船を見に行こう

「すっかり忘れていたが、この扉がまさかそんなヤバい物だとはな」

「この奥に、かつての人類が遺した希望が……」


 後日、みんなでやってきたのは格納庫。二年前にここの奥に小夜子が見つけていた巨大な扉こそが、フランが資料で見た空母ラグナロックへと続く門だったのです。


「みんな、お弁当とお水は持った……?」

「もちろん!」

「うちとつくみんで頑張って作ったからね」

「すぐ食べちゃいたいくらい美味しそうだよ〜」

「この先40kmもあるんだよね」

「まあ日帰りで沖縄とか北海道まで飛ばせるゼクトならすぐだけどね〜」


 ゼクト・オメガにとっては長い距離ではないとはいえ、着いた先で色々調べることを考えるとしばらくは戻ってこれないので、お弁当と水筒の準備もばっちり。


「開けるぞ」


 小夜子が先に行って巨大ロボット用のレバーを引くと、目の前の大きな扉が開いて六機のゼクト・オメガが乗っても余裕がありそうな巨大なエレベーターが現れました。


「まずはこのエレベーターで地下に降りろってことだね〜」

「行こう、みんな!」


 全員がエレベーターに乗り込むと、早速スイッチを押して起動。扉が閉まると、ガタンと大きな音を立てながらエレベーターは地下深くへと向かっていきました。


「小夜子、めっちゃわくわくしてるでしょ〜」

「そ、そんなことはないぞ。私は至って冷静だ」

「その割にはそわそわしてるよ〜?」


 アニメやゲームに詳しい小夜子と智実は、まるでアニメのようなこの状況になんだかとってもわくわくしているみたい。


「これもうちらのご先祖様が脱出した後、地球に残った人たちが天使に滅ぼされる前に作ったんしょ」

「そう、なんだよね」

「どんな気持ちで、何の為にこれを作ったんか……気にならない?」


 一方悠樹は、この場所を作った人たちへと思いを馳せていました。


 地球から逃げる人たちを守り抜き、置き去りにされた人たちが、もう長くは生きられないと知りながらもどんな思いでこれだけの大掛かりな施設を作り上げたのかな、と。


 そんなことを考えているうちにブザーが鳴り響き、扉が開きました。どうやら到着したようです。


「きっと答えは、この向こうにあると思う」


 目の前には、ホコリを被っているものの三百年も経った割には小綺麗な広い通路。この先に眠る遺産へと、これから光里たちは向かうのです。


「狭い通路なので、時速は200km程度に留めて進みましょう」

「壁にぶつからないように、気をつけて……」

「安全運転、安全運転っと」


 その通路を、みんなほどほどのスピードで進んでいきます。本当はフランが言うような狭い通路では決してないのですが、簡単にマッハのスピードを出せてしまうゼクト・オメガにとっては狭い道。気をつけないとぶつかってしまいますからね。


「小夜子、緊張してる?」

「いや、考え事だ」


 高速道路のトンネルをさらに大きくしたような通路を走りながら、小夜子はなんだか考え事をしているみたい。そして彼女が考えていたのは、みんなが胸の内に秘めていたものと同じでした。


「ノアが私たちの記憶を封印した理由……今ならわかる気がしてな」

「うん、私もわかってきた。記憶が戻った時に先生が謝ってた意味も、ノアが私たちのために私たちの記憶を消してくれてたんだってことも」

「月の人類と昔の地球の人類全部の希望じゃんね。うちら六人で背負うには重過ぎっしょ」

「知れば知るほど、戦わなきゃいけないって……」

「だからこそ、その責任感から解放する為にノアは私たちの記憶を消したんです」


 知れば知るほど、のしかかる責任感。過去に散った70億の命から託されたバトンを受け取り、今を生きる二億の命の為に戦うという、月にいた頃にはあまり考えなかったけれどたった六人の女の子には重過ぎる運命。


 その重さから逃げ出せるようにノアはみんなの記憶を封じてくれたんだと、みんな改めて実感していました。


 ですが小夜子が考えていたのはそこで終わりではありません。そのまた先も、彼女は考えていました。


「だが……あるんだろう、タイムリミット」

「タイムリミット……?」

「私たちが地球を取り戻さなければ、月の人々はアララトの中でいつまでも暮らし続ける……とはいかないんだろう。光里、フラン」


 彼女の言うタイムリミット。その答えを一番知っているのは、光里とフランの二人です。


「ラビットシンドローム……ですか」

「みんなが私と同じ病気になっちゃうかもしれないんだよね」

「そうなれば、人類にはナノマシンと共に生きるか滅亡するかの二択しかない。人が自然なまま存続する限界が来るのは、私たちが生きているうちなのは確実だろう」


 月の環境が齎す遺伝子疾患、ラビットシンドローム。身体の全ての機能が衰え、10代になる頃には自力で座っていることすら難しくなり、大人になる前に眠るように死んでしまう死の病。ナノマシンとひとつになるまで、光里を苦しめ続けていた病気です。


