八人目のミサキ
かんにょ
八人目のミサキ
「東京から来ました、鈴木美咲です。よろしくお願いします」
父親の転勤の都合で転校してきた私が自己紹介した時、全校生徒五十人ほどの学校の1-A教室は低くざわついた。
最初は、四国の寂しい寒村に急に都会人がやってきた物珍しさによるものだろうと私も軽く考えていた。
だが、彼らとともに教室で過ごすうちに、彼らが私を見る目には都会人への反発や妬みとも違う、なにか恐れや忌避感のようなものがあるらしいことに気づいた。流石の私も不快感を感じずにはいられなかった。
そうした理由で教室に馴染めずにいた私の最初に友達になってくれたのは、森さんという女の子だった。彼女のフルネームは森実沙希。奇しくも私と同じ名前をもつ彼女は、他クラスだというのに私を気さくに昼食に誘ってくれて、私たちはすぐに仲良くなった。
「ねえ、森さん。私が自己紹介をした時、なんかみんな変な感じじゃなかった?」
放課後の教室で二人きりになった時、私は思い切って森さんにそう聞いてみた。
「そう? 普通じゃないかな。こんな四国の寂れた町に東京から転校生がきたからみんなびっくりしただけだよ」
「私も……最初はそうだと思ったんだけど……」
私がどうしても納得いかないことを感じ取ったのか、森さんはしばらく躊躇してから、
「やっぱり、隠しておくのは無理かな……」
と、ようやく口火を切った。
「ねえ、鈴木さん、鈴木さんは七人ミサキって言葉、聞いたことある?」
「七人ミサキ?」
「このあたりに伝わる、古い怪談なんだけどね……」
森さんによると、七人ミサキとはここ高知をはじめとした四国地方に伝わる海で死んだ人たちの幽霊の話だった。
七人ミサキはその名の通りつねに七人の亡霊として現れ、彼らに遭った人間は高熱を出して死んでしまう。その人間を殺すことができると、七人ミサキの霊の一人が成仏できて六人になるが、その代わり死んだ人間が七人目に成り替わる。
したがって七人ミサキは常に七人組のまま、誰かを身代わりに成仏するまでこの世を彷徨い続けるのだという。
「七人の……『ミサキ』……」
「それでね、この学校ではこれまでに実際に七人の『ミサキ』という名前の女の子が亡くなっているっていう話があるの……」
七人ミサキのミサキとは本来は人の名前のことではないらしいのだが、この学校ではその話が少し変形して伝わっているらしい。
「最初のミサキは、もう四十年以上前に亡くなった。最初のミサキは当時担任だった国語の先生と恋仲になって、その先生の子供を妊娠してしまったの。生徒と性的な関係をもったことを世間に知られるのを恐れたその先生はミサキを首を絞めて殺して、旧校舎の壁の漆喰の中に埋めてしまった。それ以来ミサキの遺体は、今も見つかっていない……」
森さんは神妙に話をしたが、私はその話を聞いてすぐに聞くに値しないと思った。森さんの話すミサキの死には、大きな矛盾があった。
「次のミサキは、川で亡くなった。大型の台風20号がこの町を襲った日、連絡網の遅れで休校を知らされていなかった井上岬は、投稿途中で行方不明になった。彼女が見つかったのは一週間後、川の下流の岩場に引っかかっているのを地元の人が見つけた。土砂でひどく傷つけられたのと夏の暑さによる傷みで、彼女の遺体は両親でさえ自分の娘だとわからないような状態だった……」
「……」
「次のミサキが死んだのは交通事故。川村みさきは飲酒運転のトラックに轢かれて、上半身と下半身を真っ二つに切断された。ちょうど登校時刻だったから、彼女の無惨な死は多くの同級生が目にすることになった……」
森さんはその後も、失恋を苦に屋上から飛び降り自殺して頭が割れたミサキの話や、薬物に手を出して急速中毒死によって亡くなったミサキの話、地元の荒くれ者の漁師にレイプされたのちにマグロ包丁でバラバラに解体され、ゴミ捨て場に遺棄されたミサキの話などを語った。
「最後のミサキが亡くなったのは五年前……この子は教室の掃除をしている最中に、ある時忽然といなくなって、三日後に掃除用具入れに強い力で無理矢理押し込まれたような形で亡くなっているのが見つかった。その掃除用具入れは三日間の間に何回も開けられたのに、彼女の死体は誰も見ていなかったし、掃除用具入れの前にはつねに人の目があったから、みんなが超常現象だと信じた……そして、それが七人目のミサキの話……これでわかったでしょう? この学校の生徒が、ミサキという名前に過剰反応するわけが」
「じゃあ、次の、八人目のミサキは……」
「この一連のミサキの死が七人ミサキの怪談に沿うなら、次が最初の代替わりになるはずだよね……」
ぞくり、と背中に冷たいものが流れた。
