけど……。
「……でも、僕が呼び出されるって知ってたんなら、あの時……先に会った時教えてくれたって良かったじゃないですか?!」
そんな事より、昼の時点で分かっていたのなら、あの時僕の恋愛事情を詰めるよりもっと大切な事があったろうと怒った様に詰め寄ると、長塚中尉は「ごめんごめん」と笑ってから、言い訳する様に言ってきた。
「正式に言うと決まるまでは機密事項だったんだよ。お前にだってそれは例外じゃない」
「はぁ……分かりましたから」
「まぁまぁ、そう拗ねるなって」
「……拗ねてませんから」
ちょっと大げさに頬を膨らませながらそっぽを向くと、長塚中尉は苦笑するものの表情は楽しそうに緩んでいた。
……こんな平和なのも久しぶりだ。
ここに来てから初めてと言っても過言では無いくらいの休みに疲れをだいぷ取れたのか、辺りの空気は軽いし、昨日よりはだいぶ安く量も控えめとはいえ皆が自然に酒を開けてしまうくらいには和やかだった。
「あ。そうだ、王生」
「……何ですか?」
「お前の彼女、さっき川辺で石積んで遊んでたぞ。暇してるんだし、行ってやればどうだ?」
「石……」
なんて子供みたいな遊びしてるんだと苦笑してしまってから、まぁここに用も無ければそろそろ痛みも戻って来てしまうかもというのもあり、そうしようと立ち上がれば、兄さんはニヤニヤと笑いながら僕を見送った。
もうこの際だから、恋人でも無いのにこんな関係であるのも不誠実だし告白してしまいたいけど……彼女に拒否されるのも勿論怖ければ、そんなつもりでやってるんじゃないとくちづけをもうしないと言われる可能性が邪魔して中々言いきれない。
本当に……彼女はどういうつもりで僕を助けてるんだろうか。
それが純粋な僕への好意ならどれだけ良いかと思いつつも、それなら今まで役立たずでしか無かった僕のどこにそんな魅力があると言うのだろう。
昨日の活躍と今日の昇級は置いておいて、頭もそんなに良くなければ運動神経だって微妙、背も同年代の男にしては低いし細くて頼りないし、臆病で弱虫で天邪鬼……男としての魅力なんてそうそう無い様に見えるけど。
と、そんな風に考えてしまって自分でダメージを負っていると、兄さんの言った通り川辺で石を積んで遊んでいる彼女を見つけた。
僕は積み重なったマイナスな思考を振り払う様に、一旦大きく頭を降ってから彼女に向かって石の道を歩き進めると、その音が真後ろまで迫った所でやっと彼女は振り向いて僕を確認した。
「王生さんだ。どうしたの?痛い?」
そんな風に聞いてくる彼女に、すぐにくちづけをせがむのも何だかそれ目的だけみたいな……感じの悪い気がして、どちらとも言わずに軽く笑って濁す。
「安在さんは何してるの?」
「何……って、分かんないけど……」
「あはっ、僕もつくろうかな」
そんな風に並んでよく分からない石の塔を二人で作っている時間は……何事にも変え難いくらい、とても暖かくて優しい時間だった。
……二日連続で休みなんて事も無いし、明日は戦場に出る事になるだろう。
だから……ただ今は、この時間に……彼女との夢の様な時間に、何も辛い事なんて考えずに浸っていたかった。
「ん?この音は?」
「……招集のサイレンだよ」
そんな事を考えていた僕の思考は、耳慣れた無機質なサイレンの音にかき消された。
「行かなきゃ。……またね」
「……」
もう割り切って立ち上がると、僕の作っていた方の石の塔は呆気なく崩れてしまった。
それに何となく物悲しさを感じていると、僕をボーッと見上げていた彼女は立ち上がって、自然な動作のくちづけで僕を見送った。
「……また、ね」
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