第10話

 真っ暗な廊下を早歩きで真っ直ぐに突き進む。逸る気持ちが走って行けと囁くのだが、病院の空気というのは不思議なもので、誰かに何かを言われたわけでもないのに、『静かにしなければならない』という強制力が私の中で働いている。私は出来るだけ音を立てず、かと言って歩幅を狭めるわけでもなく、暗闇を進む。

 もうとっくに消灯時間は過ぎていた。視界は真っ暗で、誘導灯の明かりだけを頼りに歩く。私と瑠璃が【擬似神代領域】に赴いてから随分と時間が経過したことは、火を見るより明らかだった。

 あの悪魔との戦い、そして栗花落との決着。随分と時間を消費してしまった。この時間が限りあるものだと、私は知っていたはずなのに。

 もし、もう間に合わなかったら。私に残されていたはずの時間はとっくに無くなっていたのだとしたら。

 いや、まだ間に合うはずだ。なぜなら、まだ私がこうして生きているのだから。何も問題はない。

 脳裏を過ぎるイメージに、私の理性が反論する。それでも、私の中に根付いた〝最悪の未来〟を拭い去ることができない。何度振り払おうと、それは私の全身へとにじわじわ広がっていき、私の恐怖を煽る。眼前に広がる無限の暗闇が、私の不安を掻き立てる。気が付けば私の足取りは重くなっていた。

 病室の前にたどり着いた。ドアにおそるおそる手を伸ばす。手の震えを抑え込み、ゆっくりとドアをスライドさせた。

 病室の中にはかなえが横たわっているだけだった。かなえの母親はまだ戻っていない。この部屋は私と瑠璃が出ていった時のまま何も変わっておらず、まるで時間に取り残されているようだ。

 かなえのそばに近寄り、頬を撫ぜる。冷たい。けれど、ほんの少し温かい。

「あぁ、よかった!」

 心の底から安堵した。私は間に合ったのだ。

 かなえはすぅすぅと寝息を立てながら、横たわっている。かなえの手を取り、両手で包み込んだ。

 私があなたの【権能】を使うのは、これで最後。だから、この願いを叶えて欲しい。

 どうか、元気なかなえに戻りますように――

 自分の奥深くに存在する神に語り掛けながら、意識を集中させる。

 刹那、私の両手から熱く猛々しい何かが、かなえの手のひらへと流れ込んでいく。

 直後、かなえの唇がゆっくりと動いた。

「……蓮美、ちゃん」

 間違いない。空耳や幻聴なんかではなく、今確かにかなえが私の名前を呼んだ。私がかなえの声を聞き間違えることなんて、あるはずがないのだから。

「かなえ、目が覚めたのね!」

 思わずかなえの手を握る両手に力がこもった。かなえは眩しそうに目を開け、そして、もう一度私の名を呼んだ。

「蓮美、ちゃん」

「ええ、そうよ! 私はここにいるわ!」

 かなえが緩慢な動作で上体を起こし、辺りを見回した。

「あぁ、そっか。私、倒れちゃったんだね」

 静かにかなえが呟いた。

「えぇ。やっと目を覚ましてくれた」

 私がそう言うと、かなえが私の方を向いて、力なく笑った。そのままかなえは私をじっと見つめ、やがて言った。

「蓮美ちゃん、私と話したいことがあるんでしょう?」

 思わず、息が止まった。かなえは真っ直ぐに私を見据えたまま、微動だにしない。

「……えぇ、そうよ。大事な話があるの」

 あなたと、私についての。

 そう言って、私はベッドのすぐそばに置かれたパイプ椅子に腰掛けた。

「なんか、久しぶりだね。病院でこうやって話すの」

 かなえが無邪気に笑った。

「そう言えばそうね」

 私も笑って返した。そんなこともあった。

 かなえは一年前にも倒れて入院したことがある。その時は意識もはっきりしていたが原因不明で、検査のために二日だけ入院することになったのだ。あの時も、退屈だとかなえから連絡を貰った私が病院に忍び込んで、こうやって夜遅く話していた。

「懐かしいわね。一年前なのに、もうずいぶん昔の気がするわ」

「そうだね。いろんなことがあったから。私も、蓮美ちゃんも、みんなも」

 かなえが遠い目で天井を見上げている。私もうなずいて同意した。

 いろんなことがあった。かなえの退院祝いをした夜に、みんなで天体観測したり。菱子の赤点を回避するために、みんなでかなえの家に泊まり込んで一晩中勉強を教えたり。瑠璃が唐突に山登りしたいと言い出して、近くの山にみんなで登山したり。かなえが貧血で倒れた時、私が叫び過ぎて喉を傷め、三日ほど声を出せなくなったり。かなえが男子に告白されて、返事をするのにのにみんなで着いていったら、その男子の言動にキレた菱子と私が暴れて乱闘騒ぎになったり。本当に、いろんなことがあった。

「でも、それはこれからもよ。これからも生きている限り、いろんなことがあるの」

 人生に終わりはない。生きている限り、何が起こったとしても不思議はないのだ。

「そうだね。……うん、そうだね」

 かなえが小さく何度もうなずく。そして、

「ごめんね、蓮美ちゃん」

 謝罪の言葉を口にした。それは一体、何に対しての謝罪か。

「急に、どうしたの?」

 何も知らない風を装って、かなえに訊ねた。

 本当のことを言えば、心のどこかで期待していた。瑠璃が言っていたことは全て彼女の思い違いで、私が命を賭けて護り抜いた親友のかなえは、私たちと何ら関わりのない一般人で、【ゴッズ・ホルダー】のことも、悪魔の存在も、【最終戦争ラグナロク】についても、何一つ知らない人物であることを。

 そんな私の淡い期待は、彼女の口から発せられた言葉によって、容易く打ち砕かれた。

「……蓮美ちゃんは、もう全部知ってるんでしょ?」

 ごくりと唾を呑み込んだ。全部、知ってる。その通りだ。私はもう全部知っている。

 あなたが、全て知っていることさえも。

「私も全部知ってるんだよ、蓮美ちゃん。一年前に私が死にかけたことも。蓮美ちゃんが戦って、ずっと戦い続けて、私やみんなのことをずっと護ってくれてたことも。全部、全部知ってるよ」

 かなえが静かに言う。私は、彼女にかける言葉が見つからず、ただ沈黙するばかりだった。

 かなえの言葉が意味するところ。それは、私が瑠璃から聞いた話が全て嘘偽りなく真実であることの裏付けに他ならない。

 言葉を失った私を置き去りにして、かなえが静かに語る。

「一年前に〝地震〟があったこと、蓮美ちゃんは覚えてるでしょ?」

 私は覚えている。それを、私がなかったことにしたことも。

 その〝地震〟は【上級悪魔】が現世に顕現したことによってよって引き起こされたものだ。そして、その【上級悪魔】は顕現する前に私が斃した。あの時、【時間神クロノス】の【権能】を授かった私は、【上級悪魔】が顕現する半年前に時を遡り、戦い始めた。それこそが、私たちが【最終戦争ラグナロク】と呼んでいるあの戦い。【上級悪魔】の復活を目論む悪魔の軍勢と、それを阻止するべく集められた神々の意志を代行する私たち【神を内包せし者ゴッズ・ホルダー】の全面衝突。悪魔と神々による、人間を介した代理戦争。幾重の戦場、幾多の犠牲を経て、私たちが勝利を掴み取った、あの地獄。

 そうだ。私は【上級悪魔】が顕現する前に、かの【上級悪魔】を葬り去ることに成功した。よって、この世界でかなえが命を落とすはずだったあの災害は、発生していない。すべて無かったことになったのだ。

 ならば、それを知っている彼女は何者なのか。答えは明白だった。

「あの時、私は建物の下敷きになって死にかけてたんだよね」

 何でもないことのようにかなえが言った。

「……ええ、覚えているわ」

 忘れられるわけがない。至る所で二次災害として火災が発生し、雲一つない夜空に黒煙が立ち込めていた。人々はパニックになり、絶叫と悲鳴が絶え間なく聞こえてくる。そして、私の目の前で、巨大なコンクリート片の下敷きになり、おびただしい量の血液を流しながら横たわる、かなえの姿。

 私は慌てて駆け寄り、瓦礫の下からかなえを引きずり出して、かなえを抱え込んだ。そして、必死に何度も、何度も彼女の名前を呼んだ。それでも彼女は応えてくれなくて、私は途方に暮れ、絶望していた。

「私はその時のこと、あんまり覚えてないんだ」

 かなえが気恥ずかしそうに言う。

「だけど、目を開けたら蓮美ちゃんがいて、私のことを一生懸命助けようとしてくれてたのは、ちゃんと覚えてるよ」

 私が全てを諦めたその時、かなえは一度だけ目を覚ました。そして、彼女の唇が言葉を紡いだ。

 それは、私たちの想い出、私への感謝、そして、彼女の願い。

「あなたは言ったわね。『生きて欲しい』って、私に。『生きて、私の分まで目いっぱい楽しんでほしい』って」

「うん」

 かなえが目を伏せる。かなえの横顔を、月明りが照らし出す。

「私は言ったわ。『かなえがいない人生なんて考えられない。かなえがいない世界なんて有り得ない。お願いだから、私と一緒に生きて欲しい』って」

 私は懇願した。かなえに生きていてほしい、と。だが、私の願いも空しく、かなえが再び目を覚ますことはなかった。

 私は祈った。かなえを護る力が欲しいと。その願いさえ叶えられるのならば、命など惜しくはないと。

 そして、その祈りは神々に聞き届けられ――

「あの時、私の祈りが神様に通じたんだ」

 と、

「――――――」

 言葉を失った。彼女の口から告げられた事実は、最も受け入れたくない真実だった。

 あの時、神々に見初められたのは私ではなく、

「あの時から、私の中に神様がいるの」

 かなえだった、と。

 言葉を失った私は沈黙するしかない。全身に意識を張り巡らせなければ、立っていられなくなるほどの眩暈。心臓は見えない何かを恐れたように早鐘を打つ。気を抜くと呼吸さえ忘れてしまいそうになる。

 かなえが言う。

 女神の名は、【ユノー】。ローマ神話の主神【ユピテル】の妻として知られる彼女は、ローマ神話最大の女神として語られる。そして、女性を守護する女神である彼女には、様々な側面があるという。

「私の中にいるのは、【守護神ユノー・ソスピタ】。」

 その女神は、守護、救済の象徴。か弱き女性を導き守護する、救済の女神。

「……あなたは、何を願ったの?」

 やっとの思いで、声を振り絞った。空調が効いたこの部屋で、暑さを感じていない筈なのに、冷たい汗で全身がぐっしょりと湿っている。

 かなえが言う。

「『蓮美ちゃんの願いが叶いますように』って」

 それが、瑠璃から聞かされた最後の話。瑠璃たちが探っていた、私の秘密。〝かなえの真実〟。神を宿しているのは私ではなくかなえであり、私の中にある【時間神クロノス】は、かなえの【権能】によって創られた私の願いを叶える為だけの存在で、実在しえない神であると。

 それは、つまり。

 私の願いが叶ったのは。

 私に力が与えられたのは。

「――あなたが」

 彼女がそう願ったからで。

 彼女がそう望んだからで。

 私は、彼女を護っているつもりでいながら、

「――私を」

 ずっと、彼女に護られていた。

「蓮美ちゃん。私ね、蓮美ちゃんに出会えてよかった」

 言葉を失い、呆然とするしかない私を余所に、かなえが語り始める。それは、誰に向けての独白なのか。

「私、本当はずるい子なの」

 小さい頃からずっと思ってた。この世界には『いい子』と『わるい子』しかいない。『わるい子』だと、損をすることが多い。周りに目をつけられるし、何か失敗したらすぐに怒られたり、笑われたりする。だったら、私は『いい子』がいい。そっちの方が楽だと思うから。

「だから、私はずっと『いい子』だった」

 面倒で誰もやりたがらない事を進んでやって。言われたことはちゃんと聞いて。ルールはちゃんと守って。そうすると、親も、先生も、友達も、みんな私のことを優しい『いい子』だって思ってくれた。うっかり失敗したり、ちょっと他の子に意地悪したりしても、誰も怒らないし、馬鹿にしたりしない。

 私の思った通り、やっぱり『いい子』は楽だった。

「蓮美ちゃんと仲良くなろうとしたのも、私が『いい子』でいる為だったんだ」

 両親がいなくなって可哀想な子。根暗で、友達もいなくて、憐れな子。この子と仲良くなれたら、私はますます『いい子』だ。

 最初はそう思ってた。

「でも、そう思ってたのは最初だけ」

 蓮美ちゃんは一緒にいるだけで、とても面白くて、いつも楽しくて。蓮美ちゃんは私といると、ずっと笑ってて、それがすごく嬉しかった。

 気が付いたら、『いい子』か『わるい子』か、なんて気にしなくなってたの。

『いい子』じゃなくなった私には、大変なことも、嫌なことも、いっぱいあった。けど、蓮美ちゃんと一緒だったら、いつだって平気だった。

 だからね。

「私、蓮美ちゃんには感謝してるの」

 あなたと出会えたことに。あなたと友人でいられたことに。

「そんな。たった、それだけで……」

 違う、そうじゃない、って弁解したいのに。言葉が、想いが、喉に詰まって吐き出せない。私の喉は発声の方法を忘れてしまったように動かない。

 あなたと出会ったことで、あなたと友人でいられたことで、救われたのは私なのに。私の方があなたに感謝しているのに。それなのに、あなたは自分を、自分の命を投げ出してまで、私を護ろうとしていたなんて。

 何も言えなくなった私を見兼ねたかなえが、優しく微笑んだ。

「うん。それだけで十分なんだ」

 私は、楽しかったから。もう未練なんて残らないほど。

「……そろそろ終わりみたい」

 微笑んだかなえの瞳が、翳る。

「――――」

 彼女の言葉の意味を理解して、再度言葉に詰まった。もう時間は残されていないのだ。

 私たちの【権能】は、使用する度に私たちの身体を蝕んでいく。

 そして、神々を宿していたのが、かなえだというのなら。私の中にあった【時間神クロノス】が、かなえの【権能】によって叶えられた私の願いの産物だというのなら。私が使用した【権能】は、私自身ではなく、かなえを消費していて。

 思い返せば、かなえが体調を崩したのは決まって私が【権能】を使った直後。そして、昨日突然かなえが倒れたのも、私が菱子を救うために現実世界にも及ぶ大規模な【権能】を行使したから。それによって瑠璃たちは私とかなえの関係に気付いたのだ。