森さんの話はあまりにも荒唐無稽で、にわかには信じ難いものであったが、森さんの最後の言葉は、彼女自身の実感のこもった言葉というか、なにか真実めいた響きがあったのだ。
「……もしかして、私に話しかけてくれたのは、私もまたあなたと同じ『ミサキ』だから? 森さんは、次の犠牲者のミサキが自分になるかもしれないと怖かったから、私が転校してきて、次のミサキが私になる可能性が生まれて、自分が死ぬ可能性が減ったから……」
「ううん、違うよ……だって、八人目のミサキは鈴木さんしかいないもの……」
「え……でも、森さんだってミサキという名前でしょう?」
「そう、でも、私が八人目だなんてありえないよ」
森さんはそこで初めて笑った。私は彼女がなぜそれまで自信があるのかわからなかった。自分だけは安全だという生存バイアスだろうか。
「ねえ、鈴木さん、鈴木さんは私に感謝しているはずだよね。クラスに馴染めない鈴木さんに対して、他クラスであるはずの私は親切に話しかけてあげた。でも考えてみて。田舎のこの学校の全校生徒は五十人ほど、一年生の生徒は十七人しかいない。そんな学校に、どうして他クラスなんてものがあると思ったの?」
「あ……」
「でも、私は嘘は言ってないよ。私はたしかに1-Bの生徒だった。今は存在しない1-Bのね。担任の田村先生は国語の先生だった……四十年前はこの学校にも二百人ほどの生徒がいて、ちゃんと複数のクラスがあったんだよ? 私にとって先生はこの世のすべてだったけど、先生にとって私は、その二百人の中の一人に過ぎなかった……ねえ、鈴木さん、あなた、私の話を聞いてすぐにおかしいと思ったでしょ? 森実沙希の遺体は校舎の壁に埋められてまだ見つかっていないのに、どうしてそんな怪談が伝わって私が知っているんだって。でも、何も不思議なことじゃないの。だってあの日、田村先生に首を絞められて壁に埋められたのは私なんだもの」
私はすぐにでも逃げ出したかったが、身体は金縛りにあったように動かなかった。
「これでわかったでしょう? あなたは紛れもなく八人目なんだって。私は一人目のモリミサキ……あなたこそ、私の身代わりになるべき人なのよ」
私は悲鳴をあげた。
だが、いきなり長いレールガンをもった女子高生がやってきて、とにかくすごい攻撃でモリミサキの幽霊を吹き飛ばした。
「ギィヤァァァァァァッ!!」
モリミサキの幽霊は金切り声をあげて霧散し、虚空へと消えていった。
「……え?」
なにが起こったのか理解できない私を、白銀の髪に黄色いマフラーを巻いた女子高生が超然と見下ろしていた。
「危ないところだった……アレはかなり危険な怪異。すでに六人もの女子高生を呪い殺した霊力は並大抵のものではない……」
「あ、あの……あなたは?」
「……申し遅れました、私は寺生まれのTさん。妖怪ハンターです」
「……」
無反応の私を見て、その女子高生は静かに目を伏せて「ウケると思ったのに……」と心なしか悔しそうに呟いた。
「人は、私をレールガン女子高生と呼ぶこともある。じゃ、私は忙しいのでこのへんで……」
そういうとレールガン女子高生は最初に現れた時と同じように忽然と消え失せた。
「なんだったんだろう、あれは……」
私は呆然と立ち尽くしていたが、しばらくしてお腹が減っていることに気づき、帰ることにした。
その後、私は新しくできた友達にあの日に聞いた七人ミサキの怪談について聞いたが、誰もそんな話は知らないということだった。
またこの学校でミサキという名前の少女が死んだという記録は図書館で新聞記事などをあたっても全く見つからず、それどころか転校初日に感じたクラスメイトからの妙な視線さえも感じなくなっていた。
あれは夢だったのか、とさえ思えるほど拍子抜けする結末だったが、しかしこれは最初から夢だったというより、実際に起こった現実が夢ということにされたのではないかと、私は思った。しかしそれは、あの日見たレールガン女子高生と同様、荒唐無稽な話だった。
その後、私は七人ミサキについて個人的に調べてみた。どうやら「ミサキ」とは本来は必ずしも悪霊や憑き物を指すものではなく、日本の神、精霊などの神霊の出現前に現れる霊的存在の総称だったのだという。たとえば神武東征神話の八咫烏や稲荷神の神使である狐もミサキの一種で、いずれにせよ神が訪れる前触れ、予兆、すなわち「御先」とされているのだという。
「神様が現れる……前触れ……」
もしかしたらあの日、私は神様に遭遇したのかもしれない。
レールガン女子高生という名の、ホラー展開も覆す全知全能のムチャクチャな神様に……。
八人目のミサキ かんにょ @kannyo0628
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます