鳩たちの道しるべ
「フランちゃん、落ち着いた?」
「すみません……」
休憩に入ってからしばらくして、ある程度落ち着いた後。光里とフランはベッドに腰掛けながら二人きりでお話をしていました。
「やっぱり、怖い?」
「自由でいる事が、怖いんです。無限の自由を与えられて、何億人の人たちの未来を決めてしまうのが。人類を救うのが使命だって、天使と戦えって言われた方が、まだいいです」
「やっぱ考えちゃうよね。責任とか、期待とか」
フランが語るのは、何億もの命を背負いながらどこまでも自由であることへの恐怖。無限の自由の中で、フランはある意味迷子になってしまっているのかもしれません。そしてそれは、進む道を決めかねている光里たちも同じこと。
そして光里たちは知らなかった、ヨナ計画の初期からの関係者であるフランしか知らなかった事実が語られます。
「本当は……救わなくていいんです。人類なんて」
「どういうこと?」
「社会性の動物でありながら強固な自由意思を持つヒトという生き物を、未来へと存続させる人類の保全。ヨナ計画は、既に半ば達成されているんです。私たち六人という不老不死の人間という存在によって」
「む、難しい……」
「つまり私たち六人だけ生きていれば、それだけで人類が生き残っていると見なすというのがノアの判断だったんです」
それは、ヨナ計画に隠された真の目的。
記憶を封じるというのは一見すると天使から地球を取り戻して人類を救うという目的と矛盾していました。
けれど実は、無敵の力を持った不老不死の人類を六人、友達関係という小さな
地球奪還による人類救済はあくまで叶えばいいなというくらいの希望であり、ヨナ計画の本質とは、光里たち六人という「人類」を未来永劫保存することにあったのです。
「そっか。そういうことだったんだ」
「光里さん……?」
苦しさのあまりフランが吐き出してしまった事実は本来なら光里たちがここにいる意味を根っこから覆すようなものですが、それを聞いた光里の目に迷いはありません。
むしろこれを聞いたことで吹っ切れ、抱えていた迷いが消えてなくなったのです。
「行こう、みんなのところに!」
「いきなり呼びつけて、一体どうしたんだ」
「ふららん大丈夫?」
「はい……なんとか」
真実を知った光里はフランを連れてブリッジに戻り、再びみんなを呼び集めました。
「で、どったの〜?」
「私たちがずっと悩んでたことの答え、見つけたよ」
光里が辿り着いた答え。これからの六人の進むべき道の提案を示す為に。
「ほう」
「それって……」
「天使を倒す為にすっごく強いロボットに乗せられて地球にやってきて、なのに自由に生きて欲しいからって天使のこととか月のこととか全部忘れるように記憶を消されて、こんなのはっきり言って矛盾してる。この矛盾で、私たちはずっと悩んでた。そうだよね」
「確かに……どうすればいいか、わからなくなってた……」
「結局どうするか全然決まんないまま二年経ったし」
「でもフランちゃんから聞いてわかったの。私たちが、本当にするべきことを」
この二年間、思えばみんなどこか迷いの中で生きていました。基地に留まり平和に暮らし続けるか、天使と戦う為に旅立つか。その二択を保留にしながら、漠然と迷いを抱え続ける日々。
それを終わらせてくれるかもしれない光里の言葉に、みんなは耳を傾けます。
「生きてればそれだけでいい。なんだってよかったんだよ!」
「なるほどね〜。その心は?」
「フランちゃんから聞いたの。私たちが生き残ってさえいれば、人類は滅びないって」
「私たちは天使と戦う尖兵であると同時に、人類存続の為の保険……私たち自身が、ノアの方舟でもあったんです」
「流石にそんな話は聞いていないぞ」
「計画の途中で耳に挟んだので」
まず語ったのは、フランが話してくれたヨナ計画の真実。ノアが計画していた人類存続の、その定義。
そこから光里が導き出した答えは、あまりにも簡単なことでした。
「つまり私たちが本当にしなきゃいけないのはきっと、生きることだけ。他のことは何もしなくていいし……何をしたっていい、よね?」
何が言いたいんだろう。そう思ったみんなに、光里は言葉を続けます。
「天使のことを忘れて戦わないのが自由だとは、私は思わない。世界中の全部の天使をやっつけちゃっても、それも私たちの自由じゃないかな」
「そういう開き直り、嫌いじゃないな」
「天使と戦わないのも自由。ですが戦うのも、私たちの自由……。確かに、簡単なことです」
「そう言われると、悩むことなんてなかったような……」
これまでみんなを悩ませていたのは、人類を救うこととノアの良心の二律背反でした。天使と戦わない道を選べば、今だけじゃない未来の世代の人類まで裏切ることに。戦う道を選べば、自分たちを兵器にはしないようにとしてくれたノアの人たちへの裏切りになってしまう。
けれどそんなこと、考える必要はなかったのです。社会性を持ちながら自由であるのが「人類」。自分たちが「人類」そのものであるのなら、自分たちのやりたいようにやることが一番正しかったのですから。
「じゃあ天使ボコりに行く感じ? うちはアリだと思うけど」
「でも、戦うのは怖い……」
「あはは、確かにこれだと戦いたいみたいだね」
しかしこれでは天使と戦争をしに行くみたいな流れに。けれど光里には、別にそんなつもりはありません。
「そこで思ったんだけど、みんなは地球で暮らしてどうだった?」
「空気も美味しいし、綺麗なとこだよね〜」
「やっぱり、月の地下とは違う……」
「うんうん。だからね、この日本だけじゃなくてもっといろんな場所を見に行ってみたくない?」
「なるほど。その道中で天使が邪魔をするなら倒す、というわけか」
「日本だけだと勿体無いですもんね」
「名付けて、地球全部回っちゃえ大旅行ツアー!」
光里が考えたこれからの道筋。それは、この地球という星を隅々まで楽しみ尽くすこと。世界一周とは言わず、文字通り何百年もかけて地球の全てを回る途方もない大旅行。
きっと道中には天使が立ちはだかるでしょう。その時は、邪魔をする天使は戦って倒せばいいのです。
「ネーミングセンスは置いといて、それやるならいい船あるじゃん」
『ラグナロック!』
その為の船も、ちゃんとここにあります。三百年前の人たちが、自分たちの為に遺してくれた地球最高の船が。
「楽しそう……」
「邪魔する天使共をぶちのめしながら世界旅行か。いいじゃないか」
「寿命も何も気にせずにこの広くて綺麗な地球を楽しむ……。素敵です」
「なんにも決まってないのに自由にしろ、な〜んて言われても難しいけど、やりたい目的さえ決めちゃえば悩むことなんてないしね。やるじゃん光里〜」
「確かに、自由度が高いゲームほど最初は難しいものだが、目的さえ見つかればそこから先からどんどん広がっていって楽しさが見えてくる」
「やっぱみつりんがリーダーでよかったわ。あー、すっきりした!」
果てしない、この地球の全てを見て回るという壮大な旅に、これまでの迷いが嘘だったみたいにみんなの夢が膨らみます。
大変なことも、きっとあるでしょう。けれどこれは戦う為の旅ではありません。遊びに行く為の旅なのですから、気負う必要なんてないのです。
「そうと決まれば旅立ちの準備だよ!」
反対意見はなし。ならばと光里は高らかに宣言します。
「光里さん……」
そんな彼女をフランが微笑みながらも複雑な表情で見つめていたことに、気付く人はいませんでした。
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