第6話

 一斉に一万羽の雀が鳴いたのかというような音のするブザーを、ネックストラップをつけて首から下げて。アパートの出入りは慎重に素早くした。


〈おかえり〉


 ちいさな女の子のような、寄り添う高い声がした。頭に響いた。叫んだ。

 人様によってはゴキブリでも出たのかと思うような叫びだ。


〈ごめんね、レイだよ。昨日と今日の朝まで、一緒にいたでしょ?〉


何も浮かばない。浮かべ、私の過去、思い出、昨夜、昨夜の、……レイ?霊?もう、霊じゃない?


「……オレ、もう、駄目かもしれない」


〈大きな機械のネックレスだね。ナニソレ〉


会話、してみようかな。

「オレをまたあの〝常世の庭〟まで連れてける?ていうか、部屋とくっつけて」


〈!それは妙案だね!すぐやるよ!〉


部屋の中に雨が降り注ぐような空間のさざなみの後、我がアパートの我が部屋の窓側に現れる、太古の森。草花は自生しているようで、水仙みたいな見たことあるのも混じっている。

手前には、ネモフィラのような、オオイヌノフグリのような。女子が言っていいのかなあ、オレには見分けも分からない植物たち。死んだばあちゃんがいたら一発で名前を教えてくれそうだけど。どんどん、孫の世代は詳しい事が減っていて申し訳ない。

「しろ!」

昨日会った、ような。女みたいな男、仙人が喜ばしいというように手を振る。

「……さっきの女の子の声は?」

「ふふふ、あれもわたしだよ。仙人はね、超越してしまうんだろうね。女がいいなら」

 レイが一瞬で、この世でまたいつか会えると信じて待っていた妙齢の人の姿というような人物へと変貌を遂げ。

「これでどうだい?きみの男への憎悪があれば、私にぶつけてもいい。わたしは女として、母のようにきみを慈しむ。さあ、この膝へ……」

 訳がわからなかった。気づいた時には、いや、気づいていても半分はアパートの部屋、窓際は太古の森の狭間で、わたしは、オレは、仙人に膝枕されて眠っていた。

「どうか嫌いにならないで。男でも女でも、真ん中でもなんでも、ひとりを嫌わないで。わたしを、受け入れて」

そんな時だけ男に体型が戻る。

 なんだろう。せつない。全然そんな状況でも、気持ちでもないのに。刹那かった。

 刹那。

 防犯ブザーを鳴らすのは今じゃないかと考えた。変な夢に、変な男、変な女。

 でも、真ん中。

 

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