 つまるところ。

 彼女を追い詰めていたのは。

 彼女を犠牲にしたのは。

 誰よりも彼女を救おうとしていたはずの、私自身だった。

 呼吸も忘れ、ただかなえを見つめることしか出来なかった私に、彼女が微笑んだ。

「正直に言うと、ちょっと。本当にちょっとだけ、蓮美ちゃんのこと恨んだりもした」

 何も知らずに【権能】を行使して、その代償を一切背負わないあなた。私はこんなにも辛いのに、それがあなたのせいだなんて知る由もないあなた。

「でも、知ってたから。蓮美ちゃんが戦うのは、椿ちゃんを、菱子ちゃんを、瑠璃ちゃんを、みんなを護るためだって」

 それなら、仕方がない。あなたに護りたいと想うものが増えたことは、喜ばしいことだから。あなたに私以外の大切な人が増えたことは、祝うべきことだから。

 それを、私は祝福します。

「ねぇ、蓮美ちゃん」

 かなえの呼び掛けに、私は応えられない。どんな顔をすればいいのか、どんな佇まいでここに立てばいいのか、何一つわからない。

「――生きて。私の分まで頑張って生きて、楽しんで。今の蓮美ちゃんなら、きっとできるから」

 それは、彼女の願い。私だけに向けられた、彼女の望み。

 彼女を犠牲にした私には、何も言う資格がなくて。

 私は、そう言い残したかなえが眠りにつくのを、見届けることしか――――

 出来ないはずもなく、気が付けば私は、瞼を閉じてそのまま眠ろうとするかなえの頬を力強く引っ叩いていた。病室に響き渡る、乾いた音。いい音だ。

「…………えぇ? マジで?」

 あまりの衝撃に、かなえは私が叩いて真っ赤になった頬を抑え、呟いた。彼女の眼は零れ落ちそうなほど見開かれている。よほど予想外だったのだろう。

 だが、私は心に決めていた。かなえの話を聞いた後は、一発ビンタをお見舞いすると。

 我ながら会心の一撃だった。

「目は覚めた?」

 かなえは無言のまま頷いた。

「あのね、かなえ。私、最近になってようやく気付いたの」

 自分でも驚くほどの冷静さで、かなえに語り掛ける。

「私たちは話し合わなければ、お互いのことなんてわからないのよ」

 思い返してみてもそうだ。椿が恐怖に震えていたことも、菱子が自分の境遇に疲れていたことも、瑠璃が罪悪感に苦しんでいたことも、栗花落が救いを求めていたことも。私は彼女たちの話を聞くまで何一つ知らなかった。かなえのことだって何も知らなかった。

「そして、それはあなたもそう」

 話さなければわからないのは、恐らくかなえも同じだ。きっと、私の気持ちなんて理解していない。私が自分の気持ちを言葉にして伝えていない以上、知っているはずがないのだ。

「だから、私の気持ちをあなたに伝えるわ」

 かなえは少し目を泳がせて、一瞬遅れて頷いた。

「私は、この変わらないこの日常を過ごしたい。そこには、椿がいて、菱子がいて、瑠璃がいて、もちろんあなたもいて。あなたは私に『生きて欲しい』と言ったけれど、それは私もそうなの。私も、あなたに生きて欲しい。そうでなければ、私の願いは叶う筈がないの」

 かなえは、『私の願いが叶うこと』ことを願った。だが、私の願いは、『彼女たちと共にいきること』だ。彼女抜きに叶うことはない。

「だから、自己犠牲はやめて?」

 私は愚かだった。私一人が辛く苦しい思いをすれば、かなえを救うことが出来ると思っていた。だが、彼女も同様に私の無事を願っていて、彼女もまた、自分を犠牲にして私を救おうとしていた。

 ふと、かなえの母親が言った言葉を思い出した。

『あなたも、かなえも。きっと似た者同士なのよ』

 彼女が言ったことは、きっと正しい。私たちはよく似ている。相手を救いたいがために自らを犠牲にしようとしていたことも、自分の犠牲を相手が望んでいることなのか考えなかったことも。

 だから、もうやめだ。

 私を犠牲にしても彼女が救われなくて、彼女を犠牲にしても私が救われないのなら。

「私は、あなたと共にこの苦しみを背負っていきたい」

 病めるときも、健やかなるときも、私はあなたと共に在りたい。

「でも、もう時間が……」

 かなえが弱々しく口を開いた。

「大丈夫よ、かなえ。私を信じて」

 言いながら、かなえの小さくて柔らかい手を両手で包み込んだ。彼女の手はいつもと違って冷たいけれど、それも私が温めればいいだけのことだ。

 やがて、かなえが観念したように言った。

「……うん、わかった。蓮美ちゃん、お願い」

 彼女の言葉を受けて、私は祈りを捧げる。

 私には確信があった。彼女が『私の願いが叶うこと』を願ったというのなら。【時間神クロノス】が私の想いに応えてくれたのなら。

 この祈りも、必ず届くだろうと。

 ――お願いです。私に、この変わらぬ平穏を送る力を下さい。どうか――


 そうして、私の願いは聞き届けられ――

 ――私たちは一つになった。

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