過去からのバトン

「これ、めっちゃでかくない?」

「どれくらいあるんでしょうか……」


 広大な地下空間に隠されていたのは、船と呼ぶにはあまりにも大きい、むしろ要塞と呼ぶべきとも思えるような空母。


 きっとこれが、フランがデータから見つけたラグナロックなのでしょう。


「とにかく入ってみよう!」


 ウキウキしながら中へ入っていく光里。その後を他の五人もついていきます。


 そして最初の一歩を踏み入れると船内の明かりが一斉について、床がエスカレーターのように動き始めました。


「あっ、これデカい駅にあるやつじゃん」

「梅田だ梅田〜」

「私としては東京駅のイメージだな」


 見た目はもっと近未来的ですが、それはまるで大きな駅にある動く歩道。けれどこの歩道がどこに向かうのかみんなわからない中、月美が何かを見つけました。


「案内図、あった……」


 それは、壁にある液晶型の案内板。英語なので全部はわかりませんが、少しの情報なら月美にでも読み取れます。


「全長、1.5km……」

「いやでかっ」

「それでこの動く歩道ですか……」


 1.5km。それがこの空母ラグナロックの大きさ。至るところにこの動く歩道が用意されているのも、この広い船の中で素早く動く為には大切なもののようです。


「まずはどこ行こっか」

「ブリッジに行きましょう。この艦を動かす場所なので、何かわかるかもしれません」


 この船の大きさや中での動き方もわかったところで、まずはブリッジ。何か情報があればいいなということで、迷子にならないようにみんなでそこへと向かいました。






「ほう、これがブリッジか。ロボットアニメで見たやつだ」


 そして到着したブリッジは、まさにロボットアニメの宇宙戦艦の中。艦長席を中心に、そこから見下ろすように操舵ハンドルやレーダー、通信機のような機械が座席と一緒に用意されています。


「選ばれたのが男子だったら発狂してるよねこれ〜」

「巨大ロボに乗せられてる時点でそうじゃね?」

「それな〜」


 ここにいるのはみんな女の子ですが、これがもし全員男の子だったらきっと大はしゃぎだったでしょう。ロボットアニメなどにはそんなに詳しくなくてもわくわくするのですから、知っていたらそれはもう興奮どころじゃ済みません。


 ちなみに月美は何も喋っていませんが、読んでいたSF小説さながらの光景に目を輝かせていました。一番楽しんでいるのは、実は月美なのかもしれません。


「メインシステム……よし。各部システムも、これで一括で……」

「フランちゃん、何してるの?」


 そんな中、フランは一人で艦長席に座り、タッチパネルで何かをしているみたい。光里が尋ねると、フランは画面を見せながら何をしていたのかを教えてくれました。


「言語を日本語に設定していました。これで艦全部のシステムが日本語で動いてくれる筈ですよ」

「流石……」

「あとこれで電子マニュアルも日本語化したので、皆さんもいつでも読んでみてください」


 フランがしていたのは、船全体のシステムの日本語化。これで船の操作は全部日本語ですることができて説明書も日本語になり、また入り口の案内板も日本語に変わっているはずです。


「うちらにわかんの、そのマニュアル」

「大丈夫だと思いますよ。それに殆ど自動化されているようで、通常航行なら無人でもできるそうです」

「つまり常にブリッジに誰かいなくてもいいということか」

「そうですね」


 それにどうやらこの船は、行き先と航路さえ設定すれば自動で動いてくれるみたい。みんなが操作で覚えることは、そんなに多くないかもしれません。


 また移動中ずっといなくてもいいというのも気楽なもの。もしこの船を使うとしたら、自動航行はとっても便利な機能ですね。


「他にも何かないか探索してみよ〜」

「やっぱり一番偉い人のお部屋かな?」

「艦長室か。まずはそこだな」


 続いて向かうのは艦長室。基地の時と同じ流れですが、ここは動く歩道もあり迷いやすいのでひとかたまりになって全員で向かうことにします。






「艦長室は……ここですね」

「開けてみよう!」


 艦長室前についたところで、早速扉を開けてみます。するとその先に広がっていたのは、基地の司令官のお部屋とあまり変わらないくらいのお部屋でした。


「なんだかここは普通だね」

「書斎もある。読んでみていい……?」

「そうですね。色々読んでみましょう」


 書斎もあるみたいなので、読書好きの月美が真っ先に食いつきました。本は貴重な情報源。何か見つかればと、みんなも一緒になって本を探しますが……。


「うわ、多言語〜!」

「読めないんですけど」

「見せてください」


 あまりにもいろんな言語で、中にはミミズにしか見えないような文字まで。智実は英語など一部は読めるものの殆どの子は日本語しか読めないので、フランに助けを求めました。


「どうやら同じ本が多言語で何冊も置かれているようですね。日本語以外は無視しても大丈夫そうです」

「それは助かる」


 フランが確かめたところ、ここにあるいろんな言語の本たちはどれも言語が違うだけで同じもの。日本語だけ読めばいいとわかると、みんなは日本語の本を探して読み始めました。


「凄いな。さっと読んだだけでも世界中の資源の分布図に道具の作り方。人の文明がここに凝縮されて詰まっているようだ」

「狩猟具の作り方だってさ。みつりんが百発百中だから減りは遅いけど銃弾もそろそろヤバくなってきたし、クロスボウあたりでも作ってみる?」

「罠も、いいと思う……」


 そこに記されていたのは、基地の本以上にたくさんの地球の文明の記録。それはまるで、ここからこの船に乗って世界を旅しながら生きていくための旅のしおりのようでもありました。


「フランちゃんは何を読んでるの?」

「この艦の仕様書……説明書みたいなものです」


 一方フランが読んでいるのは、空母ラグナロックの説明書。一体この船がどういうものなのかを、フランは念入りに調べていました。


「はっきり言ってゼクト・オメガより性能はかなり低いですね。これで天使に勝つ、というのは流石にどう考えても無理ですよ」

「あれ、そうなの?」


 まずわかったのは、この船はあくまで天使と戦って勝てるようなものではないということ。


「ですが当時のアメリカが最重要機密として試作していた核融合炉を搭載して、荷電粒子砲や電磁シールドも装備していますし300年前の兵器として見ると規格外だと思います。積載量も私たちのゼクト・オメガを全て載せても余裕がありますし」

「天使に勝てるくらいじゃないけどすっごく強いってこと?」

「そうですね。レベル2までのエンゼルコールなら対処できると思います」

「頑張ったんだね、昔の人たちも」

「最後のページにはこう書かれていました。後は頼む、と」


 それでも三百年前に地球に残った人たちの知識と技術の全てを詰め込んで未来に託されたこの船は、当時のものとしては破格の強さを持っています。


 当時としては最強と言って間違いない兵器を、殆ど何のセキュリティもなしに置いてくれていた。それはこの船が人と戦争をする為のものではなく、未来の人たちを信じて全てをかけて作ってくれた希望そのものなのだということの証拠でしょう。


「私もね、日記を見つけたんだ。昔の人が書き残した日記」


 そして光里もまた、重要な本を見つけていました。地球に残った人が書き残した、一冊の日記です。


「三百年前に二億人の人たちが地球から月に逃げて、アララトを作った。それが私たちのご先祖様。だけどロケットが壊されたりそもそも足りなかったりして、地球に取り残された人たちがいたの」

「どれくらい、ですか」

「15億人……だって」


 二億人の人たちが地球を捨てて、月の地下都市アララトに移り住んだ。それは知っていましたが、その時に地球に取り残されたのが15億人という事実はみんなに大きな衝撃を与えます。


「まさか、その人たちはもうみんな……」


 月美は思いました。今はもう誰もいないこの地球。つまりその15億人は、そういうことなんだろうと。


「それがね、違うみたいなの」


 でも光里が言うには、まだ何かがあるみたい。みんな本を読むのをやめて、光里の言葉に耳を傾けます。


「天使に奪われた場所の人たちは全員死んじゃったみたいだけど、後から調べに行った人たちが見つけたらしいの。これはもう、すごい奇跡だって」

「何を、見つけたんですか?」

「生きてる人がいたんだって。病院で寝たきりでずっと目を覚まさなかった、植物状態の患者さんが生きてたの」


 それは、天使に奪われた街での出来事。


 普通天使に奪われた街では、そこに住んでいた人は大人も子供も関係なくみんな殺されてしまいます。ですがそんな場所に調べに行った兵隊さんたちは見つけたのです。病院で寝たきりの人が、天使に殺されずにまだ生きていたのを。


「まさか……天使は、生きて活動している人間しか狙わない?」

「すごい、日記に書いてるのと一緒。流石フランちゃん!」

「その続き、見せてください」


 そこから導き出される希望はただ一つ。半ば確信を抱きながら、フランはその日記を借りて続きを読みます。


「コールド、スリープ……」

「……うん。この地球のどこかにいるかもしれない。冷たいカプセルの中で、眠りながら助けを待ってる人たちが」


 記されていたのは、フランが思ったとおりの答え。コールドスリープで仮死状態になれば、天使に狙われることはありません。


 もし助けが来なければ永遠に眠ったままですが、何の希望もなく殺されるよりはいいと、当時の人たちはラグナロックと共に後の世代に希望を託して眠りにつくことを選んだのです。


「もっと、早く気付くべきでした」


 地球に残された人が、生きているかもしれない。そう知ったフランの顔色は、何故だか良くありません。


「六人、たった六人ですよ。しかも誰一人だって二十歳にすらなってない! そんな子供だけで月の二億人に加えて今度は地球の十億人の為にも戦えって言うんですか!」


 二億人。その命を背負う重圧には、気持ちを整理する時間もちゃんとあって耐えることはできていました。けれどそこに、地球で眠っているかもしれない15億人も増えたことでフランの不安が溢れ出してしまったのです。


「大丈夫、いいんだよ。考えなくて。それはきっと、私たちが気にしちゃいけないことだから」

「こんな無茶苦茶な計画に、人類を救う為だって浮かれて加担して……馬鹿みたいじゃないですか……」

「よしよし、大丈夫だよ。大丈夫だからね」


 背負わなくてもいい。そうわかっていても、ヨナ計画の全貌を深く理解していた為にみんなよりも深く事が重くのしかかってしまい泣いてしまったフランを、光里は慰めるようにぎゅっと抱きしめます。


「多分どっかベッドあるっしょ。ふららん今は寝かせたげれば?」

「わかった。行こっか、フランちゃん」


 ひとまず悠樹の一声で、フランはもう休ませてあげることに。特別仲のいい光里も付き添うので、残った四人で調べ物を続けます。


「でもフランの言うことももっともだよね〜」

「地球にも、まだ人が……」

「いるかもしれない、といったところか」

「いや、スケールでかすぎ……」


 とはいえ、フランほど重く実感はしていないけれどみんなもまた15億人が生きている可能性には衝撃を受けていました。


 ついこの間まで、全人類は二億人だと思っていたみんなにとって15億というのは途方もない人数なのです。


「フランは、どうするの……?」

「私たちが何かするのは野暮だろう。ここは光里に任せよう」

「フランが乗り越えられるかどうかは、光里の愛の力次第ってとこかな〜?」


 そしてフランについては、ここは光里に任せることで満場一致。フランと光里を信じて、四人は新しい情報を求めてそれぞれ書斎の探索に戻りました。





 その頃、空母ラグナロックの中にある兵隊さんが泊まる為のお部屋の一つのベッドで、フランは光里に付き添ってもらいながら横になっていました。


「本当に、できると思いますか。私たち六人だけで、世界を救うなんて」

「怖いの?」

「はっきり言って、天使に負ける気はしません。ゼクト・オメガは、その気になれば太陽系だって滅ぼしてしまえる最強の兵器です」


 救うべき人の数が何倍にも増えたとはいえ、フランは別に天使と戦うのが不安なわけではありません。ゼクト・オメガの強さは、かつて世界を滅ぼした天使のそれを凌駕してしまう程なのですから、天使に負けてしまうとは考えていません。


「でも……背負った生命の重さの方に、耐えきれなくて……」


 フランが不安に思っているのはそこではなく、命を背負っているという事実そのもの。もっと言えば、自分たちの行動が、十億人を超える人の運命を変えてしまうかもしれないということに、フランは底知れない恐ろしさを感じているのです。


「言ってたでしょ? 私たちがそういうのを背負わなくてもいいように、月の人たちは私たちの記憶を封じ込めたんだって」

「それに考えたこと、ありますか。もしこの星を救ったとして、私たちが普通の人として生きていけると思いますか」

「わかってる。できないよね。魔王をやっつけて世界を救った勇者がみんなから恐れられて居場所を失くす、なんてよくあるお話だもん」


 先を考えれば考えるほど、ネガティブな考えが押し寄せてきます。もし、仮に十億人を超える人を救ったとして、そんなことを成し遂げてしまった自分たちの居場所はこの世界にあるのかな、なんてことも。


「でも大丈夫。私がいるよ、フランちゃん」

「光里……さん……?」

「もし何があっても、私はフランちゃんの隣にいるよ。きっと、他のみんなもね」


 それでもきっと大丈夫。光里が言うように、この世界にいる全ての人から見放されたとしても、ここには光里とフランと、小夜子と智実、悠樹と月美。永遠の命を持つ六人がいます。


 何千年、何万年経ったとしてもみんながいる限り、ひとりじゃない。だから大丈夫。


 光里の「大丈夫」にフランは励まされ、少し心が安らぎます。まだ世界から見放されても大丈夫とは言えないけれど、もしそうなってもここにはみんながいる。そう考えると、ほんの少しだけ気持ちが楽になる。


 その「大丈夫」を確かめるように、フランは弱々しくも光里の手を取り、ぎゅっと握りました。

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