 長く時間をかけてしまえば、それだけラビットシンドロームの発症者は増えてしまう。光里のナノマシンのデータから治療法が見つかったとして、そうなれば人類はナノマシンと共生することでしか生きられなくなってしまうのです。


「でもなんで急に?」

「私たちは記憶を取り戻す事で、月の人々から託された願いを受け取った。今度は三百年前の人々が未来に託したかったものも受け取ろうとしているわけだ。まあ、まさかこんな小娘どもに受け取られるとは思っていなかっただろうが」

「知らないままの方が、きっと……」

「それでも、私たちは決めなきゃいけないんだと思う。月の人たちに言われたからでも、昔の人たちから託されたからでもなくて、私たちがどうしたいのかを」


 過去も、今も、現実を知らない方が楽しく幸せに生きることができたかもしれません。


 けれど光里が言うように、記憶を取り戻して全てを知った今は、選ばなければいけません。何物にも流されないで、自分たちの意思で。


「行こう、みんな。私たちの、答えを探しに」





「長いね〜」

「景色も変わんないし、眠くなってくるんですけど」


 それからしばらく進み続けましたが、まだゴールにはたどり着きません。何十分経っているかはわかりませんが、ずっと同じ景色が続くので余計に長く感じてしまいます。


「悠樹のタンクなら壁に激突しても無事だろうがな」

「壁が危ないような……」

「気をつけてくださいね」


 とはいえ気を抜けば壁に激突。アブソルートテリトリーで自分たちは無傷で済みますが、この通路が耐えられるとは限りません。


 寝ないようにしっかり前を見ながら安全運転をしていると、ついに目の前に大きな門が見えてきました。


「みんな、ブレーキ!」


 光里の合図で、みんな一斉に逆噴射をかけて急ブレーキ。動きを止めると、どこからともなく機械の声が聞こえてきました。


【機体内部に生体反応を確認。反応数、六】

「うわ、なんか喋った」

【搭乗者は氏名を名乗ってください】

「名前……?」

「どうする?」


 名前を名乗れ、という機械の声。とはいえみんなここに来るのは初めてです。


 どうすればいいのか困惑する中、最初に動いたのは小夜子でした。


「井上・イグナチェフ・小夜子」

【確認しました】

「大丈夫そうだぞ」

「怖いもの知らず!」

「所詮過去の遺物だ。撃ってきてもゼクトオメガなら安全だろう」


 結果は大丈夫でしたが、ここの施設はあくまで三百年前のもの。もし何かの間違いで撃たれたりしても、ゼクト・オメガなら大丈夫という計算での行動でしたが、みんな思わずひんやりです。


「んじゃうちね。笹森悠樹」

【確認しました】

「私たちの名前なんて登録されている筈ないんですが、どういうことなんでしょう」


 フランの言うようにみんなここに来るのは初めてで、ここのコンピュータに名前が登録されているなんてことはあり得ません。なのに名前を言うと、返ってくるのは「確認しました」。


 何を確認したのかもよくわかりませんが、とりあえずは名乗りを進めていきます。


「城坂月美……」

【確認しました】

「錦野智実〜」

【確認しました】


 月美と智実も、名前の確認がちゃんと通りました。


「あとは私たちですね」

「うん」

「来栖・フランソワーズ」

「茅瀬光里です!」

【確認しました】

「ふぅ……」


 最後にフランと光里も名前の確認をして、ひとまず何事もなく名前確認は終わりました。


【あなたたちが天使による模倣体でなく、知性ある人類であると確認しました。ようこそ、未来の人々。当施設は、あなた方の来訪を歓迎します】


 すると、ゴゴゴと大きな音を立ててついに門が開きます。


 そしてさっきのアナウンスから、みんなは名前の確認の意味に気付きました。


「なるほど〜。私たちが人類かどうかのテストだったんだね〜」

「例え姿形を真似ようと、自分の名前を持っていて名乗れるのは知性がある人間だけ、ということですね」

「やっぱアレを警戒してんの? 光ってるやつ」


 さっきみんなが受けた、氏名の確認。あれの本当の意味は「氏名を確認する」ことではなく、「氏名を名乗ることができるか」、というテストだったのです。天使によって模倣された、自意識のない人形を門前払いする為の。


 つまりさっきのは名前を名乗るという行動さえできていれば、別にどう名乗ってもよかったのです。


「とにかく進んでみよう」


 テストの意味を察したところで、光里たちは門をくぐって先に進みます。


 その先に広がっていたのは、地下とは思えないほどの広い、広い空間。


「あれが……」

「空母、ラグナロック……」


 そしてその中心には、水には浸かっていないままの巨大な船がどっしりと鎮座していました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る