第5話

「だからオレは言ってやったんじゃー!」

 学校は好きだ。なぜなら教室でオレがオレのことを、オレというのを。不思議がる者はもうこの教室にも学年にもいない。ただ先生の前ではわたし、だ。べつに、男になりたいわけじゃない。男の精神じゃないと父に勝てず、母に寄り添えばしっぺ返しがくる。ほんとうは、真ん中を歩きたい。

「白は過激だなー」

「でも斎藤くんといい感じだよね、読書仲間」

「おまえっ、それ言うとシロに怒られるぞっ」

仲間内の一人が静かに教室で本を読む、斎藤を見る。東野圭吾が好きな、逆立ちのできない男子だ。

オレはちょっと気になったが、気にしない。不問にしてやろう。オレの友達たちは、なんていうかみんな。粗野、ってほどでもないし。あだっぽい?なんて言葉でもないし。サバサバしている。で、男子学生っぽい、女子だ!

 みんなオレの親父を知ってる。だから、こんなひでー会話でも女子は女子だ。だから、学校は、好きだ。

 そして、部活動は吹奏楽部でまさかの腹筋を鍛えるための体力作り。外も走る。結構好きだ。うちの学校は一年で走る!腹筋!二年で楽器!練習!三年!とにかく青春が終わるまでを吹け!叩け!楽譜を見よ!とまあ。部活動も好きだ。

 そして、放課後の、秘密のアルバイト。祖父のやっている本屋で、ひたすら掃除する。お手伝いさん。これだけで一日千円貰える。後から知ることになる。一ヶ月、孫が秘密のアルバイトをして。三万を貯めたり、何かに使ったりが、物語のようで。祖父は楽しかった、と。

 さて、現代。三角巾にはたき。

 オレはいつか、いや、近々には面談や面接なんかで社会でわたしに、ならなきゃなんだよな。

 男で自分のことを自分、と言ったり。私は、って言う人。本当は、本当に、立場をわきまえた人か。癖か。自分自身が出ている、具現化みたいな、言語なのか。自身の考えと主体性、みたいな。偉いな、と訳の分からないことを思う。

 さて。日が暮れて。

 オレはふと、恐怖した。今日もアパート帰らなくちゃ。

「じいちゃん」

「なんじゃらほい」

「泊めて」

「朱(あかね)がいるから駄目じゃい」

歳の近いイトコで異性だった。

「わかった」

「どうした、深刻か」

「うん、ちょっと、オレのアパートのセキュリティみたいな」

「家に帰れんのか、帰れんか、あの男じゃな」

祖父も限界だ。母も祖父も戦ってくれたが、亭主関白以前に頑固よりも、人として倫理観や柔軟性が弱い。そんな父。強いのは罵声と口調と勢い。

「何かあったら電話しろ。携帯枕のとこに置いとく」

「何かあったら、って」

はたきで本棚を軽く払いながら

「その何か起きたら、って、遅かったら怖いじゃない。オレだって……」

「……泊まってけ」

「いや、大丈夫。今日は早く帰るよ。ごめん、お金はいいから」

「ほい」

「え」

野口英世、さん。

「それで防犯グッズ買え、な」

「うん!防犯ブザー買ってくる!」

オレは、大好きな秘密のアルバイト先を後にした。

 中学生は働いちゃいけない。

 おじいちゃん、あんた、正義の悪だよ。

 大好き。

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