第6話 閉じ込められた山の王

桂華が抵抗する間もなく狼の青年は、物凄い速さで、山道を駆けあげる。山道といっても、人が掛け上げれる様な斜面ではなく、藪が生い茂り、抜ける度に顔にまで、枝が覆い被さってくる。

「ちょっと!ちょっと!」

悲鳴を上げながら、何とか、青年の足を止めようと頭を巡らせる。

「待って!私は、まだ、あなたの名前を聞いていない」

「名前?」

青年は、ハッとして、足を止めた。

「夫になる人の名前くらい、知らないとね」

「ふむ」

青年は、ふと考え込む。

「名前を呼んでくれる人なんて、久しぶりだから」

少し、はにかみながら、桂華を見る。

「陸羽。」

「狼なのに?」

「変かい?」

笑う姿に、桂華は、戸惑った。急に現れて、後継を産んでほしい。嫁になれなんて、失礼で危ない奴と思ったが、そんなに、悪い奴ではないかもしれないと思ったが、

「いい名前でしょ」

これから先の不安な事を思うと騙されてはいけないと、気をしっかり持とうと思い頭を振った。

「疲れたから、少し休みましょう」

桂華は、逃げ出す隙を見つける為、小高い丘に、陸羽を誘い出した。

「まだ、あるの?」

「少しね」

陸羽は、辺りを気にしている様だった。

「何かを気にしているの?」

桂華は、先ほど、陸羽の言っていた事を思い出した。

「誰かに追われているの?」

「いや・・・」

陸羽は、頭を振った。明らかに嘘をついている様だった。

「早く、行こう!」

陸羽が、桂華の手を取った瞬間だった。

「離せ!」

「誰?」

助けてくれる頼りのある勇者が現れたかと思い、陸羽と同じ視線を送った桂華が、見たのは、先日、廃れた学校で見た、埃玉だった。

「あれ?」

桂華は、呆れた声を上げた。

「あの時の?」

「さっさと、逃げおって」

埃玉は、忌々しく桂華に小声で呟く。

「このまま、女を連れていかれると困る」

「おや・・・やはり来たのか?」

笑うと口が、耳元まで、裂ける。

「残念だけど、今回こそ、連れ帰る」

陸羽は、桂華を抱えようと腕に力を入れる。その時を待ったと、桂華は、陸羽の脇腹に思い切り、踵を振り落とした。

「うげ!」

陸羽は、苦しさの余り、桂華を放り投げる。怒りに染まり、腰元の長い剣を振り上げる。埃玉は、桂華を庇うように手にしていた玉を、陸羽に投げつけた。

「こら!」

陸羽の顔面で、霧となって弾け、その隙に、地面を杖で叩いた埃玉は、片手で、桂華の腰の辺りを掴むと、

「先にもらうぞ!」

桂華を掴み、宙の中へと消えていった。

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